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オジサンクエスト~脳内革命~  作者: 細川あずみ
5/5

EPISODE5

~EPISODE 5~


 いつものように、いつもの道を通り、会社から家へ向かう。いつもの居酒屋に入り、「たちまちビールで」と注文する。いつもの餃子を頬張り、ビールで流し込む。いつもと同じだが、ここの所、格別にウマいと感じる。

「よぉ!もう出来上がっとるかー?」

 藤井が合流した。二人で飲むなんて、いつ振りだろうか。オジクエの件から、職場では時々会うようになった。と言っても、たまたま休憩室で缶コーヒーを飲んでいる所へ、藤井がやって来るといったパターンが多い。何となくだが、以前よりも仲良くなったような気がする。

 あれから―オジクエをやってから―俺は、日常がガラリと変わった。無論、いい方向に、である。職場の雰囲気が良くなったし、部下から慕われているという感覚を持って働けている。それは、言うまでもなく俺の気持ちが変わったからだ。

 あれだけ口グセだった「最近の若いモンは」を、気付けば言わなくなっていた。それは、藤井に指摘されて初めて気が付いた。口グセだったのも、最近言わなくなったってことも。藤井のおかげで、俺は今でもあの会社に居られる。もっと言えば、部長になれたのも藤井のおかげであり、部下に酷い態度を取っていたにも関わらず、ポジションを変えられることなく居られたのは、他の誰でもなく藤井のおかげなのだ。

「ホンマに、ありがとうな。藤井がおらんかったら、俺は今頃…」

「何言いよるんね。ヤマは頭カタいだけで、根はえぇヤツじゃけ。飲も飲も。ハイ、カンパーイ!」

「おぉ、カンパーイ」

 オジクエをした頃から3ヶ月が経ち、すっかり季節も移り変わった。だが、今もハッキリと思い出す。ゲームの中とは言え、楽しくてかけがえのない時間だった。

「社長にさぁ、オジクエをやってもらったらさぁ、『こりゃえぇのぅ~!』って、ぶち喜んどったわ」

「へぇ~!」

「途中でリタイヤしとったけどな」

「ははっ!だいたいのオッサンはリタイヤよ」

「ふふっ。ほいでな、障害者雇用について、もう少しいい待遇というかさ。聴覚障害のある社員集めて、フィードバックしてもらうのとか、どうですかねって話してみたんよ」

「すげぇ!ヤマが?」

「ん」

「成長したなぁぁ~~!!」そう言って藤井は、俺の背中をバシバシ叩いた。

「で、ウチには今、聴覚障害のある社員はおらんらしいんじゃが、まずは社員研修として、知ることから始めてみようって流れになって」

「おおおおーー」

「ほんでな、マルに、講師やってもらえんかね?」

「おぉ、えぇねぇ。聞いてみ」

「へっ?俺が??」

「そらそーよ」

「えっ…」

 マルとは、あれ以来会っていない。連絡先も知らないし、かと言って藤井に聞くのも何だか恥ずかしく、そのままにしていたのだ。

「知らんかったん?てっきり交換したんかと」

「いや…そんなタイミングなかった…」

「そうなんじゃぁ~すまんすまん」

 藤井はポケットからスマホを取り出し、サクサクと操作した。俺と違って藤井は、フリックが出来る。藤井は何でも、俺より器用で吸収が速い。見た目も若いし、俺と同じ55歳のオジサンとは到底思えない。体型もシュッとしていて、俺より背も高く、いわゆる「イケメン」の部類だ。なのに自分のことを「ワシ」というのがギャップ萌えらしく、会社でもかなり人気がある。が、本人は全く気付いていないというか、気にしていない。そこがまた、モテる要素の一つのように感じる。

「ヤマのLINE、奈々に教えとくな」

「おぅ、よろしく」


 しばらく俺達は、たわいもない話をして過ごした。2時間ほど経っただろうか。突然藤井が、座り直して真剣な表情を見せた。まるで、俺達のテーブルだけが別世界に入ったような、そんな空気を感じた。

「ヤマ…」

「ん?」俺は、箸を置いて藤井の顔をじっと見た。

「奈々のことさぁ…」

「ん」

「…どう?」

「…?」

 俺は、一瞬意味が分からなかった。何について「どう?」と聞いているのか。いつもハキハキ話す藤井とは、別人のような気がした。

「ワシはの、奈々が耳聞こえんって知った時、別に何とも感じんかったんよ」

「ん…」俺は頷くしかなかった。藤井の次の言葉を待った。藤井は少しためらうように、数秒待った後、口を開いた。

「奈々の父親…ワシの妹の旦那な。耳のこと知ってから、なんか、どうしたらえぇんか分からんなっての。心を塞いでしもうて」

「ん」

「死んでしもうたん」

「…!」初めて聞く話に、俺は固まってしまった。マルの父親が…自殺ということか…?

「ほう…じゃったん…すまん、知らんかった」

「えぇんよ、誰にも言うとらんけぇ」

「ん…」

 藤井は、日本酒を一口飲んでから、続けた。

「ほいでな、その頃、ワシは2人子供おったんじゃけど、ワシの奥さんが『奈々ちゃん、ウチでみる』言うて。ワシの妹と仲良ぅての。ホンマの姉妹みたいに、一緒におることが多かって。妹が働きに出とる間、ワシの奥さんが、自分の子供2人と奈々、3人育てて。時々、向こうのお義母さんにも来てもろうたりしての」

「ほぅか…」

 藤井の両親は、藤井がハタチの頃に事故で亡くなったと聞いていた。結婚して、義理の親の存在が本当にありがたく、幸せだと言っていたのを思い出した。

「そのうち、妹がワシの近所に引っ越してきて。今じゃ、互いの家を行き来するんが当たり前でな、奥さんも妹の家におったり。ウチにおらん時は大抵みんな、妹ン家におるわ」

「はははっ。そりゃ、えぇのぅ」

「ん。子供らはな、なんも偏見とかないんよ。いつの間にか仲良くなっとって、奈々が『あーあー』って笑いよって…」

 藤井は、遠くを見るような表情をした。「なんで、大人は仲良ぅ出来んのんじゃろうね」

「…」俺は、何も言えなかった。

「奈々は、確かに聞こえんよ。けど…じゃけぇどしたん?って思う。まるで人間じゃないみたいに、避けたり遠ざけたり…学校もな、2回変わったんよ。妹が、そうした」

「ほぅか…」

「中学ン時、学校休んどる時期があって。その時に、ゲームと出会ったんよな。そのうち、『ゲーム作りたい』って言い始めて」

「へぇ~。それで大学院も行って?」

「おぉ。大学院は、ヤマの影響よ」

「俺?」自分の顔を指差した。

「ん。覚えとらん?10年くらい前、ワシの家で飲んだことあったろ?あの時、ワシの妹が酔っ払ってさぁ、写真見せて来たの」

「あー…あ~あ~!思い出した!今度高校なんよ~とか言いよったっけ」

「そうそう。で、その場で妹が、ビデオ電話してさぁ。ヤマのことをベラベラ喋ってさぁ」

「そうじゃったそうじゃった。あの時は、ちょっと挨拶した程度じゃったんよね」

「ん。けど、奈々はすごい覚えとってな。あの後、奈々からLINE来て、『ヤマってオジサン楽しい』って」

「ははっ!ホンマかいや」

「ホンマよ~。なんでワシがウソをつくん?」

「確かに」

 ひとしきり笑い、藤井が再び、真剣な表情をした。

「奈々は、えぇ子じゃ。な~んも、悪いトコない」

「ん」俺は深く頷いた。

「けどなぁ…」藤井はため息をついた。

「…?」

「世間は、冷たいんよね」

 藤井は、視線を落とした。数秒経って、俺を見つめながらこう言った。

「ヤマは…奈々のこと、どう思う?」

 藤井の真っ直ぐな視線にドキッとした。藤井は、知っている。俺が、オジクエの中でマルに恋していたことを。最初は女性だと気付かなかったが、「また会いたい」と本気で思ったし、「もう会えない」と分かって涙が溢れた。手話で「ありがとう」を、どうしても伝えたかった。

「ん…」

 どんな言葉で伝えればいいのだろうか。いくら考えても出て来ない。もちろん、藤井に嘘はつけない。ついた所で、すぐにバレてしまう。

「俺は…」

 藤井は真っ直ぐに、俺を見つめながら待っている。

「マルのこと…好きだよ」

 藤井は表情を変えず、頷いた。

「聞こえるとか聞こえんとか、マルと話しとると何も気にならんし…そりゃ、マルが口読んでくれたり、手話分かんなくても通じるとか、色々とマルに甘えとる部分はあるけど…」

「ん」藤井はまた、頷いた。

「何て言うか…過去とか未来とか、全然考えずに居られる感じ…っていうか。マルって、『今』を生きてる感じがするんよね。それが、なんか、いいなって。ん、よぅ分からんけど…」

 話しながら、体が熱くなるのを感じた。きっと、顔も赤いだろう。

「ん、十~~分、分かった」

 そう言って、藤井はクイッと日本酒を飲み干した。

「おっしゃ。ここはワシの奢りじゃぁ」そう言って、藤井はメニュー表を開いた。

「はっ…?」

「えぇから。エビマヨ好きじゃろ?」

「お、おぉ…」

 よく見ると、藤井は瞳を潤ませていた。初めて聞いた、マルの過去。藤井は藤井なりに、色々と考えてやって来て、妹さんの家族を守って来たのだろう。社会の中では「障害者」だが、藤井にとっては姪っ子だ。家族だ。父親が居ないことで、何か不自由な経験をさせたかもしれない。いや、そうさせまいと、藤井は奮闘したのではないか。藤井だけでなく、奥さんや妹さん、みんなで今日までやって来たに違いない。

 俺は、マルの過去がどうであれ、マルにまた会いたいと思うし、話したいし、あの笑顔が見たい。もし出来るなら、マルの父親に手を合わせて、「出会わせてくれてありがとうございます」と伝えたい。

 マルのことを考えていたら、LINEがメッセージの着信を知らせた。マルが、俺のLINEアカウントを登録完了したとのことだった。

「これで、奈々と二人で話せるな」

 藤井が俺のスマホを覗き、ニヤリとした。






 桜の花が満開となり、この春から共に働く新入社員を集めて、花見をすることになった。俺の部署には、マルも含めて4人、フレッシュな顔が並ぶ。先日、俺は56歳の誕生日を迎え、確実にますますオジサンとなった。一番若い子は22歳。ついこないだ、大学を卒業したばかりだ。当たり前だが、肌ツヤもよくて、醸し出す雰囲気がとにかく「若い」。思い切って、「お父さんはいくつ?」と聞いてみたら「47です」と返って来た。聞かなきゃ良かったと後悔していたら、藤井に「何で聞くんよ」と笑われた。「あ、ヤマと奈々が結婚したら…俺とヤマは、親戚じゃな」と、藤井が耳打ちするので慌てた。


 数時間が経ち、俺と藤井とマルの3人以外は解散となった。風が吹くと、桜の花びらがヒラヒラと舞い散る。明日の天気予報は雨なので、もしかしたら、ほとんど散ってしまうかもしれない。今日、みんなと花見が出来て良かった。

「ねぇ、おじさん」

 マルが藤井に話しかけた。

「母さん、再婚せんのんかなぁ」

「んー、どうじゃろねぇ」

「なんか聞いとらん?」

「いや、ワシはなんも知らんよ」

「…」

 マルは、遠くを見つめた。ちょっと聞いてみたくなったので、俺も会話に入った。

「再婚して欲しいの?」

「んー…幸せになって欲しい」マルは、「幸せ」の所で、顎ヒゲをさするような動きを2回した。

「ん、そっかぁ」

「母さんが幸せにならないと…」

「ん?」藤井が、続きを促す。マルは、手話を交えながら話した。

「母さんが幸せにならないと、私は幸せにはなれない。母さんは苦労したから、先に幸せになって欲しい。私は、その後だから」

「それは、違うと思うなぁ」俺は言った。

「それは、違う」手話が分からないので、俺は首を横に振った。

 マルは、「どうして?」と言いながら、立てた人差し指を横に振った。

「マルは、いつでも幸せになってえぇんよ。今すぐ、幸せになってえぇんじゃけぇ。お母さんが先とか、子供が後とか、そんな順番ないんよ」

「…そう…なん?」

 藤井はニッコリ笑って、数回頷いた。

「それにさぁ、結婚が幸せとは限らんで。俺みたいに、独身でぶち幸せなんもおるんじゃけぇ」

「あははっ!確かに!」

「あ、独身の人生ゲーム作るか?俺が監修するわ。55年間、いや56年間独身の俺にしか作れんゲーム」

「それ、企画書作るん、ワシなんよな…?」

「おぅ、頼むわぁ」

「えーーっ!」

 マルは、俺と藤井のやり取りを見て笑っていた。その顔を見ているだけで、俺は幸せだった。結婚なんかしなくていい。毎日一緒に居られなくてもいい。マルの笑顔に、また会えたら大満足だ。

 そう言えば、なぜ藤井は、俺がマルのことを好きだと分かったのだろう。そんなバレバレな態度だったのだろうか。あの面接の日に3人で会って、その時の俺の態度で…?藤井はそんなにも、観察力が鋭いのか?

 藤井を見つめながらあれこれ考えていると、マルが切り出した。

「あ、じゃぁ私はそろそろ。友達と会うから」

「お、ほぅか。気ィ付けてな」

「ん。じゃぁ、ヤマ、4月からよろしくお願いします」

「ん。こちらこそ。よろしくね」

 手話で「よろしく」と伝えると、マルはニコッと笑った。口を読んで会話出来るが、手話やジェスチャーを少しでも交えると、こうして喜んでくれる。やはり、手話は視覚言語なので、伝わりやすい。上手いか下手かは、関係ないのだ。

 マルの後ろ姿を見送り、藤井と二人になった。藤井が、視線をそのままに話し始めた。

「奈々…すげぇ楽しそうじゃろ?前は、あんなに笑うことなかったんよ。ヤマに会うまでは」

「えっ…」

「ずっと、会いたがっとったよ。奈々は、ずっとヤマに会いたがっとった。それで、オジクエ作ったんよ」

「…?」俺は意味が分からず、藤井の顔を見た。

「オジクエ作って、自分がそのゲームに入ることで、ヤマと話せる。アイツさぁ、ウケるんだけど…」

 藤井が一人で思い出し笑いをする。

「何だよぉ」

「いや…あのさ、アイツ、ゲームの中入る時、コンタクト付けてて。それさ、相手の瞳孔がどんだけ開くか分かるヤツで。ヤマが、自分と話してる時の瞳孔の動き、観察しとったってワケよ」

「えっ…」そんな特殊なコンタクトレンズがあるのか?それも作ったのか?

「でな、そのデータを見せてもらったらさ、ヤマの瞳孔が、こーんな…」

「ちょちょちょちょっっ…!!」

 マジか。そういうことか。マルが付けた特殊なコンタクトレンズで、俺の瞳孔の動きを見ることで、マルと会話している時の俺の心が丸分かりだったってことだ。そりゃ、相当に開いていただろう。何てことだ。それを藤井に知られていたとは…。そしてそれを知った上で、俺とマルを会わせた。さぞかし楽しかったことだろう。

「藤井…お前…」

「瞳孔はウソ付けんけぇの」

「恥っずかし…」

「いやーでも、マルがあんなに笑えるのは、ホンマにヤマのおかげよ。ありがとな」

「あ…いや…俺の方こそ、マルのおかげで、色々と考え方が変わった」

「ほぅか」

「おぅ」

「あ、そうそう。あの時、着替えさせたの奈々じゃけぇ」

「はっ?マジで?パンツ見られた??」俺は、マルが俺を着替えさせる姿を想像しただけで恥ずかしくなった。

「ぷっ…」

「ふ~じ~い~?」

「ごめんごめん。ウソ!俺が着替えさせたけん、安心せぇ」

「もう、どっちでもえぇわぁ」

「怒るなって~。なぁなぁ、もっかいオジクエ、やらん?」

 藤井は人差し指を立てて、「1」を示した。

「もっかい?」

「あぁ。奈々がおるって分かった上で、ゲームに入るのも楽しいんじゃねーか?」

「そーじゃな…んー…」俺は少し考えた。いや、考えるフリをした。答えは決まっていた。

「俺は、リアルの世界とゲームの中って、そんなに変わらんのんじゃなって分かったんよ。無理にこっち、あっち、って、分ける必要もないっつーか。今、ここにおるってことは確かで、ここに生きとるってことは確かで。それが、リアルだろうがゲームだろうが、どっちも俺は存在しとるんよな。ほんなら、こっちのリアルと呼ばれる世界で、クエストするんもえぇなって思うんよね。毎日色んなことをクリアしてさぁ、一日の終わりにビール飲んでさ。失敗して経験して、レベルアップして、いつかゴールに辿り着く。ん、俺は、ゲームの中だけじゃのぅて、リアルの方のオジクエも、楽しむわ。毎日がオジクエじゃ」

「ヤマ…頭、柔らこぅなったのぉ」

「じゃろ?」

「オジクエだったら、こういう時にスマホが鳴るんよな」

「ははっ!」

 と、ホントにスマホが鳴った。しかし、例のあのメロディーではない。LINEの着信音だ。

「あ、マルじゃ。友達との約束がキャンセルだって」

「ほんなら、デートしたらえぇが」

「デ、デート?」

 マルから、「今どこに居ますか?」とメッセージが来たので、「まだ花見の場所におるよ」と返した。何度かメッセージを往復して、俺とマルは喫茶店で会うことになった。




 藤井からのしつこいエールを背中に受けつつ、俺は喫茶店へ向かった。「デート」なんて、そんな大それたことではないのだが、やはり若い女性と二人でお茶をするというのは、56歳独身のオッサンにとって、一日の終わりに飲むビールよりもはるかに楽しみ度が上だ。

 店に着くと、既にマルが居た。俺に気付いて、嬉しそうに手を振るマル。こんなオッサンのどこがいいのか分からないが…。もしかしたら、父親が居ないので父親っぽい人に惹かれているだけかもしれない。あぁ、きっとそうだ。そうに違いない。俺達は、どこからどう見ても親子にしか見えないのだ。

「おじさんとヤマ、仲がいいんですね」

「あぁ、もう30年以上の付き合いよ」

「30年…私が生まれる前から…」

「ほうじゃねぇ!そう考えると、結構長いなぁ…」

 俺はブラックコーヒー、マルはカフェラテを注文した。待っている間に、聞いてみたかったことを質問した。

「ねぇ、『桜』って、手話でどうやるん?」

「桜は、こうして手をズラして重ねて…」

 マルは、両手をズラして重ね、顔よりも高い位置にまず置いた。桜の花がそこに咲いているかのように、手首を捻りながら重ねた両手をクルリとさせる。

「パンパンパンって、3回くらいリズム取りながら、こうして手を捻ると、桜が咲いてるみたいでしょう?」

「おおおぉぉ…」

 手話って、本当に美しい。マルの小さな可愛らしい手から、いくつもの言葉が紡ぎ出されてゆく。

「手話、もっと教えてね」

「もちろん!」マルは満面の笑みと手話で答えた。

 手話で話す時、必ず顔を見る。マルは絶対に、俺の目を見る。今日は、例の特殊なコンタクトレンズを着けていないハズだが、俺の瞳孔が開いているのもバレバレなんだろう。マルと話していると、例のあのメロディーが脳内で鳴り続ける。マルは、俺の知らないことをたくさん教えてくれる。リアルの世界で、俺のオジクエは終わらない。

 そして、俺とマルのクエストは、始まったばかりだ。

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