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二十八 折田深澄

 栗木先生と別れた後、俺は校舎の見学を再開していた。

 特に当てもなく歩いていたが、中庭で足を止める。見知った顔を見たからだ。


 中庭の端に置いてあるベンチに深澄が座っていた。


 純平や日向たちと帰ってたと思っていたが、何か用事があったのだろうか。

 一人でいるのにわざわざ話しかけるのもあれだし、とスルーしようとしたが、ふと顔を上げた深澄の目が合う。


 ……目が赤い。


 深澄はしまった、という顔をしてすぐに頭を下げた。


 …………。


 近くの自販機に寄ってから深澄のところに向かう。


「お疲れさま」


 そう言って、買ったばかりの缶を渡す。


「え?」


「今期新作のココアだよ、ぜひ」


「……麻胡って本当にココア好きね。でもありがと」


 深澄は大人しく受け取った。いつもはもっと元気な深澄だが心なしか落ち込んでいるように見える。

 深澄がゆっくりココアを飲むの横目で見ながら、自分の分のココアを飲む。


「そうえば深澄、明日提出の宿題やった?」


「宿題?」


「そう、英語の」


 と、明日の授業や最近の学食の話など、取り留めない話をする。

 元気がなさそうな深澄ではあったが話していくうちに少しずついつもの調子に戻っていった。


 三十分ぐらい話しただろうか。辺りは暗くなり始めていた。


「もうそろそろ暗くなったし、俺はそろそろ帰るよ」


 そう言って席を立ち上がる。

 校門に向かおうとしたが――


「……麻胡」


 小さく名前を呼ぶ声がした。声がした後ろを振り返る。

 深澄が飲み終えた缶を両手に持ち下を向いていた。


「聞かないの?」


 目が赤い――泣いていた理由だろう。人にはそれぞれ事情があるし、おいそれと聞くものではないと思う。ただ――


「……ちょっと待って」


 そう言って近くの自販機に再度向かう。もう一度飲み物を買う。今度はカフェオレにしよう。


「ほら」


「……ありがとう」


 深澄に渡して、再度隣に腰掛ける。

 深澄はカフェオレを口に運ぶとしばらく下を見ていた。


 少しの間沈黙が支配する。


「……っ」


 深澄は再度カフェオレを口に運ぶと意を決したように口を開いた。


「……前に私に姉がいるって言ったの覚えている?」


 頷く。

 ゲーセンの時にちらっと聞いた。その時の深澄は思わず話してしまったことを後悔しているように思えた。


「『ホッピングアワー』って知っている?」


 ホッピングアワー?


「いや、知らないな……。アイスのフレーバー?」


「ぷ、なにそれ、違うよ。今売れているアイドルグループなんだけど。知らない?」


「アイドルか……ごめん、詳しくないんだ」


 普段テレビを見ない。見るとしても最近は将棋の対局ぐらいだ。


 その言葉に驚いたのか、深澄が目を開く。


「知らない人初めて会ったわよ。そうね、『ホップステップアワー』って曲なら知っている? 最近リリースされた曲なんだけど」


 それなら知っている。最近至るところで流れている曲だ。そうえば最近なにか有名な賞も受賞したとニュースで見た。


「それは知っているけど、それがどうしたんだ?」


 深澄と何が関係あるんだろう。


「それを歌ったグループが『ホッピングアワー』。私の姉がいるのよ」


「……まじ?」


 深澄が頷く。


「『ホッピングアワー』不動のセンターである、理央田(りおた)ゆるる。私の双子の姉」


 双子だったのか。


「私の姉はね。昔から優秀だったのよね。なんでもすぐに上達して周りの子を抜かすし、スポーツもすぐに上手くなって一番上手くなる」


「完璧超人だったんだな」


「そう。まるで冬月会長みたいに完璧だった。でもそれが――」


 深澄は大きく深呼吸すると、


「――私はとても嫌だった。何をしても姉には敵わないから」


 深澄が唇を噛み締める。


「昔から、姉の活躍ばかり聞かされていたのよ。姉がすごいならきっと妹もすごいだろう、みたいに私に対する期待も高くて」


「……でもどうしても友梨(ゆり)のようには上手くできなかったわ。そしたら皆残念そうな顔をして離れていく」


「勝手に期待して、いざできなかったら勝手に失望するなんて自分勝手って思わない?」


「小学生の頃、姉と一緒のタイミングで水泳を始めたのよ。私がようやく二十五メートル泳げるのになった頃、友梨は地区大会で優勝したわ」


「それは………すごいな」


「でしょ? だから何もかも嫌になっちゃって。習い事とかスポーツは全部辞めた」


 でも、と深澄が続ける。


「勉強だけは姉に勝ったことがあるのよ。何気ないただの小テストなんだけどね。姉はちょうどその頃芸能活動を始めていた頃だったから忙しいのもあったけど。でもその時は嬉しかったなあ」


 深澄がカフェオレを一口飲むと、


「それもあって勉強を頑張るようになったわけ。勉強でしか私の価値を示せない。……だからテスト結果見て凹んでいただけ」

 

「それは……」


「あ、別に麻胡に手を抜いてほしいってわけじゃないんだからね? もし仮にそんなことしたら……怒るわよ」


 こちらを見る深澄の目が怖い。


「それはもちろん。実力で勝負しよう」


 深澄は頷くと、深くため息をついた。

 

「はー。ただくだらないわよね。こんなことで落ち込んでいるなんてね」


「……くだらなくない。それは本気でやった証拠だよ。それに俺も――」


 自分がなぜ勉強しているのか話す。

 家庭の事情もあって、特待生制度の対象になる必要があること。そのため毎日少しでも時間があれば勉強していること。テスト結果が発表される際は緊張で毎回腹が痛くなること。


 あらかた話し終えたら、気付けば辺りは真っ暗だった。


 深澄は目線を落として考え込んでいた。


「話してくれてありがとう」


「いや大した話じゃないよ」


「そんなことないわ。特に勉強部屋の話とても気になるし、今度呼んでよね」


「……」


 話の流れで、自室は勉強部屋となっており人を呼べないほど荒れていることを口に出してしまったのだ。


「ぷぷ。冗談よ」


 深澄が俺の顔を覗き込んで笑う。


 まあ何はともあれ元気になってよかった。


 深澄は笑顔を見せると、少し申し訳なそうな顔をした。


「遅くまで付き合わせちゃってごめん」


「ん? いや全然気にしなくていいよ。特に予定はなかったし」


「本当?」


「校舎見学していたくらいだし」


「校舎見学? 今更? ふふふ」


 深澄が再度笑う。どうやらツボったらしい。


「……怒るぞ」


「ごめんごめん、散歩だなんておじいさんみたいだなって」


「……おい」

 

「ごめんって!」

 

 怒ったふりして席を立ちあがると、深澄もついてきた。

 くだらない雑談をしながら学校外まで向かう。


「じゃあ深澄。また明日」


「うん。また」


 別れの挨拶とともに深澄に背を向けて帰り道に向かう。

 

「麻胡! ……今日はありがとう」


 背中から深澄の声が聞こえる。

 うまい返事が見当たらず、それに何か照れくさかったので、片手をあげることで返事とした。




 

 

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