二十一 妖精との約束
中間テストの二週間前は全ての活動が停止する。部活や生徒会活動、委員会活動全てだ。
あれから純平たちとは何度か勉強会を開催した。放課後に時間ができたので、平日にも開催した。純平が毎回小ボケを挟んできたが、それだけで、みんな脇目をふらず真面目にやっていた。特に折田さんの気迫はすごかった。
今日も勉強会があった。場所は放課後の教室。毎回ファミレスだとお金もなくなるし、それに教室だと近い。ただみんな用事があるとのことで、いつもより早めの解散だ。
俺はというと、用事がないので図書館に向かっていた。家に帰っても誰もいないし。
図書館に入ると多くの人でごった返していた。
それもそうか、みんな図書館で勉強するよな。
勝手にいつものように空いているものだと思っていたのでげんなりしつつ、二階の空きスペースを探す。
「空いて、ないだろうなあ」
時間も時間だ。授業終わってすぐならまだしも、中途半端に時間が経っているので空いていないだろう。
ざっと見たが席が埋まってそうなので、諦めて帰ることにする。
「……麻倉さん?」
後ろから声をかけられた。振り向くと、
「ん? 九条さん?」
「はい」
九条さんがいた。九条エルセ。緑川の妖精。またの名を深層の令嬢、そして雪の令嬢。
「勉強ですか?」
「あ、うん。そのつもりだったんだけど、席空いてなくてさ。帰るところ。九条さんも勉強?」
「はい。そうです。……もしよかったらここ、座りますか?」
九条さんが近くの席を指差す。そこは二人掛けのテーブル席で、一席分空いていた。
「え、いいの?」
「はい。友達と勉強していたのですがちょうど帰ってしまったので」
「ありがとう。じゃあ借りるね」
申し訳なかったが、せっかくの申し出を断るのは逆に失礼だろう。お言葉に甘えることにする。
「はい、どうぞ」
九条さんが席を引いてくれる。
席に座り、バッグから勉強道具を出すと九条さんは自分の勉強に集中していた。
終わってからまたお礼を言えばいいか。
九条さんとは向かい合う形で、勉強に集中する。今日は英語にしよう。まずは文法の復習からだ。
………………。
…………。
……。
キンコーンカーンコーン。下校時間が近いことを告げるチャイムが鳴る。最終下校ではなく、その予鈴のチャイムだ。
ちょうど勉強のキリがいい。
顔を上げると九条さんと目が合う。
「……帰りますか?」
「うん、そうしよう」
荷物を片付ける。すでにほとんどの生徒が帰っており席は空席ばかりだった。荷物を持ち、階段を降りる。
「そうえばこの期間って図書委員会の仕事はないんだよね?」
入る時見なかったが誰が受付をしているのだろう。
「あ、そうですね。テスト期間は先生方が持ち回りで担当しています」
その言葉とともに受付を確認すると、確かに先生がいた。しかもよく知っている体育教師だった。栗木先生だ。
「げ」
声をかけられないようにバッグで顔を隠しながら図書館を出る。
「……?」
九条さんは戸惑っていたが何も言わずについてきてくれた。
巻き込んでしまって申し訳ないが、もし見つかって声をかけられたら大変だ。目立たないよう図書館を出る。
図書館から離れた広場で一呼吸つく。
「ふー。ごめん、九条さん」
「いえ、何かあったのですか?」
不思議そうな九条さん。心なしか表情が暗い。少し落ち込んでいるようにも見える。
「あ、受付に栗木先生がいて、ちょっと会いたくなくてさ」
「なぜですか?」
「……会うたびにラグビー部の勧誘をされるんだよ。ほら、俺を見てもらえればわかると思うんだけど、タックルされたら吹き飛んで多分死ぬ」
「ふふふ。だから隠れていたんですね」
九条さんが笑う。先程までの暗い雰囲気はなくなり、明るい表情になっていた。
「てっきり私と――」
そこまで言って九条さんが口をつぐむ。
「? 私と?」
「い、いえ、何でもないです」
九条さんは素早く首を振ると、
「そ、そうえば本は読まれました?」
本?
「あ、『緑川の木と鳥の自然の調整音』?」
九条さんがコクっと頷く。
「あ、ちょうど昨日読み終えたよ。けっこう面白くて」
そうえば本の感想を話す約束をしていた。が、今話していいいのだろうか。もう遅い時間だし、それにそもそも先輩である俺に気を使って言ってくれただけかもしれない。
「あの、もしまだ時間があれば、本の感想聞いてもいいですか?」
杞憂のようだった。
快諾し、中庭のベンチが空いていたので揃って座る。
「まず本の内容だけど、題名の通りで緑川の木と鳥に焦点を――」
緑川の地には、広葉樹が多く、特に桜の木が数多くあること。毎年春には桜の木に引き寄せられた鳥たちが緑川を訪れる。メジロやヒヨドリが多く集まり、その鳴き声はまるで鳥たちのコンサートのようであること。などなど。
「――だから桜の木がたくさん植えてあるところを探そうと思ったんだけど、もう時期も終わっていてもっと早く読んでいればって昨日頭を抱えたよ」
「ふふふ」
九条さんはただでさえ大きい目を開いて、興味深そうに聞いてくれた。先輩に気を使ってくれたかもしれないが。
「今はテスト期間なので終わり次第読んでみます」
「ぜひぜひ。……そうえば九条さんはテストは大丈夫そう?」
「そうですね……授業は聞いていますが心配なので毎日図書館で勉強しています。麻倉さんはどうですか?」
「俺も同じだよ。勉強してもしても足りない気がする。テストが終わったら一日中ぼーっとしてやるって決めているんだ」
いいですね、と九条さんは笑う。
そんなこんなで雑談をしていたら、最終下校を告げるチャイムが鳴った。
一緒に学校を出たが、九条さんは親が迎えにきているとのことだったので、校門で別れた。
「今日は感想ありがとうございました」
九条さんがお礼を言う。
「いやいや、こっちこそ聞いてくれてありがとう。誰かに感動を共有できるのは嬉しい。俺の周りにはそういうの興味ある人いないからさ」
思わず純平の顔を浮かべる。
「そうなんですか?」
「そうそう。面白い本をおすすめしようとしたら、俺は本は絵本以外読まない! って言われてさ」
「ふふふ、そんな方いるんですね」
九条さんは目を丸くして笑う。
「そうなんだよ! 逆に今度絵本の話をしてやろうかって思ってさ――」
ってまた引き留めてしまうところだった。
「ってごめん、彼の話をすると長くなりそうだからまた今度話すよ」
九条さんは頷き、
「はい。約束ですよ?」
まるで心の奥まで覗き込まれそうな大きなグリーンの瞳で見つめてきた。
少し胸の鼓動が早くなる。
ただそれはおくびにださず、
「もちろん」
と、九条さんと約束して、別れた。
一人自宅までの帰り道に胸をおさえる。鼓動は戻っていた。
なぜ、藤宮さんが釘を刺してきたのかわかった。モテるのもわかる。あの大きなグリーンの瞳には不思議な魅力があるのだ。きっと世の男子はあの瞳に見つめられると惚れてしまうんだろうな。
初めて会った時よりは少し仲良くなれた気がするが、変に勘違いしてはいけない。推薦してくれた会長の顔を潰すことになるし、そもそも九条さんにも迷惑をかける。
って色々考えすぎか。普通にしていれば問題ないだろう。
ふっと肩を力を抜いて夜空を見ながら帰る。




