二十二 仲良しな二人
九条さんと約束した翌日の放課後、俺は図書館に向かっていた。借りていた『緑川の木と鳥の自然の調整音』を返すためだ。
図書館に入り、受付を確認する。
よかった。栗木先生ではない。
担当の先生に本の返却して、二階に向かう。昨日は中途半端な時間だから混んでいたが、今日は授業が終わって比較的すぐに来た。流石に空いているだろう。
二階に登り、席を覗くと、
……空いていない。満席だ。
念の為、奥まで歩いて探すが席は空いていない。
マジか。
「……帰るか」
家でやることにしよう。
諦めて一階に降りようとして、
「麻倉さん?」
振り返ると、九条さんがいた。
昨日と同じテーブル席に座っている。向かい合わせで友達らしき女子生徒が座っていた。
「あ、九条さん、昨日ぶりだね」
「はい。麻倉さんはまた勉強ですか?」
「そう。ただ席がなかったから移動しようと思って」
「エル? この人が話していた先輩?」
と、そこで九条さんの友達らしき人が九条さんに話しかける。
「莉子ちゃん、この人とか言わないの」
その友達は九条さんの言葉に少し笑うと、
「初めまして。麻倉先輩、紅林莉子です。エルの友達、いや親友です! よろしくお願いします」
紅林さんは、腰を浮かせると少し頭を下げた。茶髪を肩あたりで巻いており、おでこを出し、活発そうな雰囲気を醸し出している。
「ああ、麻倉麻胡です。九条さんとは……生徒会活動でお世話になっています。ええと、紅林さん? よろしく」
その言葉に紅林さんは顔を膨らませると、
「紅林はあまり可愛くないので、莉子と呼んでください!」
「ああ、ごめん……莉子ちゃん」
「はい!」
「もう、莉子ちゃん、麻倉さんを困らせないの」
九条さんが嗜める。
なんとなく意外な組み合わせだった。
「エルは気にしすぎだよー! ね? 麻倉先輩?」
莉子ちゃんが同意を促すように見てくる。
「ああ、うん、大丈夫だよ、まったく問題ない」
「ほら! ね? エルからの話しか知らないけど、麻倉先輩はそういう人だもん。でも妬けちゃうな。エル、最近麻倉さんの話ばっかで今日も話してきたし」
「っ! 莉子ちゃん? それ以上言うと怒るよ?」
九条さんが眉を顰める。目が怖い。
「ごめんごめん」
莉子ちゃんが手を合わせて謝る。
そして俺の方に顔を向けると、
「麻倉先輩よかったら一緒に勉強しません? ほらこの机、椅子持ってくれれば三人で勉強できるし」
確かに二人席とはいえ、テーブルが大きいから三人で囲んでも問題はなさそうだ。
「席空いていなかったからありがたいけど、九条さんはいいの?」
今の話は莉子ちゃんがどんどん進めている話だ。昨日も場所を借りたし、今日も一緒にやるとなると九条さんには迷惑ではないだろうか。
「はい。私は麻倉さんさえ良ければ大丈夫です」
「よし、決まり! 椅子とってくるね!」
莉子ちゃんが素早く近くの余っている椅子を、声かけてもらってくる。行動が早い。
「はい、どうぞ」
お礼を言って座る。目の前には右隣は九条さん、左隣は莉子ちゃんだ。
バッグから勉強道具を取り出す。今日も英語から始めよう。単語や文法は繰り返しだ。日本語訳から英語が書き出せるくらい覚えたい。
九条さんや莉子ちゃんも勉強を始めていた。
二人は時々小声で話していた。少し内容が聞こえたが基本九条さんが莉子ちゃんに教えているようだ。
「んー! どうしてこれがこうなの?」
莉子ちゃんが自分の髪をわちゃわちゃかき混ぜる。どうやら苦戦しているようだ。
「莉子ちゃん、それはね――」
九条さんが丁寧に教える。なんとなく姉妹に見える。仲良さそうだ。いや実際仲良いんだろうけど。
「むむ。麻倉先輩なんですか? できない私が面白いですか?」
目の前の問題から逃げようとしたいのか、莉子ちゃんが絡んでくる。
「え? いや姉妹みたいだなって」
「姉妹? ならエルが妹で、私が姉ね!」
莉子ちゃんは勝ち誇った顔をする。
「莉子ちゃんのほうが子どもっぽいし、妹だよ。私のほうが姉」
九条さんが反論する。
「ひっど! エルのほうが子どもだもん」
「いや莉子ちゃんのほうだよ。ほら」
わいわい二人して言い争う。仲良しコンビだ。
「……ってそれどころじゃなかった。勉強教えて! 麻倉先輩。いやお兄ちゃん!」
莉子ちゃんがこっちを見てお願いしてくる。
この子距離の詰め方すごいな。始めて会った時の純平を思い出す。
「いいよ。どれ?」
席も借りていることだし、少しでも借りを返そう。
莉子ちゃんが見せてくれたのは英語の教科書だった。ちょうど英語の勉強をしていたからタイミングが良い。
なぜこの和訳になるかがわからないとのことだ。
「――と言う形で、この関係代名詞が前の文にかかっているから、この和訳になるんだよ」
説明している間、莉子ちゃんは静かに聞いていた。
「うんうん、なるほど。……麻倉先輩めちゃくちゃわかりやすいですね。先生になれますよ!」
莉子ちゃんが褒めてくれる。
「褒めすぎだよ」
「エルもそう思うよね?」
「うん。……先生よりもわかりやすい」
九条さんが頷く。
「それは本当に褒めすぎ」
「ねえねえ、麻倉先輩ってもしかして頭いい?」
なんか似たようなやり取りを最近した気がするな。
「いや別にそんなことないけど。毎日勉強しているだけだよ」
「本当かなあ。ちなみに前回のテスト順位は?」
「……一位」
「「え……」」
九条さんと莉子ちゃんが息を飲み込む。
「も、もしかして先輩って転校生?」
莉子ちゃんが恐る恐る聞いてくる。
「そうだけど。……なんで知っているの?」
「……去年の冬に編入試験歴代最高得点で転校してきた謎の転校生。以来受けるテストは全て学年一位の二年生。冬月会長に並ぶ秀才として、私たち一年生の中でも有名ですよ」
「……マジか」
なんか悪目立ちしているな。学費のために勉強していただけなのに。
「麻倉さん、とても頭良いんですね」
九条さんは目を丸くして驚いてた。
「エル知らなかったの? ってそっか、エルは噂話とか興味ないもんね」
「莉子ちゃんが詳しすぎるだけだよ……」
「じゃあじゃあ、麻倉先輩。よかったらちょくちょく勉強教えてもらえませんか? 場所は用意するんで」
「場所?」
「私たちの教室は二年生よりも図書館に近いので席の確保とかしやすいのです」
なるほど、だから授業終わってもすぐ行っても埋まっているのか。
「莉子ちゃん。それは麻倉さんに迷惑だよ……」
九条さんが莉子ちゃんに向かって言う。
「えー。エルは勉強みてもらいたくないの?」
「それは……見てもらえると嬉しいけど。とてもわかりやすいし。でも麻倉さんも自分の勉強だってあるだろうし」
「えー。……ってそっか。無理言ってすみません、先輩」
莉子ちゃんが力無く項垂れる。
さっきまでのテンションと落差があって、何かこっちが悪いことしてしまった気分だ。
「あ、いや今別に勉強会とかしているから、それを除いた日ならいいよ」
「本当! 麻倉先輩………! ありがとう」
莉子ちゃんが目を輝かせる。
「麻倉さん……いいのですか?」
九条さんが遠慮がちに声をかける。
「うん。場所変えて勉強したほうが捗るからさ。ええとそれに――」
ふと頭に閃いた言葉を言う。
「――人に教えることで、言語化するここで曖昧に覚えていたことを頭の中で整理することができるし」
……ほぼすべて折田さんの受け売りだった。
「ほえー、麻倉先輩頭良さそうなこと言いますね。って頭良いのか」
莉子ちゃんがセルフツッコミをする。
一緒にいて飽きない子だ。
「じゃあよかったらティート交換しません? 勉強する時連絡できたら助かるし」
莉子ちゃんが携帯片手に話しかけてくる。
「いいよ。じゃあ交換しようか」
カメラを使って連絡先を交換する。
ピコン。早速莉子ちゃんからメッセージが届いた。デフォルメされたアザラシが手を上げているスタンプだ。
見たことあるな。なんのキャラだろう。
「グループ作っときますね!」
「ありがとう。あ、九条さんももしよかったら交換する?」
「はい、お願いします」
九条さんとも連絡先を交換する。
それを見て、莉子ちゃんが顔を近づけてくる。
「麻倉先輩、とても運がいいですよ、エルと連絡先交換できるなんて」
「ん? どういうこと?」
「エルの連絡先知っている男子は麻倉先輩が始めてってことですよ」
「え? そうなの?」
「エルは男子からの誘いは絶対断るから。ね? エル」
「……莉子ちゃんみたいにたくさんの人と連絡先交換しないだけだよ。麻倉さんとは図書委員関連でやり取りすることもあるし」
「でも始めての男の連絡先でしょ?」
「言い方……。一人いたもん」
「……父親はなしだよ?」
「……」
無言になった九条さん。
そっか。知り合ったばかりだけどそこまで信用してもらえると嬉しいな。この信頼を裏切らないようにしないといけない。
「はい、じゃあそろそろ勉強に戻ろうか」
一応、今勉強しているスペースは私語は禁止されていない。だがこれ以上話していて注意される可能性はあるだろう。
二人は素直に頷くと勉強に戻った。
最終下校時間の予鈴まで勉強は続けた。
九条さんは莉子ちゃんと駅まで一緒に帰るとのことで、親の送り迎えは最寄駅からとのことだった。また勉強会する約束をして駅までの道のりの途中で解散した。
★
家に戻り、諸々終えて勉強していると、携帯が鳴った。
画面には、九条さんからのメッセージの通知が表示されている。
内容は、今日のお礼と、デフォルメされたペンギンが頭を下げているスタンプ。
「えーと、こちらこそ、場所を、貸してくれて……ありがとうっと」
メッセージを返し、勉強に戻る。
しばらくしてまた携帯が鳴り、次の勉強会でもよろしくお願いします、と、もう寝ますとの連絡があった。
おやすみ、とティートオリジナルキャラクターの寝ているスタンプを一緒に送る。
最近勉強会が多いが、なんとなくタメになっている気がする。
よく子どもはリビングで勉強させたほうがいいとの話を聞くが、誰かの前で勉強すればサボれないし、良いのかもしれない。それにずっと家で勉強するのは気が滅入るし、気分転換にもなる。場所によって勉強する科目を変えるとキリも良い。
……今回も良い点数を取らなくてはいけない。特待生から絶対除外されてはいけないのだ。
少し眠いが、もうひと踏ん張して勉強しよう。
気合いを入れるために、洗面台で顔を洗い、勉強に戻った。
もし本作品について、少しでも良いなと思いましたら、ブックマークや評価、感想などしていただけますと大変幸いです。




