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三 聖女と生徒会

 放課後、俺は生徒会室の前に佇んでいた。

 担任経由で、生徒会から生徒会室に呼び出しを受けたからだ。

 いざノックしようとするが、気が重い。扉を開けると、もう日常に戻れない気がする。平穏に静かに生きようとしていたが、何の冗談で生徒会副会長になるのだ。昨日、承諾したことを少しばかり後悔する。


「ええいままよ」

 

 うだうだ悩んでも仕方ない。意を決して扉に手をかけた。開こうと力をこめた途端、突然扉が開かれる。

 

「うおおっと」

 

 バランスが崩れ、思わず膝をつく。

 

「あれ……麻倉くん?」


 顔を上げると一人の女性がいた。

 膝を(はた)きながら立ち上がる。

 

澄川(すみかわ)先輩……?」

 

「ごめん! 怪我はない?」

 

「大丈夫です! ぼっとしていたので、こちらこそ失礼いたしました」

 

「いえいえ。あ、でもちょうどよかった。迎えに行こうと思っていたところだったよ」

 

「……迎え?」

 

「そ。麻倉くん。生徒会室に夜に呼ばれたでしょ? もしかして迷っているのかなと思って……」

 

「そうだったんですね、わざわざありがとうございます」

 

「いえいえ、取り越し苦労でよかったよ」

 

 澄川先輩は、そう言って胸をなぜ下ろした。

 

 澄川(すみかわ)由奈(ゆな)先輩。

 肩まで伸びるウェーブがかった茶髪に、目がばっちりして鼻筋の高いはっきりした顔。手足が長く、その姿はまるでマネキンが意思を持って歩いているかのようだ。

 生徒会と並立してモデル業もしており、二足の草鞋をはく。裏表がなく、頼りになり、生徒はもちろん教師からの評判も良い。

 そして冬月会長とは一年生の頃から仲良く、親友とも言える間柄らしい。

 

 これらの情報は純平の受け売りだ。純平は時間があれば緑川の色々を教えてくれる。知らないことばかりで助かってはいるが、女性関連の話が多いのが難点。

 

 転校した際に、学内を案内してくれた先輩だ。そのため面識があった。


「しかしまさか麻倉くんが生徒会に入るなんてね。校内を案内した時は夢にも思わなかったよ」

 

「ははは。俺もです……」


 思わず乾いた笑いが出る。そうなのだ、まさかあの時は生徒会に入るなんて夢にも思っていなかった。まあ今も思っていないけど。

 

「あ、こんなところでお話している場合じゃなかったね。早速入ろう! みんなお待ちかねだよ」

 

 澄川先輩に促され、生徒会室に入る。



 



 ★


 

 生徒会室は教室一部屋分の大きさだった。入り口そばには、来客用のソファーとローテーブルがある。近くには大きめの長方形のテーブルがあり、作業中なのか資料が散乱している。壁一面に本棚が設置され、クリアファイルがぎっしり詰められている。窓際には、窓に背を向けるように大きめの一人用のデスクがあった。おそらくは生徒会長用なのだろう。

 

 生徒会室に入ると、生徒会メンバーは揃っており、簡単に自己紹介をした。昨日会長が話した通り、生徒会メンバーに事前に話が通ってたようで、スムーズに終わった。

 

 自己紹介が終わると、おもむろに会長が席から立ち上がり、


「さて……自己紹介も終えたことだし、本日のもう一つの議題である今年度のスケジュールを共有します」

 

 そう言うと、部屋の端に置いてあったホワイトボードの前に立ち、スラスラ書き出す。


「まず大きなイベントだと、六月に体育祭。そして十月に文化祭。他には――」

 

 ホワイトボードが会長の書いた文字で埋め尽くされる。会長は文字まで綺麗だった。普段書く機会が少ないホワイトボードになぜそんなに綺麗に字が書けるのだろう。

 

「――とイベントはこんな形かしらね。それぞれの役割分担は先日決めた内容から変更はないので各自で動くこと。わからないことがあればいつでも質問してください」


 みんなが頷くのを確認すると、

 

「では、まだ休み明けでもあるし、今日は解散しましょう。あ、麻倉くんはちょっとだけ残ってね」


 各々生徒会室を後にする。澄川先輩が立ち去る際、笑顔で手を振ってくれた。どう反応して良いのかわからかったため、頭を下げる。……この反応は違った気がする。


 生徒会室に二人以外いなくなるのを確認して会長が口を開いた。


「麻倉くん……改めて生徒会副会長に就任してくれてありがとう。深く感謝するわ」

 

 そう言って会長が席を立って頭を下げる。

 

「い、いえ、こちらこそ俺なんかが副会長になってしまいすみません」


 まさかお礼を言われると思っていなかったため、変なことを言ってしまった。

 

「ふふふ」


 会長は少し微笑むと真剣な顔になる。

 

「――さて、今日残ってもらった理由なのだけど、麻倉くんの個人タスクについてまだ説明できていなかったので、共有させていただくわね」

 

 ……個人タスク。

 

「そう不安な顔しなくて大丈夫よ。そんなに難しいものではないから。他のメンバーもそれぞれあるのだけれど、一人で全てをやらなくてはならないものではないから」

 

 会長はそう言うと、業務内容を先ほど使用したホワイトボードにいくつか書き加える。

 

「――これとこの案件は来月から本格的に始動するわ。そしてこの問い合わせ対応なのだけど――」

 

 会長の説明はとてもわかりやすかった。どのようにすればいいのか、誰がステークホルダーなのか、順序立てて説明してくれる。

 純平が言ってただけなので、正誤はわからないが、全国模試一位をとったことがあると言われても納得だ。まあ頭の良さが勉強と必ずしも比例するわけではないとは思うけど。

 

「――こんな形かしらね。あと一件、直近で動かないとはいけない案件があって。……麻倉くんは図書館に行ったことある?」

 

「図書館? 転校当初に案内していただいた時にだけあります。中庭近くの二階建ての建物ですよね?」

 

 緑川高校の図書館は、珍しく、図書館が校舎から独立して建設されている。螺旋階段で繋がる二階建てだ。

 なんでも学校の創立者が出版関連に勤めていたこともあって、大きな図書館が設立されたらしい。転校先を選ぶ際に学校説明のパンフレットで目にした。


「そう、その図書館。通常の学校であれば図書室なのだけれど、緑川高校ではその規模も相まって図書館と呼んでいるの。学校説明のパンフレットに大きく打ち出すほど、学校側は力を入れているのだけれど、いかんせん生徒からの人気がないのよ」

 

「……人気ないんですね。意外でした。あんな大きな図書館なのに」

 

「残念ながら。……他の学校とも比較して大きな設備なのだけど、利用する生徒は少ないのよ。最初は物珍しさに行く生徒はいるのだけど、年度が進むに連れてどんどん減っていくの」

 

 確かに俺も転校初日に案内してもらってから一度も行ってない。

 

「ちなみに、麻倉くんは図書館に行くのかしら?」

 

 本を飲むのは好きだ。そして図書館も好きだ。あの静かな空間で本を飲むのは好きではあるが――


「わざわざ学校の図書館には行きませんね。もし行きたくなったら近所の図書館に行きますね」

 

「あら、それはどうして?」

 

「……特にこれといった理由があるわけではなく、別に家の近くでもいいかなって。近所の図書館も充分広いですし」

 

「まあ、そうよね……。おそらくほとんどの生徒も学校の図書館が嫌というよりは、近所の図書館でも事足りると感じて、自然と足が離れていると思うわ」


 そう言うと、会長が本棚から地図引っ張りだして、机の上に広げてみせる。

 学校周辺の地形が拡大された地図だ。

 

「この赤で囲った部分が市営・民営の図書館なの」

 

 一、ニ、三――

 

「……多いですね」

 

「そうなの。学校近辺でも四箇所。少し離れたものもカウントするともっとあるのよ」

 

 多いな。幼少期の頃は気付かなかったが、緑川はこんなに図書館が多いのか。

 

「しかもね。それらの図書館にはそれぞれ特徴があるのよ。純文学コーナーが豊富だったり、自習スペースが広いだとか。DVDの貸し出しをしているところもあるそうよ」

 

 へえー。

 思わず感嘆の声が出る。昨今の図書館はすごいな。

 

「まあそんな図書館事情なのだけど、実は学校側から要請があって」

 

「要請?」

 

「そう。学校案内のパンフレットの刷新計画が持ち上がっているそうで、図書館をより大々的に打ち出したいそうよ。ただ現状だと保護者からの評判は良くても、実際の生徒からの反応が心許ないのが心配だそうで、生徒会に案件が持ち込まれたの。もっと生徒の利用を増やせないかってね」

 

「……そこまで生徒会はやるんですね」

 

「いえ、本来ならそこまで生徒会が関わることはないのだけど――」


 会長はそこで言葉を切ると、

 

「――昨日麻倉くんを勧誘した時になんて話したから覚えている?」

 

「ええと、新しい視点が欲しい……ですかね?」

 

「そう、緑川高校に染まってない風が、新しい視点が、欲しかった。生徒会長になって、新しい取り組みをしたいと思うのだけど、言葉にするのは簡単だけれども、実行するのはおそらく難しいのよ。得てして学校というものは新しい取り組みになかなか積極的にならないもの」

 

 だからね、と会長は言葉を区切った。

 子どもがイタズラを思いついたような顔を浮かべて、

 

「――学校に貸しをつくりたくて引き受けたのよ」

 

 ……なるほど。

 生徒会みたいな職は、ただ誠実なだけでは務まらない。冬月会長のような海千山千の者しかなれないのだろう。

 考えこともないけど、俺には絶対生徒会長は無理だな。

 

「そんな理由なら尚更全力で利用者数増やさないとですね」

 

「そうなの。……メインは麻倉くんなのだけど、私もサブに入るから一緒に頑張りましょう。それで今後の動きなのだけど――」


 会長が机に広げた地図をしまいながら、机に置いてあるクリアファイルをとる。


「――この書類を図書委員長に届けてもらえないかしら」

 

「書類?」

 

「そう。この書類自体は今回の案件には関係ないのだけど――麻倉くん、まだ委員長とは会ったことないわよね? だから一度図書委員長との顔合わせの機会にと思って。明日放課後図書館にいるとは聞いているから、お願いできないかしら?」


 特に明日は用事があるわけではないので快諾する。

 

「ありがとう。突然頼んでしまってごめんなさいね。今後の進め方など、細かい話は図書委員会との定例で話すのだけど、その前に顔合わせだけでもできたらと思ったの」


 先輩から定例について説明を受ける。今まで何度か生徒会と図書委員会で集まったことがあるが今月から隔週で集まることになったらしい。

 驚くことに定例のたびに学校側に議事録を送る必要があるとのことだった。

 

「毎回議事録を送れ、だなんて学校側はめちゃくちゃ気にしているんですね」

 

「そうなの。図書館の魅力を増やすためには費用もだいぶ援助してくれるそうよ。……この案件が成功すればいいのだけど、もし仮に失敗したら私が生徒会長となってやりたいことはできなくなるかもしれないわね」

 

「……そんな案件のメインを俺にして問題ないんですか?」


 プレッシャーを感じる。

 辞退したくなった。

 

「もちろん問題ないわ。ただ私が生徒会長として成功できるかは麻倉くんにかかっているわね」

 

「……」


 ……プレッシャー。


 辞退したい。

 思わず黙ってしまった俺を会長は少し笑うと、


「冗談よ」

 

 そう微笑んだ。

 ……まだ会長と知り合ったばかりだが、なんとなく会長がどんな人なのかわかってきたする。

 実際の会長は世間のイメージとは大幅に違う。聖女というよりも小悪魔ではないだろうか。

 

「麻倉くんには他の学校での経験もあるし、気になった点があったら遠慮なく指摘してね」

 

 さて、と会長は時計を見る。

 短針が八を指そうとしていた。

 

「……話をしていたらもうこんな時間ね。思ったより長引いてしまいごめんなさいね。夜も遅いしもう解散しましょう」

 

 会長に促され、帰りの支度をする。

 会長はまだ仕事があるとのことで、一人学校を後にした。

 






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