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三十一 先輩と緑風祭

 雲のない空に唯一浮かぶ太陽が、ちょうど真上に登り、疲れた身体を照らす。

 時間はちょうどお昼だ。


「あ、あつい。本当に六月なのか」


 俺は昼ご飯を買いに食堂に向かっていた。

 緑風祭は決まったお昼の時間がない。どの時間にも競技が入っている。そのため、みんな自分が参加しない空き時間にご飯を食べる必要があるのだ。


 純平とは参加する競技が異なることもあって、一人、食堂に向かっていた。適当にパンでも買おう。


 でもその前に水分補給しなくては。この暑さだと食堂にたどり着く前に干からびてしまう!


 水道には誰もいなかった。遠慮なく、蛇口を回し、水を飲む。


「ゴク、ゴク、ゴク。ぷはー!」


 水が美味(うま)い。

 緑川の水道水はただの水道水ではない。自然豊かな緑川の土地を活かして、周囲の川の水を濾過したものなのだ。

 それもあって普通の水道水よりも美味(おい)しい気がする。

 冷えた水が火照った身体を内側から冷やす。


「ぷはー!」


 思わずだいぶ飲んでしまった。


「ふふふ」


「……!」


 声が聞こえてたので振り向くと、冬月会長がいた。

 

 しまった。もしかして見られてしまったか?


「お疲れさま、麻倉くん」


「お疲れさまです。冬月会長。……見ていました?」


「ん? 麻倉くんが、暑い暑い言いながら元気よく水を一気飲みしている姿なんて見てないわよ」


「……」


 そこから見られていたのか……。


「見なかったことにしてください……」


 恥ずかしい。


「ふふふ。そうするわね」


 会長は笑うと、隣に来た。傷ひとつない綺麗な手を石鹸で洗う。

 まるで白い陶器みたいに綺麗だ。


 会長は、三年生を示す紫色のラインが入った学校指定の体操着姿だった。

 緑風祭なので当然ではあるが、会長が着ることでとても高価な服に見える。

 それにいつも黒のタイツを履いているが今日は生足だ。初めて生足を見た。長くて白くて細すぎず太すぎず。

 

「ん? 何か私の足についているかしら?」


 思わず目で追っていたようだった。


「あ、すみません、いつも会長は黒タイツのイメージだったので」


「履きたかったのだけど、流石に体操着に合わないから断念したのよ」


「そうなんですね」


 いい意味で目に毒だ。

 普段目にできない足を目に焼き付けたいが、これ以上見ていると怪しまれてしまう。

 って俺は変態か!


「そうえば麻倉くんはお昼かしら?」


 会長の声に正気に戻る。


「は、はい。パンを買いに食堂に行く途中でした」


「そうなの。一人?」


「はい、一人です」


 ってこれだとぼっちだと思われてしまう。いや純平もいないし、今ひとりぼっちなのは確かではあるが。

 ……友達も多くないし、ぼっちでいっか。


「そう。もし麻倉くんの都合が良ければなのだけど、お昼ご飯一緒に食べない?」


「お昼ですか?」


「うん。……あ、もしかして誰かと食べる約束があったかしら?」


 こちらを気遣う顔をする会長。


「いえ、特にないです。会長こそないんですか?」


 会長なら色んな人にご飯とか誘われるだろうに、俺と一緒に食べていいのだろうか。


「私は平気よ。由奈は競技に参加中だし、一人で食べようと思っていたところだったの」


 それはそれで逆に会長の一人の時間を邪魔してしまう気がするけど――


「時間に余裕はあるの?」


「はい。一時間くらいあると思います」


 事前に配布された緑風祭のプログラムには各競技の開始時間が記載されている。開始が遅くなる場合はあるが早くなることはない。日向曰く、生徒たちがしっかり休めるように時間を調整しているとのことだった。確かに六月とはいえ、この暑さだ。

 

「では行きましょう」


 会長が歩き出す。


「え、どこにですか?」


「ふふふ。着いてくればわかるわ」


 会長に着いていく。校内に入り、階段を登り、しばらく歩くと立ち止まった。

 ここは――


「生徒会室?」


「正解。入りましょう」


 会長は鍵を差し込むと生徒会室に入る。会長に続く。


「うお、涼しい」


 涼しげな空気に包まれる。水でいくらか落ち着いたとはいえ、火照った身体に心地よい。

 

「会長はお弁当ですか? パンすぐに買ってきます」


「あ、麻倉くん。少し待って」


 会長はそう言うと、片手に持っていたビニール袋から中身を取り出す。

 色々な種類のパンを机に並べる。


「どうしたんです? これ」


「これは先生方からの差し入れよ。緑風祭委員と私たち生徒会に対して」


「お、いいですね」


 準備の労いの一つだろうか。


「この中に好みのものはあるかしら?」


 焼きそばパン、コロッケパン、あんぱん、ミルクパン、チョコパンなどラインナップは豊富だ。


「ではこれいただきます」


 焼そばパンを手に取る。


「あら? 一つでいいの? すでに緑風祭委員には配り終えたから遠慮なく選んで構わないわよ」


「では遠慮なく」


 チョコパンを手に取る。


「では残りは緑風祭終わり次第希望者に配ることにしましょう」


 そう言って、生徒会室の涼しそうな日陰部分にパンを置く。


「もしかしてパンを保管するために生徒会室に?」


「正解よ。外に保管するのは傷んでしまうから。わざわざ運ぶのは手間だけれども、涼しい生徒会室を使用できるのはいいわね。それに麻倉くんに会えたことだしね」


 会長は笑みを浮かべる。


「っす」


 会長はどうせ深い意味もないんだろうけどなんとなく照れる。

 焼きそばパンにかぶりつく。


「うん、美味しい」


「そう、よかったわ」


「会長はパン食べないんですか?」


「私はお弁当持ってきたの」

 

 ランチボックスからサンドイッチを取り出す。

 とても美味しそうだ。


「手作りですか?」


「うん。麻倉くん、よかったらお一ついかが?」


 会長がサンドイッチを見せてきた。


「え? でもそうすると会長の分が足りなくなりませんか?」


「ちょっと作りすぎたから平気よ。レタスとトマト、ハムのミックスサンドなのだけど食べれるかしら?」


 作りすぎたとはいえ、四切れぐらいしかない。そんなサンドイッチをもらってもいいのだろうか。今日は緑風祭だしエネルギーを多く必要とするだろう。せっかくのお誘いだけど、会長の身体のためには遠慮したほうがいいよな……。

 と、少しの間思慮していたら、


「あ、もちろん、食材の傷みは問題ないと思うわよ」


 ほら、と大量の保冷剤も見せてくる。


「……もしかして苦手な具材あったかしら?」


 不安そうな顔の会長。

 

 苦手な具材はないし、食材の傷みなんて心配はしていなかったけど、ここまで言ってくれるなら、ありがたくいただこう。


 一番左端のサンドイッチを手に取り口に入れる。

 サクッとしたレタスの歯応えに肉汁のようにトマトが口の中で弾ける。


「……」


 夢中で食べ進める。新鮮でとても美味しい。


 サンドイッチはすぐに胃の中に消えた。


「……」


 ふと、視線を感じたので顔を上げると会長と目が合う。

 しまった。感想も言わず平げてしまった。


「あ、サンドイッチめちゃくちゃ美味しかったです!」


「ふふふ」


 会長は笑みをこぼすと、ランチボックスを再度見せてきた。


「よかったらもう一ついかが?」


「え? いやそれは許されるならもう一つ食べたいのですが、それだと会長の分が――」


 ――無くなる。

 

 四切れしかないのに二切れも食べたら半分しか残らない。この後も緑風祭は続くのだ。流石にエネルギーが枯渇してしまう。


「私は大丈夫よ。麻倉くんの食べっぷり見ていると嬉しいもの。でもそうね、なら麻倉くんのそれと交換しようかな」


 会長が指差した先は、先程もらったチョコパンだ。

 手作りサンドイッチと等価交換にならない気がするけどいいのだろうか。

 そもそもチョコパンは会長からいただいたものだし。


「どうぞ」


 会長がサンドイッチを手渡す。受け取ると同時にチョコパンを回収される。


 本日二つ目のサンドイッチを食べる。

 うん、やはり美味い。


「なにか?」


 会長が無言でこちらを見てる。


「いえ、なんでもないわ」


 首を振ると、会長は残り一切れしかないサンドイッチを口に含んだ。


 二人静かにお昼を食べ進める。


 沈黙が空間を支配するが不思議と嫌な気分じゃない。


 そうえばせっかく二人きりだ。

 今まで聞けなかったことを聞く絶好のタイミングである。

 

 初めて会長と会った時の言動や澄川先輩、栗木先生からの話などからして会長は昔の俺を知っている気がする。


 でも俺は不思議なことにまったく覚えていない。もしこんな綺麗な人に一度でも会ったことがあるなら絶対忘れない自信があるのに。


 昔からの知り合いなのか、聞きたいのだが……でもこれってもしかして失礼なのでは?

 もし昔からの知り合いだったとしたら、会長は覚えているのに俺はまったく覚えていない。

 それは失礼だよな。


「うーん」


「どうかした? 麻倉くん」


 しまった。思わず口に出してしまった。


「い、いえ。なんでもないです」


「本当に? もし何かあれば遠慮なく教えてね? 私これでも生徒会長だから、いざとなれば何でもできるわよ」


 会長はそう言うと悪戯っぽい笑顔を浮かべる。


「何でも……?」


「そう、何でも。そうね、例えば学校の自販機の飲料をすべてココアにすることもできるわよ」


「そんなことできるんですか!? ってなぜココア?」


「麻倉くんココア好きでしょ?」


「え、なんで知っているんですか?」

 

 純平とかは一緒に買いに行くことも多いから知っていると思うが、なぜ会長が知っているんだろう。


「え! そ、そうね」


 会長は少考え込むと、


「聞いたのよ。そう、そう。以前麻倉くんに直接」


 俺が?

 言った覚えはないけど、口を滑らしたのかもしれない。


 か、もしくは昔から俺を知っているか。

 俺のココア好きは物心つくころからだ。なのでもし昔の俺を知っているのなら好みを知っているはずだ。


「……会長と俺って昔会ったことあったりしますか?」


 聞いてしまった。心臓がバクハグして痛い。


 会長は俺の言葉に少し目を開くと、


「……どうかしら。麻倉くん子どものころ、緑川にいたのでしょう? なら会っているのかもしれないわね」


 会ったこと――ある、ない。どちらの断定もなかった。


「え、それってどういう――」


「はい、麻倉くん、お話はここまでにしましょう! ほら、そろそろ用意しないともう一時間経つわよ」


 時間を確認すると、開始時間に近づいていた。


「麻倉くんは何に参加するの?」


「えっと、残りは障害物競争と、借り物競走ですね」


「あら。私も借り物競走出るわよ」


「そうなんですね」


 ということは、会長は俺のあとだ。借り物競走は学年ごと、男女ごとに別れている。


「でも話してていいのかしら? もうそろそろ競技がはじまわよ」


「あ、じゃあお先に失礼します。サンドイッチご馳走さまでした!」


「お粗末さまでした。頑張ってね!」


 会長に頭を下げ、急いで生徒会室から出る。

 

 会長にはなんとか聞けたけど、結局上手くはぐらかされてしまったな。


 ……まあ気を取り直して、障害物競走頑張るか!

 勝負に負けたら純平が調子にのってしまうからな。


 道中のゴミ箱にパンの袋を捨て、急いでグラウンドに向かう。



 


 

 


 

 





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