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六 図書館の妖精②

 緑川。海に面し、三つの川に囲まれた自然豊かな街。

 昔は水害が多く、毎年のように川が氾濫していたらしい。が、時の権力者によって大規模な川普請が行われ、現代では水と自然が豊かな土地として生まれ変わった。

 

 また、それぞれの川の両岸をつなぐ橋には各々由来が込められる。例えば、千吏(せんり)川の両岸をつなぐ橋は、古坐都(こざと)橋と呼ばれる。その由来は――


「……の……せん…………」


 なるほど。なるほど。

 この橋は、建築した人が、もう見ることができない遥か遠い自分の故郷の橋を思い浮かべて作ったそうな。そこから古郷(こきょう)橋と呼ばれていたが、いつの間にか、コザト読みとなり、そこから漢字が当てはめられて、現在の形に変わったとのこと。

 知らない情報が盛りだくさんで楽しい。

 

「……の!」

 

 古坐橋の近くは、河川の発展による水運業が盛んで多くの店が立ち並ぶ。特に古くから続くお店だと、百年以上続く花火屋が有名らしい。

 

「…………え………か?」

 

 ……花火かぁ。

 いいなあ。子どもの頃あのキラキラと光る感じが非幻想的で好きだったな。


「……」

 

 甘空川の河川敷で線香花火をやった記憶を思い出す。あの時確か誰かと一緒にやったことがあったけど、誰だっけ?


 痛っ。

 

 思い出そうとしたら、ズキンと鈍い痛みが頭からする。

 

「…………もう!」

 

 突然の痛みに目を閉じ、こめかみを押さえて立ち上がろうと目を開けると――


 人の顔が目の前にあった。

 

「うわあ!」

 

「きゃ!」

 

 俺の叫び声と悲鳴が重なる。

 前を見ると、受付の女性が地面に座り込んでいた。


 え? どういう状況?


 女性は俺の困惑した顔を見ると、小声で言う。

 

「……何回呼んでも気づかないので、近くから話しかけようとしました」

 

 ……なるほど。

 

「……じゃあちょうどそのタイミングで俺が立ちあがろうとしたってことか」

 

 女性がこくん、と首で頷く。

 

「ごめん。まったく気づかなかった。……大丈夫? 怪我はない?」

 

 女性に手を差し出す。

 女性はその手を見ると、顔を振り、

 

「大丈夫です。一人で立てます」

 

 立ち上がるとスカートを手ではたく。

 

 気づかなかったとはいえ、申し訳ないことをしてしまったな……。

 

「……ありがとうございます」

 

「ん?」


 女性はぼそっと付け加えたがうまく聞こえなかった。

 

「要件なのですが、委員長から連絡がありまして」

 

「お。ありがとう。すぐに準備して向かうよ」

 

 そそくさ荷物をまとめる俺に、女性が手で制す。

 

「いえ……委員長はいません」

 

「?」

 

 俺の困惑した顔を見て彼女は言葉を続ける。

 

「ティートで連絡したのですが、委員長は先生から急用があるそうで、今日は図書館には戻らないのことでした」

 

「あ、そうなのか」

 

 ティート。連絡アプリの「T(ティー)&(アンド)Talk(トーク)」の愛称だ。

 メールやショートメッセージよりも使われており、広く普及している。特に学生の普及率は百パーセントとも言えるぐらいだ。

 無料でかつ、電話もできてとても便利なアプリなのである。

 

「……待たせてしまい失礼いたしました」

 

 そう言うと頭を下げる。

 

「え、いやいや君のせいじゃないし、むしろわざわざティートしてくれてありがとう」

 

 仕事の邪魔をしたこちらが謝るのはまだしも、謝ってもらう必要はまったくない。

 

「ただ、もうそろそろ帰るとするよ。色々ありがとう」

 

 図書館には他に用事もないし帰り支度をする。

 荷物をまとめようとして目の前の本に気付く。

 

「……あ、ごめん。本を借りても大丈夫かな?」

 

「はい。では受付にいます」

 

 女性はそう言うと受付に戻る。

 荷物をしまい終え、受付に向かおうと、読みかけの本を手に取る。


 ……お。重い。この重さを持って帰るのはやめたほうがいいか?

 ただ本を借りると言ってしまったからな……。


 少し逡巡していたが、人を待たせていることを思い出し、慌てて本を両手で抱え受付に向かう。

 

 



 

 

★ 


 

 受付には先ほどの女性が一人で作業をしていた。

 今更だけど図書委員は一人しかいないのだろうか。こんな大きい図書館に一人は大変そうだ。

 

 彼女は華奢な身体を目一杯使って、重たい本を整理していた。細腕でよくあの重そうな本を何冊も持てるものだ。しばらくして作業を終えたのか、椅子に座り、一冊の本を手に持ち読み始める。

 

 って、のんびり観察している場合じゃないな。また迷惑をかけてしまう。

 

「ごめん。お待たせ。この本を借りたいんだ」


 そう言って、「緑川の歴史――我が愛する緑川について――」を受付カウンターに置く。

 

「はい。では生徒手帳を出してもらえますか?」

 

 生徒手帳をバッグから出し渡す。彼女は受け取ると専用の機械にスキャンした。そしてカウンターに置かれた本を持ち上げる。

 

「あ、重いけど大丈夫?」

 

「大丈夫です」

 

 女性は難なく持ち上げると先ほど生徒手帳をスキャンした機械に同じようにスキャンする。

 すると、モニターをみて動きを止めた。

 

「……」

 

 そして本の表紙を見る。それから再度モニターを凝視する。そしてまた本の表紙を確認する。


 ………?

 

「……みど……の……し……?」


 何かぼそっと言っている。

 

「……もしかして借りれなかった?」

 

 固まってしまった彼女に声をかける。

 

「……いえ。何でもありません。問題ありません」

 

 返却日は二週間後です、と言われながら生徒手帳と本を受け取る。

 

「今日は色々ありがとう。えーと……名前教えてもらってもいい?」

 

「……九条(くじょう)です。九条エルセです」

 

「九条さん。今日はありがとう」

 

 また改めて来るよ、と伝えて入り口に向けて歩き出す。バッグが肩に食い込む。

 この本重すぎだろ……。

 

 若干自分の選択に後悔しながらバッグを持ち直した。


 




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