十 感想と約束
今日の生徒会の議題は体育祭についてだ。緑川高校の体育祭は毎年六月末に開催される。別名、緑風祭と言われている。各クラスから体育祭委員が選ばれ、生徒会の号令の下に活動する。俺のクラスも先日体育祭委員選びが行われていた。
「体育祭について、各自の役割はこちらの通りでお願いします。具体的な仕事に関しては体育祭委員を踏まえた会議で決めます」
ホワイトボードにつらつら書きながら説明する冬月会長。相変わらず文字が綺麗だ。
体育祭の仕事。俺に割り当てられたのはおもに備品準備だ。当日の運営に関しては他役員と体育祭メンバーが中心となり、そこまで役割はない。緑川に来て初めての体育祭、緑風祭なので当日の運営よりも事前準備で安心した。もしかして会長が配慮してくれたかもしれない。
「なにか質問がなければ今日の会議は終わりにするわね。質問ある人はいるかしら?」
会長が各メンバーの顔を見ながら確かめる。目が合ったので首を振る。
「では、今日こちらで解散にしましょう」
各々準備をして帰宅する。
★
今日も図書館は閑散としていた。
生徒会の会議終わりに、直接家には帰らず、俺は図書館に来ていた。先日借りた本を返すためである。
受付には九条さんと藤宮さんがいた。目が合ったので、頭を下げ、二階の自習室に向かう。自習室には生徒が三名ほどいただけだった。全員から等しく一番離れている場所、奥の窓際の席に陣取る。バッグから教科書とノートを引っ張り出し、授業の復習を始める。
とりあえず英語から始めよう。緑川は英語学習に特に力を入れていて、授業のスピードがとても早いのだ。しっかりと復習しないと取り残されてしまう。
「ただでさえ、途中から入ってるからな……」
思わず口に出てしまい、周りを確認する。幸い誰にも聞かれていないようだ。席も遠いし、気にしすぎか。
教科書を読み進める。しかしなぜ英語はこんなに変な文章が多いのか。空港にスーツケースを忘れてくるとか、トムは正気か!? 流石に忘れないだろ。それに、応対した空港職員が受け取り手がいないスーツケースは捨てたって書いているが、正気か!?
げんなりしつつ、英語を進め、次に国語と、今日授業があった科目を順に取り掛かる。なんか今日の国語の文章もおかしいな。なんだ、お金がないから道端の野草を食べた人物の気持ちを答えろって。状況が極端ではないだろうか。
………………。
…………。
……。
壁時計を見ると閉館時間に近づいていた。
来たのが遅かったのもあるが、あっという間に時間は過ぎた。人も少ないからか、集中できたらしい。周りを見ると生徒は誰もいなかった。ゆっくり帰りの準備をする。
……しかし何か忘れている気がするな。
「……」
バッグに教科書を仕舞おうとして気付く。
奥底に「緑川の歴史」があることを。そうだ、返す用事があった!
「ヤバい。もう閉館時間だ」
本をバッグから引っ張り出し、荷物をまとめると、急いで螺旋階段を降りた。
受付は、入館した時と変わらず、九条さんがいたが、藤宮さんは見当たらなかった。また先生に呼ばれたのだろうか。
「閉館ギリギリにごめん、本を返したいんだけどいいかな?」
「はい、どうぞ」
本と生徒手帳を受付台に置く。
「……返却の際には生徒手帳は不要ですのでお返しします」
「あ、ごめん、本を返すの初めてで。ありがとう」
「いえ」
九条さんは本を機械の読み取り部分にスキャンしてモニターを確認した。
「はい。返却問題ありません」
お礼を言い、立ち去ろうとしたが、九条さんがこっちをじっと見ていることに気付いた。
……なんだろう。
「……何か顔についている?」
「あ、いえ。すみません、そういうことではありません」
九条さんは少し焦ったように言うと、先ほど返却手続きをした本を持ってきた。「緑川の歴史」だ。何かしてしまったのだろうか。気を付けて読んでいたから本は汚していないはずだ。
「あの……こちらの本は面白かったでしょうか?」
「え? ああ、もちろん面白かったよ。題名の通り、緑川の歴史について書いてある本なんだけど、筆者が長年調べた内容について書いてあって。例えば千吏川を結ぶ古坐都橋なんだけど――」
古坐都橋の由来から始まり、この本で知った内容で特に面白かった部分を話す。
「――で、三つの川と豊かな自然からこの地は緑川と呼ばれるようになったんだ。……ってごめん! 話しすぎてしまったね」
思わず話しすぎてしまった。
今まで読んだ本について聞かれたことがなく、嬉しくて思わず長々と語ってしまった。それに九条さんが真剣に聞いてくれるから興に乗ってしまった。いやこれは九条さんのせいではなく、俺のコミニケーションスキルの不足が原因だ。
「いえ、そんなことありません。とても興味深い話でした」
九条さんはそう言ってくれたが、こんな素人の話を長々と話してしまって申し訳ない。
「……麻倉さんが借りる時に初めてこの本を知ったのですが、内容に興味がありまして。なので感想が聞けてよかったです」
「そうなんだ」
気をつかってくれたとも思うけど、そう言ってもらえて嬉しい。
「でも、初めて知ったってことはこの本はそんなに借りられてないのかな?」
図書委員である九条さんが知らないってことはあまり誰も借りてないのだろうか。こんなに面白そうな本なのに。
「はい。この本が図書館に置かれて四十年以上経ちますが、借りられたのは麻倉さんが初めてです」
「……え、マジ?」
九条さんが頷く。
「貸し出し機械のモニターには今まで借りた人数を表示されるのですが、この本は一人もいませんでした」
借りた時モニターを何度か確認していたのはそれが原因だっただろうか。でもこの本もだし、そのあと借りた本も同じ反応だったよな。もしかして――
「もしかして、この前借りた『緑川の木と鳥の自然の調整音』も?」
「はい。同じく麻倉さんが初めてです」
なるほど。まあ面白い本ではあるが、隅の本棚にあったしみんな気付かなかったんだろう。
「麻倉さんは本好きなんですね」
「そうだね。一人まったりする時間が好きでね。九条さんも本が好きなの?」
って本好きなのは当たり前か。図書館委員なのに何を聞いているんだ俺は。
九条さんは頷くと、
「はい、好きです。特に天体関連の本好きです」
「そうなんだ。何かおすす――」
キンコーンカーンコーン。下校を告げるチャイムが鳴る。壁時計を見ると、とっくに図書館の閉館時間は過ぎていて、最終下校時間になっていた。
「ごめん! 色々話してしまったね。片付け手伝うよ」
俺のせいで遅くなってしまったので、図書館の閉館作業を手伝う。
「こら! お前たち、もうとっくに図書館の閉館時間だぞ」
入り口から見回りの先生に声をかけられる。
「すみません! 俺が受付で呼び止めていました! すぐに退館します」
先生に謝り、九条さんにももう一度謝り、急いで片付ける。九条さんはほとんど閉館作業を終えていたため、すぐに退館できた。
暗い夜の中、二人で校門まで歩く。校門を過ぎたところで、九条さんが口を開く。
「今日は退館作業まで手伝ってくれてありがとうございます。また、遅くまで呼び止めてしまいすみません」
九条さんが立ち止まり頭を下げる。
「いや、そんなことないよ! むしろこっちこそたくさん話してしまってごめん。感想聞かれたのが嬉しくてさ。むしろこっちのほうこそありがとうございます!」
まさか謝られると思わなかったので変なこと言ってしまった。
「ふふ」
九条さんは少し微笑んでいた。何回も会ったことあるが、初めて笑顔を見た気がする。笑顔というよりも少し微笑んだ程度ではあるけど。
「そう言ってもらえてよかったです。……あの、もしよかったら以前借りた本も読み終えたら感想を聞いても大丈夫ですか?」
「『緑川の木と鳥の自然の調整音』?」
「はい」
「もちろん。まだ読んでいる途中だから読み終えたらまた共有するよ」
「ありがとうございます。お待ちしています」
九条さんは親が迎えに来るとのことで、もうしばらくだけ話すと校門で別れた。
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