三十六 先輩と借り物競走
「お疲れぇい!」
借り物競走から戻った俺を純平が出迎えてくれる。
「何か言うことは?」
デジャヴ――ではないな。純平の顔が少し険しい。
「お題は『二年生男子』だったらしい」
「二年生男子?」
「そう」
「本当か?」
「本人から聞いたし、本当だよ」
「ふーん。二年生男子か。でもそれならたくさん対象いるのになぜ麻胡なんだ?」
釈然としない様子の純平。
「生徒関連で関わっているからじゃ?」
「そういうもんか? まあエルセちゃんが男子と一緒にいるのをみたことないからな……ってあ!」
「なんだよ、いきなり大きな声出すなよ」
心臓に悪い男だ。
「さっき聞こうとしていたこと思い出した。麻胡、お前、エルセちゃんと二人で勉強会していたらしいな?」
純平がジロッと見てくる。
「あー、さっき言ったように二人じゃないよ。九条さんの友達もいたし」
勉強会が開催された一連の流れを話す。
図書館の席が埋まっていたところを九条さんたちの厚意で席を譲ってくれたこと、そして勉強を教える流れで勉強会を開催したこと。
「なるほどなるほど。麻胡、お前が裏切り者じゃなくて安心したよ」
そう言って純平は肩をバジバシ叩いてくる。
「裏切り? なんの?」
「彼女いない同盟」
なんだその不名誉な同盟は。
「そんなの入った覚えないし、脱退する」
「無理だ。麻胡、お前は永世名誉顧問だ」
永世……。一生彼女を作れないじゃないか。
「まあでも、麻胡があの雪の令嬢であるエルセちゃんと付き合えるわけないか」
失礼なことを言う純平。まあ確かにそういう関係は無理だと思うけど、純平に言われると腹立つな。
「というか、てっきり純平も勉強会に参加したいって言うと思ったよ」
「いや勉強会は中間テストのためだったんだろ?」
「そうだけど」
それでも純平は開催して、とか言いそうだ。
そう伝えると、純平は呆れた顔をして、
「おいおい、いくらなんでも俺はそんなに図太くないぞ。わざわざ完結してある関係に邪魔するわけないだろ」
まったく!
と少し不貞腐れた様子の純平。
「まあ機会があれば仲良くしたい、そんぐらいだ」
「そうか」
「そうだ。ただ麻胡が仲良くしているのはむかつくけどな!」
ニッと笑う、純平。
無駄に良い笑顔だ。
「……」
その笑顔に無性にイラッとしたので視線を外す。
校庭ではちょうど三年生男子が終わり、三年生女子の借り物競走が始まっていた。
そうえば会長も出るって言ってたな。
応援しよう。
「どうした? 麻胡。競技なんか見始めて」
「いや、会長が借り物競走出るって聞いたからさ」
「なんだと!? それは応援しないとだな」
そう言って席から身体を乗り出して競技に集中する純平。
「ちょうど次会長の出番っぽいぞ」
よく遠くまで見えるな、純平は。
俺は人影が朧げにしか見えないし、ましては顔なんてわからない。
「あ」
そう言って純平が振り向いた。
「?」
「麻胡、流石にな、流石に今回もお題は麻胡ってことはないよな?」
…………。
「……流石にないだろ」
もしあったらなんという偶然だ。
「それもそうだよな。仮に会長が『二年生男子』というお題を引いたとしてもたくさん知り合いいるだろうし、わざわざ麻胡にはしないよな」
念を押すように聞いてくる純平。
「まあ個人名が書いていなければないと思うよ。そして個人名を書くことはない」
昨年の反省からお題が個人名になることは禁止されたと聞いた。
「だよな」
安心した様子の純平。
余計な心配だ。
だって知り合いの三年生の先輩は数えるほどしかない。生徒会とその関連で知り合った図書委員長ぐらいだ。会長は借り物競走には出ているが、それ以外の人はそもそも借り物競走に出ているかもわからないのだ。
仮に出ていても、お題で俺が選ばれることは流石にないだろう。
「ん? 何かザワザワしているな」
純平が呟く。
確かに周囲が騒がしい。
「麻倉くん」
ん?
何か声が聞こえたような?
「麻倉くん、ちょっといいかしら?」
確かに聞こえた。
純平を見ると、口をぱくぱくしていた。
「どうした、純平?」
「かか、かい」
「……かい?」
純平が俺の後ろを指差す。
後ろを見ると、
「お疲れさま、麻倉くん」
冬月会長がいた。
学校指定の体操着に、モデルのようなスラリとした長い手足。癖のない艶がある黒髪を背中まで伸ばしている。先程会った時と同じでいつもの黒タイツは履いていない。
ん?
でもなんで会長が?
ここに?
「ど、どうも。会長。お疲れさまです」
慌てて一礼する。
「どうしたんですか? 生徒会関連でなにかありました?」
「いえ、そうではないわ。今競技中なの」
「競技……? ああ、借り物競走ですか?」
そうえばそうだった。動揺しすぎて、会長が借り物競走に出ていることを忘れてしまった。
「ええ」
会長は頷くと、
「麻倉くん、今時間あるかしら?」
「時間ですか? ええ、大丈夫ですが」
「そう、よかったわ」
会長は笑顔を見せると
「よかったら一緒に来てもらえないかしら?」
手を差し伸ばしてきた。
九条さんの時のように周囲がざわめく。いやその時よりもざわめきは大きいかもしれない。
「は、はい」
流されるままに会長の手を取る。
すべすべで、ひんやりしていて冷たい。
「では行きましょう」
会長に手を引かれてゴールに向かう。
チラッと視界の端に純平が見えたが、呆けたままだった。絶対あとで色々聞かれるだろうな。
ゴールまで一緒に走っているが、めちゃくちゃ視線を集めている気がする。実際に周りを見ると、多くの生徒たちがこっちを見ていた。
それも当然か。ただでさえ、注目を浴びる会長が校庭の真ん中で走っているのだから。
会長と手を繋いでいる左手をみる。
会長の手は先ほども感じたように、少しひんやりしていた。
まさかあの会長と手を繋いでいるなんて。手汗はかいていないだろうか。手を繋ぐ前に拭いとけばよかった。
しかしお題はなんだろうか。わざわざ俺を選ぶくらいだ、『二年生男子』とかではないだろう。『生徒会の二年生男子』とか?
会長の顔を覗き込むと、真剣な表情で走っており、なんとなく話しかけづらい雰囲気だ。
ゴールしてから話せばいいか。
会長に遅れないようについていく。
一心不乱に走っていたこともあり、すぐにゴールに着いた。ゴールテープを切り、手を離す。名残惜しいがずっと繋いでいるのも変だろう。
会長が係の人にお題カードを渡す。見覚えある人だ。会うのは本日三回目である。
女性は、お題カードを確認すると、一瞬とても驚いた表情をしたが、すぐに待機エリアに案内してくれた。ただ動揺しているのか、ちょっと動きがおかしい。
いったい何が書かれていたんだろか。
「冬月会長」
一緒に待機エリアに向かっている会長に声をかける。
「なにかしら」
「お題カードには何を書いてあったんですか?」
「……」
会長はしばらく顎に手を当てて考え込むと、
「秘密よ」
「秘密?」
「そう、乙女の秘密」
会長はそう言うとクスッと笑う。
「ええ、気になりますけど……」
「あら、乙女の秘密を暴こうと言うの? 麻倉くんがそう言う人だと思わなかったわ」
…………。
「じゃあ今度教えてくださいね」
「ふふ、考えとくわ」
会長は茶目っ気たっぷりの笑顔を見せた。
これは結局教えてくれなそうだな……。
会長は俺にお礼の言葉を言うと、他二人の時と同様に待機エリアに留まり、俺はそのまま解散した。
帰って純平にめちゃくちゃ聞かれたが、適当に生徒会役員と伝えたら納得してくれた。




