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十三 前哨戦「悪友」×「ギャル」

「ちくしょう。次は勝つからな」


 前に座る純平が悔しそうに呟いていた。

 目の前にはカツ丼。純平の前にはうどん。場所は緑川高校の食堂。昼休みにご飯を食べに来たのだ。先日の卓球の賭け分を奢ってもらっていた。

 

「あと一回分は何にしようかな」

 

 二回勝ったのではまだ一回分奢られる権利が残っている。

 

「くっ! いいだろう。存分に食えよ。次までに修行しているからな」


 純平が空いた器を端にどけて、素振りをし始める。ラケットもないし、座りながらで、何の意味があるのだろう。

 そんな純平を尻目に、目の前のカツ丼に取り掛かる。うん、美味しい。普段は高いから買えないのだ。

 

 緑川高校の食堂は、光をうまく取り入れた構造をしていており、一人スペースから複数人が一緒に食べることができるテーブル席まで様々な席が用意されている。流石に食堂で学校を選ぶ人はいないが、生徒からの人気は高い。

 購買も併設されており、パンを食べている生徒もいる。昼食の時間以外も食堂は解放されており、放課後に購買を利用したり、談笑する生徒やボードゲームをしている生徒もいる。

 まあ流石に素振りをしている人は誰もいないが。

 

「で、どうなんだ? 生徒会」

 

 素振りに飽きたのか、話しかけてくる。

 

「思ったより大変じゃないよ。まあほとんど冬月会長のおかげだけどな」

 

「ほう? というと?」

 

「自分の仕事はもちろんだけど、生徒会メンバーに適材適所に仕事を割り振り、それでもってメンバーから何か相談事があっても完璧に対応しているんだよ。本当に同じ人間なのか不安になるぐらいだ」

 

 生徒会に入ってまだしばらくだが、冬月会長には驚かされっぱなしだ。入ったばかりで右も左もわからない俺が何とか続けられているのは冬月会長のおかげだ。しっかり説明してくれるし、仮にわからないことがあっても丁寧に教えてくれる。というよりも聞く前に先回りして教えてくれる。


「まあ、あの冬月会長だからな。まったく不思議ではない。というよりも納得だ。完璧すぎて、次期総理大臣候補という噂もあるらしいぞ」

 

「……え、流石に違うだろ」

 

「まあな。まあただ総理大臣になっていても不思議はないだろ?」

 

 総理大臣になった冬月会長を思い浮かべる。

 国会で答弁している冬月会長。国民の陳情を聞き、国のため、国民のために熱弁している冬月会長。首相官邸の椅子でクルクル地球儀を指先で回しながら世界情勢について憂いている冬月会長。いや最後のはおかしいか。でも――


「……想像できるな」

 

「だろ? あながち嘘でもないかもな。その噂。もし冬月会長が総理大臣になったらテストなんて無くしてもらおう」

 

「……仮に会長が総理大臣になったとしてもその頃にはもう卒業しているだろ」

 

「それもそうか。ちぇ、じゃあ無くならないか、中間テスト」

 

「ああ、もう中間テストの時期か」

 

「その顔は……さては麻胡お前余裕だな?」

 

「いやそんなことない。むしろプレッシャーだよ、悪い成績とって特待生じゃなくなったらと思うと胃がキリキリする」

 

 緑川高校には特待生で編入している。学費が半分ぐらい安くなっているのだ。家庭の事情もあって特待生を維持しないとまずい。

 

「ああ、そうえば特待生さまだったな……ちくしょう頭がいい奴は羨ましいぜ」

 

「……純平は一夜漬けやめてさ、毎日勉強すればいい」

 

「毎日勉強なんかできっか! 高校生活はな、人生に一度だけなんだよ! それなのに勉強というものに時間を費やしてしまうかっての!」

 

「まあ……それもそうかも、な」

 

 純平の熱量に思わず頷いてしまう。

 

「だろ? だから俺は勉強よりも大切なものに時間を費やしているんだ!」

 

「……でも補習になるとその時間すらなくなるぞ」

 

「……! やべ、補習があるんだったな……」


 中間テストで赤点をとると補修に参加する必要がある。補習は期末テストまで毎日行われ、しかも宿題も毎日出されるため、生徒から蛇蝎の如く嫌われている。

 

 純平が手を擦りながらこっちを見てくる。

 なんだ?

 

「神様、仏様、麻胡様。どうか(わたくし)()に勉強を教えてもらえないでしょうか?」

 

「絶対嫌だ」

 

「そんな!」

 

「まだ中間テストまで時間あるだろ。今から頑張れば赤点は回避できるよ」

 

「く……やるしか、ないのか?」

 

「もし俺と勝負して買ったらその科目分昼飯奢るよ」

 

「言ったな? じゃあ俺が麻胡の半分取ったら俺の勝ちな」

 

「ん? それは仮に俺が百点取ったら純平は五十点で勝ちってこと?」

 

「そうだ!」

 

「何をバカなことを言ってるんだ。そんな条件のめるわけないだろ!」

 

「ちっ。じゃあ六割」

 

「いや十割」

 

「六割五分!」

 

「……九割」

 

「六割六分!」

 

「刻みすぎだろ!」

 

「ちっ。じゃあ七割でどうだ?」

 

「……まあ。いいよ、それで」

 

「よし! じゃあ決まりだな! 科目別だからな! もちろん保健体育や家庭科も含むぞ」

 

「……いいよ」

 

「よし! じゃあ勉強のことはこれでおしまいにして楽しい話でもするか」

 

「楽しい話?」

 

「緑風祭だ! 中間テスト終わったらすぐだろ?」

 

「ああ。そうえばこの前出る競技を決めたな」

 

「麻胡って何出るんだっけ」

 

「えー確か、借り物競走、障害物競争、徒競走かな」

 

「……競争系多くね?」

 

「確かに」


 まあそれはわざとだ。知り合いはいるが友達が多いわけではないから個人でできる種目にエントリーした。


「で、純平は?」

 

「俺は、ムカデ競争、キャタピラーレース、騎馬戦。本当は二人三脚出たかったのに麻胡が断るから」

 

 二人三脚は同性ペアで出場するのだが、緑風祭では障害物競走の要素も含んだ種目だ。ペアと障害物を協力して乗り越える必要があるのだが、なかなか上手くいかないもので、そのわちゃわちゃ感が見る側からは面白いらしい。体育祭では騎馬戦の次くらいに人目を引く種目らしい。誘ってきた純平談。

 

「やっぱり騎馬戦やるんだな」

 

 目立ちたがりの純平のことだ。やるとは思っていた。

 

「おう。全員の鉢巻を刈り取ってやるぜ」

 

「……頑張れ。というか何も競技被らなかったな。一緒にやるのは全員参加の綱引き、大玉転がしぐらいか」

 

「よし、麻胡なんか勝負しようぜ」

 

「勝負? 種目被っていないのにどうやって?」

 

「それはだな――って痛っ!」

 

 純平が続けようとすると何者かに背中を叩かれた。

 

「お疲れ〜! 体育祭の話が聞こえたから思わず来ちゃった」

 

 そう言って何者かは純平の隣に座った。

 

「痛ってー。誰だよ、って日向(ひなた)か!」

 

 伊野(いの)日向。

 肩まで伸ばされた金髪に、短く折り畳まれたスカート。胸元には紺のリボン。派手な化粧に、爪がもう一枚あるかのような長いネイル。そして茶色のカラーコンタクトが入った大きな目。いわゆるギャルである。

 

 緑川高校は服装や髪型、髪色などの校則はない。そのため、どんな色に染めても問題ないのだが、染める人は多くなく、もし染めているのならば目立つのだ。

 

 一緒のクラスになったのは今回が初めてだが、転校してすぐに存在は知った。何か問題があったわけじゃなく、やはり格好が目立つのだ。

 

「そうそう。日向ちゃんだよ。で、なに? 体育祭の話?」

 

「痛っつつ。そうだよ、体育祭で麻胡と勝負しようとしていたんだよ」


 純平が背中をさすりながら言う。

 

「お、ウチも混ぜてよ! 体育祭実行委員の力を見せてあげる」

 

 伊野さんは俺のクラスの体育祭実行委員である。誰もなりたがる人がいなかったから、などの消極的理由ではなく、自ら立候補したのだ。

 個人的にはそういう行事に積極的に参加するイメージがないから意外だった。

 

「ほう。本気か? 負けて泣いても知らないぞ」

 

 純平が不吉な笑みを見せる。

 

「ふん、負けるのはサトジュンね」

 

 伊野さんは不吉な笑みを返す。

 伊野さんは純平のことをサトジュンと呼ぶ。まあ由来は単純で、佐藤純平だから苗字と名前の頭をとっただけだろう。

 

 ちなみに、アサアサ。そう俺は呼ばれている。まあこれも単純で麻倉の麻からとっているのだろう。


「よし、そこまで言うなら麻胡含めて三人で勝負だ」

 

 純平が勝手に俺も入れる。そもそも勝負内容知らないぞ。

 

「アサアサにも負けないからね」

 

「……そもそも勝負内容はなんだ?」

 

「確かに。サトジュン考えてんの?」

 

 伊野さんは内容もわからず勝負に参加してきたのか。豪快というか余裕というか。純平曰く、伊野さんはお祭り好きらしい。だから体育祭実行委員にもなったのだろうか。


「そうだな。まず日向は何に参加するんだ?」

 

「ウチ? 全員参加を除くと、玉入れ、徒競走、二人三脚」

 

「日向二人三脚出るのか」

 

「いえす。で、それがどうかしたの?」

 

「いや。それぞれ出る競技のランキングで勝負しよう。例えば麻胡の場合、借り物競走、障害物競争、徒競走に出るがそれの最高順位で比べるんだ」

 

「なるほど。これなら競技が違っても勝負できるな。純平にしてはマトモなことを言うんだな」

 

「だろ? ……最後のは余計だけどな」

 

 純平が得意げに頷く。

 

「いいね。ウチも賛成! ってアサアサ競争系多くない? 全部競争じゃん」

 

「麻胡は競争が好きなんだよ。誰かと一緒に一位をとっても物足りなく、一人で一位になりたいんだ」

 

「……マジ?」

 

 伊野さんがこっちの様子を伺ってくる。

 

「嘘。純平の嘘」

 

「なーんだ! 思わず騙されちゃったよ」

 

「……なんで信じるんだ」

 

「ははは。ごめんごめん、アサアサってそういうのありそうで。勉強も一位とっているから一位にこだわりがあるのかなって!」

 

 伊野さんは手を叩きながら笑っている。何がそう面白いのか。

 

「……別に一位にこだわりがあるわけじゃない。勉強に関しては特待制度から落ちないために頑張っているだけだよ」

 

 あとはいつ転校しても編入試験が通るように。

 

「そっかそっか。ってアサアサ特待生だったの!? 勉強教えて!」

 

 思考回路が純平そっくりだ。

 

「日向、残念だったね。俺もお願いしたが自分で頑張れ、だと」

 

「ええー! アサアサのケチ! けちんぼ!」

 

「……そもそも伊野さん、勉強教えてもらうほどの成績だっけ? 成績上位者で掲載されていたような」

 

 伊野さんは中間・期末テストで校内に張り出される成績上位者一覧リストに入っていた気がする。

 

「細かいことは気にしない気にしない。みんなでやった方が楽しいじゃん!」

 

「そういうもの?」

 

「そういうもの!」

 

 伊野さんが力強く頷く。


「みんなでやったほうが誰かわからなくても教え合えるでしょ? 解き方も覚え方も相談できるし。だから勉強会しなきゃ!」

 

「まあ、言われてみればそんな気もしてきたけど……」

 

「ね! サトジュンもそう思うよね?」

 

「……」

 

「サトジュン?」


 純平は無言だった。真剣な顔で腕を組んでいる。

 

「どうした? 純平」

 

「ちょっと待ってくれ」

 

 純平はそう言うと襟を正した。そして横に座る伊野さんを見つめると、

 

「日向って実は頭いいの?」

 

「……」

 

「……」

 

「……以前の期末テストの成績上位者に掲載されていたよ」

 

「ぐわぁ!」

 

 純平が頭を抱えて唸る。

 

「マジか。日向はそっち側じゃないと思ってたのに。騙されたわ」


 勝手にショックを受ける純平。

 

「ははは。この通りウチ目立つ格好してるじゃん? ママやパパには反対されたんだけど。それでもなんとか交渉して、テストで良い成績取っていたら許してくれるって形になったの」

 

 だからテスト勉強頑張ってるんだ、と伊野さんは続ける。

 そんな背景があったのか。

 自分の好きなことのために親と交渉する、そんなこと考えたことがないから尊敬する。

 

「よし、決めた! 勉強会するぞ! 俺だけ補習になるなんてことになったらやってられん!」

 

「賛成!」

 

 純平の決意に伊野さんがのっかる。


「もしかしてだけど、それって二人だけじゃなくて俺も参加する方向だよな?」

 

「もしかしてじゃなくて当然だぞ! 麻胡」

 

「そーだ。とーぜんだぞ! アサアサには一位をとる勉強方法を教えてもらうんだから!」

 

「……りょうかい」

 

「じゃあ場所は後ほど決めるとして、いつにするか。今週の土曜日はどうだ?」

 

「私はオッケー!」

 

「麻胡は?」

 

「俺は――」


 今週の土曜日は冬月会長のお誘いがある。流石に一日かけることはないと思うがどうせなら丸一日空けときたい。

 

「――土曜日は予定が入っていてキツイかな」

 

「む。じゃあ日曜日は?」

 

「それなら今のところ大丈夫」

 

「よし。日向は? 日曜日空いている?」

 

「大丈夫!」

 

「よし、じゃあ日曜確定だな! 場所探しとく」

 

「ありがとサトジュン! あ、ウチ一人連れてきてもいい? そうすれば四人でちょうどいいし」

 

 何がちょうどいいのか分からないがとりあえず頷く。

 純平も頷き、

 

「いいぜ。でも誰を連れてくるんだ?」

 

「そうだなー。アサアサは誰か連れてきてほしい人いる?」

 

「俺? ……誰でもいいよ」


 特にこれといった仲良い人は他にもいないし、特に誰でもいい。


「えー。ほんと? 仲良くしたい女の子とかいないの?」

 

「いない。……まあ強いて言うなら落ち着いた人がいいな。純平もいるし」

 

「おいこら! それはどーゆー意味だ」

 

「ははは。確かに。サトジュンいると賑やかだしね! なんなら私もいるし。賑やかになりすぎちゃうかな? オッケー。なんか良さげな人連れてくるね」

 

「って俺には聞かないのか!」

 

 純平が横から口を出す。


「サトジュンはわざわざ勉強会で話さなくても誰とでも話しているでしょ? その点アサアサはそういう集まり来ないからレアなの。レアキャラなの」

 

 レアキャラ……。まあ確かにそういう集まりには行かないようにしているけど。

 

「じゃあ誰が来るか楽しみにしててね! あ、もう昼休み終わるしじゃあね!」

 

 伊野さんは足早に去っていた。嵐のように来て風のように去っていった。

 

「俺らも行くか」

 

 純平の言葉に頷き、空いた食器を返しにいく。


 




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