二 友人報告「聖女」
「うおおおおいいい!!」
昼休みを迎えた教室で声が響き渡る。
教室にいた生徒が一斉に顔を向けてきた。一部睨んでいる者もいる。
「静かに聞けと言ったじゃないか、このバカ」
大声を出した目の前の友人を教科書の角で叩く。
「いてっ!」
友人は痛みに悶える。
涙目だ。
強く叩きすぎたかもしれない。
「そうだけど! こんな話を聞いたら騒ぐに決まっているじゃないか!!」
こちらをキッと睨んできた男。
名前を佐藤純平と言う。
転校してきた時に、真っ先に声をかけてくれた男だ。不思議と馬が合い、よくつるむようになった。端正な顔立ちをしているが、女好きで言動が軽く、残念ながらモテない。いわゆる残念イケメンってやつだ。
本人は彼女が欲しいと言って、色々行動を起こしているが彼女はいない。黙っていればモテるのにと常々思う。
「だから静かにしろって」
また注目を受けると思ったが、今度は誰も見てこなかった。叫んでいるのが純平だと知って諦めたのだろうか。
いつも叫んでいるからな、純平のやつ……。
転校当初、誰とも関係を深めるつもりはなかったが、初めて会った時からすごい勢いで距離を詰めてきたのだ。当時は戸惑ったが、今となっては感謝している。
「とりあえずだ。あの冬月会長がお前を生徒会副会長に勧誘した、そういうことだな?」
純平はまだ頭が痛むのか、押さえながら言う。
「そう」
昼休みになって、昨日あったことを話したのだ。生徒会会長に呼び出され、副会長に勧誘され、そして就任することになったことを。
「く、なぜお前なんかが! なぜなんだ」
「理由は説明した通りだよ。緑川高校に染まっていない人材が欲しかったってさ」
「俺も転校してくればよかった……。いや過ぎたことはしょうがない。しかしなぜお前はそんなにのほほんとしているのだ! あの冬月会長に勧誘されたんだぞ!」
もっと嬉しそうにしろよお!
純平が叫ぶ。
「いや……まあ勧誘されたのは嬉しいんだけど、なんか現実感なくてさ……」
深い人間関係を築くつもりはなかったが、正反対の状況にいる気がする。
「まあそれはわかる! あの冬月会長だからな」
純平は腕組みして続ける。
「冬月会長はな、全国模試一位をとったとの噂がある頭脳をもち、モデル顔向けの容姿、そして由緒ある冬月家の一人娘であり、社長令嬢でもある。四字熟語で例えるならば、才色兼備、容姿端麗、完璧超人、羞花閉月だ」
「……しゅうか、へいげつ……?」
「羞花閉月。もちろん、性格も素晴らしい。みんなが嫌がることを進んで取り組み、先輩後輩同級生すべてに慕われている。今回の生徒会長就任の信任投票もほぼ全会一致で信任との噂だ。そんな会長についた異名は、聖女。名は体を表すと言うが、その通りだろう? 緑川の聖女だ」
「……なぜそんなに詳しいんだ」
「おいおい、一般常識だぞ。むしろなぜ知らない?」
純平が呆れたように見てくる。
失礼な奴め。
「ちなみに冬月会長だがな、不思議と恋愛方面の話は聞かないんだ」
「そうなのか? めちゃくちゃモテそうだけど」
「あ、いやモテるのは確かだ。俺が知る限り、今まで三桁は告白されているだろう」
……三桁!?
純平は驚いている俺を尻目に話を続ける。
「だがな、絶対に成功しないんだ。会長への告白は一度も成功した試しがない。恋愛に関して鉄壁な守りを誇る。そのことが聖女と呼ばれる要因である、との説が一部では噂されてもいる。だから会長が男と話すのは珍しいんだよ。それも勧誘だなんて……」
純平が話す内容に驚くことばかりだった。昨日何気なく、会長と話していたがどうやらそれは珍しいらしい。
「……そうえば昨日会長に別れ際、一度会ったことあるって言われたんだよ。てっきり昨日初めて会ったと思ったのに。俺会長とどこかで会ったことあるかなぁ」
「はあ? お前みたいな奴と会長が接点なんてあるわけないだろう。聖女だぞ、聖女」
相変わらず失礼な奴め。
まあ、ただそれはそうだろう。学年も違うし、会って話す機会なんてない。
「ただそうだな……あれじゃないか。転校した時に生徒会に世話になってただろ? その時にでも会ったんじゃないか?」
耳をほじくりながら興味なさそうに純平は言う。
「それはあるな。なるほど、その時に会っていたのかもしれん」
転校してきた際に、生徒会役員に校舎など諸々案内してもらったのだ。その時は気付かなかったが会っていたのだろう。転校初日だったし、周りをみる余裕もなかった。
「まあ、そんなことはどうでもいいんだよ。なあ、麻胡。お前の数少ない友達として一つ忠告してやろうか?」
「……なんだよ」
「会長にはファンクラブがある。だから迂闊な行動には気を付けろよ。会長に何かしたら死ぬぞ」
ファンクラブ……!?
「それはマジか……?」
「マジ。これも有名な話だがお前は知らないと思ってな。一応共有」
ファンクラブ……。
アニメや漫画の世界でしか聞いたことない。そんなのがあるのか。会長は文字通り生きている世界が違う。
「なあ、ファンクラブってみんなあるものなのか?」
「はあ? 何をわけのわからんことを。ファンクラブなんて普通ないだろ。俺だって緑川に来て驚いたわ。あ――」
「……?」
「――ちなみに、ファンクラブだが会長だけじゃないぞ。一応各学年に一人ずついる」
合計三人。なぜそんなにいるのか。
緑川が特殊なのか、それとも俺が世間知らずなのか。いや流石に緑川が特殊なんだろう。
「……まあ、他の二人には会うことないだろう」
「それはそうだ。お前なんかにそうそう会う機会があってたまるかっての!」
純平が睨んでくる。
会長と接点があることを根に持っているようだ。
ふと時間を確認すると、昼休みも残り少なかった。純平の相手は適当に、急いで昼食代わりに買ったパンを食べると次の授業の準備をする。
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