七 友人報告「妖精」
四時限目。体育。授業内容は体育館での卓球だった。熱気が体育館を支配する。
外は快晴で雲一つない。こんなに晴れているのでせっかくなら外で運動したい。別にやりたい運動もないけど。
そんなことを考えていたら、ラケットを空振る。
「よっしゃー! ほらほらあと三点だぞ!」
目の前にガッツポーズする純平。
ただ卓球をするのも味気ないから昼飯をかけて勝負していたのだ。十ポイント先取、デュースあり。
現在の点数は、純平が七点、俺が六。一点差負けの状況だ。
「昼飯なににしようかなぁ! A定食とB定食にしようかな。デザートもつけて、もちろんドリンクも!」
もうすでに勝利が決まったかのように浮かれている純平。
別に奢ってもよかったが、こういう反応されると腹立つ。それに頼みすぎだ! そんなに食えないだろ。
「言ってろ。まだ勝負は決まってない」
こんなやつに奢りたくなくなったので気合いを入れ直す。
「ほらほら。今更気合い入れても遅いぞ」
ラケットで肩を叩きながら、余裕そうな純平。
無視して試合を再開する。純平は間に合わずラケットを空振りする。
「おおい! 卑怯だぞ」
「……油断しているほうが悪い」
七点。あと三点で勝利だ。
「ちっ。それもそうだ。追いつかれてしまったか。……俺の必殺技を見せてやろう」
純平はそう言うとラケットを裏手持ちに切り替えた。グリップをこっちに向け、ラケットの面が身体の外側に向いている。
……こいつは何をしているんだろう。
「ほらほら。こい。完璧に返してやるよ」
「……」
無言で再開する。
「ほら!」
「……」
「まだまだ!」
「……」
「とりゃ!」
「……」
驚いたことに純平はその変な持ち方で打ち返してきた。ラリーが続く。だが持ち方のせいか純平のボールは力が入っておらず、球は遅いので打ちやすい。
しばらくラリーが続いていたが飽きた。それに打つたびに声を上げているのが少々うるさい。
「とう!」
「……」
「ほら!」
「……」
球をラケット面の逆側、つまり純平の中心に向かって打つ。
「うわっ!」
純平は変な奇声を上げて空振った。よし、八点目。
この調子でひたすら外側ではなく内側にボールを集める。
「ずるいぞ!」
「……」
九点目。
「正々堂々勝負しろ!」
「……」
十点目。
「俺の勝ちだな」
「はあはあ……」
純平は肩で息をしていた。
なぜそんなに疲れているのだろうか。
「はあはあ……なぜフォアではなくバッグばかり狙うんだ」
「戦略。と言うわけで昼飯奢りな」
片膝をつきながら悔しがる純平。大袈裟な奴だ。
キリがいいので一旦休憩を挟む。体育館から移動して水飲み場まで移動する
「はー。生き返る!」
蛇口から出た水を勢いよく飲む純平。
こいつはなぜこんなに疲れているんだろう。サッカーやマラソンじゃなくて卓球だぞ。別に卓球が楽とは思わないが、流石にここまで疲れないだろう。
「麻胡。お前は飲まないのか?」
「俺はいいよ」
そんなに疲れていないし。
まだ水を飲んでいる純平を遠目に見る。
「そうえば昨日どこ行ったんだ? なんか急いでいたが」
「……図書館に行っていたよ」
「図書館? どうしてまた。本好きじゃないだろ」
「本好きだよ」
「あ? そうだっけ? そうえば休み時間に奇妙な本ばかり読んでいたな」
「……失礼だな。おい」
「いやだって、『世界の土管大全』とか誰が読むんだよ。はじめて見た時はふざけているのと思ったわ」
「いやいや何言ってんの。面白いから。需要があるから大全ができたんだよ」
「あ、そう。まあそれはいいや。……それより図書館に行ったってことは緑川の妖精を見たか?」
「は? 緑川の、妖精?」
どうしたんだこの男は。
……もしかして妖精が現実世界にいると思っているのか。
「……なあ純平。妖精っていうのは現実にいないんだぞ? 見えるのは仕方ないかもしれないけど、人に言うのはちょっと……」
「おおい! 本当の妖精じゃねえよ! 人だよ。人!」
…………。
昨日の図書館での出来事を振り返る。妖精どころか人一人いなかった。いや図書委員のあの子を除いて。もしかして、その妖精っていうのは――
「……それ、図書委員だったりする?」
「そう。あ、じゃあ会ったのか! ちくしょー羨ましいぜ」
「いや会ったというか生徒会関連で、あとは本を借りた時に少し会話したぐらい。まあどちらも会話とも言えないけど」
「いいなぁ! 俺話そうと思って何回か図書館に借りに行ったけど、なぜか毎回図書委員長の応対だったぜ」
「あ、そう。で、それがどうかしたのか?」
「……適当だな。まあ、いい。前に緑川にはファンクラブがある人が三人いるって言ったの覚えているか?」
「ああ。……ってまさか――」
「そう。その二人目がその妖精だ。緑川の妖精。九条エルセちゃん」
まさかこの短期間にファンクラブがある人に二人も会うとは。
驚く俺を尻目に純平が話を続ける。
「モデル顔向けの容姿に、日本語はもちろん、ノルウェー語も話せる学力トップの才女。図書委員会に所属しており、図書館で働くその姿はまるで現実世界に降臨された妖精のよう。いつしか緑川の妖精と呼ばれるようになり、時には深窓の令嬢とも呼ばれることもある。四字熟語に例えるならば、才色兼備、容姿端麗、国色天香、仙姿玉質だ」
「こくしょ……せん……し?」
「国色天香、仙姿玉質だ」
「……」
「当然モテる。数多の男達が彼女に告白したそうだが、どれも失敗に終わっている。皆取りつく島もなく断られており、そもそも男が近づく隙もないことから、雪の令嬢とも呼ばれる。まあ雪国生まれであることも影響しているかもしれないが」
「……お前も告白したのか?」
「まさか!」
「……美人とか可愛い人にすぐ告白するイメージだけど」
「む。俺をなんだと思っているんだ!」
「チャラ男」
純平が傷ついた顔を浮かべる。
「俺はな。一途なんだよ。誰でも構わず告白するような奴じゃない」
「……ならなんで色んな女の子にちょっかい出しているんだよ」
「一途に好きになれる女の子を探しているんだ!」
「……」
言葉が出ない。
「で! お前は緑川の妖精と何を話したんだ? 俺も話したことないのに!」
ジロッと睨んでくる純平。
若干めんどくさい……。
「別になにも。さっき言っただろう? 図書委員長に用があったのでそれの取り次ぎと、本を借りたかったからその対応だけだよ」
「本当だな! 嘘つくなよ! なんかお前、女に興味ありませんっていう顔のくせに、いつの間にか周りを女の子に囲まれる漫画の主人公みたくなりそうでムカつく」
抜け駆けすんじゃねぇぞ! と声を荒げる純平。
なんの抜け駆けなのか。
彼女を勝手に作るなと言っているのか。友達もいないのに彼女なんてもってのほかだろう。
純平とは気楽に話せているが、これはあくまで例外なのだ。事実、他に話せる友達はいない。いるのは席が近いとか、クラスが同じとか、そういう顔見知りだけだ。
「冬月会長ともいつの間にか仲良くしてるしな! ずるいぞ麻胡!」
一人怒っている純平。
こいつは、さっきまで肩で息をしていたのになぜこうも元気なのか。
「こら! そこ! 何をサボっている!」
体育教師に怒られた。
「ほら、純平が大きな声出したから」
「俺のせいかよ!」
急いで体育館に戻る。
時間がまだあったので、純平のたっての願いで賭け卓球の再戦をした。
……またしても俺の勝ちだった。
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