EPISODE4
~EPISODE 4~
「ピピピピッ、ピピピピッ…」
俺は、目覚まし時計のアラーム音で目覚めた。いつもの布団。いつもの天井。なんだ、やっぱり夢か。そうか、そうだよなぁ。最近ちょっと疲れてたんだよな、俺は。いつものようにブラックコーヒーを飲んで、いつものようにスーツを着て、いつもの道を通って、会社へ向かった。
いつもと同じ時間に到着。いつもと同じ顔ぶれ。こっちの世界は、何も変わってなさそうだ。
「山本部長!おはようございます」
部署へ入り、自分の席へ向かう途中、後ろから元気良く挨拶をされ、振り返った。
「あっ…えっ??」
「ど、どうかされましたか…?」
「いっ、いや、コウジ…?」
「はぁ…綾小路、ですけど…」
「あやの、こうじ…」俺は今、すっとぼけた顔をしているに違いない。
「部長がボクのこと、コウジって呼んでくださるなんて嬉しいです」
照れながら、その綾小路と名乗る若者は言った。
「あっ、そ、そう?じゃぁ、コウジで…」
ビックリした。目の前に居るのが、オジクエサポーターのコウジそっくりの人物だったのだ。でも彼は、綾小路だと言っていた。人違いだった。当たり前だ。向こうは異世界、ゲームの中、いや夢の中で、こっちは現実、リアルの世界なんだから。それにしてもそっくりだなと思いながら席へ着くと、「山本部長!おはようございます!」と声をかけてくるオジサン、55歳の人物が居た。
「なんじゃぁ、藤井かぁ」
「なんじゃぁ、とは失礼な。朝は元気な挨拶からじゃろ?」
「すまんすまん、で?」
やっぱり、何だかんだ言って藤井が居ると安心するな、と思った。
「おぅ、ヤマになぁ、頼みがあるんよ」
「ほぅ…頼み?」まさか、異動か…?最近の俺の態度が良くなかったせいか?パワハラとか、セクハラとか言われていたのか…?
俺の脳内会議がやかましいのを余所に、藤井はいつもの爽やかな顔で続けた。
「面接に行って欲しい」
「面接ぅ?」
「おぅ」藤井はニヤッと笑った。
「その顔…」
「とにかく、会議室2で待ちよってぇや」
「おぅ、分かったぁ」
一体、誰と面接なのだろうか。時期的にも中途半端だし、社員を募集しているなんていうのは、聞いていない。藤井のイタズラか?あいつは何か企んでいる時、ニヤッと笑うクセがある。30年の付き合いで、バレバレだ。まぁとにかく、会議室へ行けば分かることだ。
「おっそいのぉ~…」
いつまで待たせるんだ、藤井のヤツは。もう15分以上ここに居る。俺が居ない間、若いモン達は仕事をしているのだろうか。部長が居なくてラッキー、ぐらいに思って、サボっているのだろうか。いかんいかん、こういうことを考えるからいかんのだ。せっかくオジクエで色々と学んで来たってのに。
でもあれは、一体何だったんだ?夢にしては、かなり長かったな。それに、内容を結構覚えている。音も感触も、味もハッキリしていたし、リアルとそんなに変わらない感じがした。コウジが居た店の天丼、ウマかったなぁ。あの店、本当にあるかもしれない。何て名前の店だったか…。確か「どんぶり」の文字があったような気がするが。
「ヤマー!」会議室のドアを勢いよく開けて、藤井が入って来た。
「なんしよったん?遅いわぁ」
「すまんすまん!って、たった15分やないかぃ」
藤井は、「妻からのプレゼント」と自慢してきたG-SHOCKの腕時計を見ながら言った。
「時間は有限じゃぁ」
「確かに!それはそれはすみませんでしたぁ」
藤井は、わざとらしくペコリと頭を下げた。そして次の瞬間、ニヤッと笑いながら頭を上げた。
「さて。ここで、ヤマに会わせたい人がいま~す」
「もったいぶらずに、早よぅ見せろや。誰なん?」
「そんなに早よぅ会いたいってか?ほんなら、呼んで来るわ」
そう言って、藤井は会議室の外へ一旦出た。数秒経ってドアが開き、藤井が入って来た。続いて、20代らしき女性が入って来た。なんと、今度はオジクエのマルそっくりの人物だった。
「あっ…えっっ…?」俺は口をパクパクしながら、やっと声を出した。
「お?気付いたか?」
「はっ?」
藤井はさっきからずっと、ニヤニヤしっぱなしだ。一体どういうことだ。
「オジクエ、クリア~!おめでと~!」
「…はっ?」
藤井は一人でバンザイをした。そして、マルにそっくりな20代らしき女性も、藤井の動きを倣ってバンザイをした。
「おーい、ヤマ~?」
俺の目の前で、藤井が手をブンブンと振った。何が何だかさっぱりだ。
「お、おい…なんで藤井がオジクエ知っとんの」
「そりゃぁ、作ったけぇよ」
「…作った?」今、俺の目はテンになっているハズだ。自分でも分かる。
「あ、そうそう、紹介遅れたけど、この子、ワシの姪っ子な。」
「姪っ子…?」
俺はその、藤井の姪っ子、とやらに目を向けた。目が合った瞬間、分かった。マルだ。あっちの世界に居た、オジクエのマルだ…!いや、でも待てよ…。マルは青年だった。爽やかで、笑顔の素敵な青年だったハズだ…。
「丸山奈々。オジクエで、マルって名乗っとったろ?」
「あ…あぁ…」
俺があまりに驚いているのを見て、マル、こと丸山奈々は俺に近付き、手話でこう伝えてきた。
「私のこと、男だと思ってた?」
「…!」
脳内に衝撃が走った。マルは中性的な顔立ちで、身長は俺とさほど変わらず、第一印象が男性だった。ショートヘアーで、ジーンズで、スニーカーで、パーカーで、男性だと疑わなかった。そう言えば、ずっと文字と手話でのやり取りだったので、マルの声を聞いていなかった。初めて会った時に、「うあぁぁぁ」という叫び声は聞いたが、俺の声も重なっていたし、その時点でハッキリと「女性だ」と分かりはしなかった。それ以外、マルの声は一切聞いていない。見た目、というか服装だけで「男」と判断し、ずっとそうだと思い込んで、疑いもしなかったのだ。さっきマルを「女性」と思ったのは、スカートにパンプスという出で立ちだったのと、うっすらメイクをしていたからだ。完全に俺は、見た目でというか服装で性別を判断していた。何てことだ。本当にオジクエは、色んな固定概念を崩してくれる。今だったら、多分50ポイントぐらい稼げたかもしれない。スマホから、あの軽快なメロディーが聞こえて来そうだ。
オジクエをしてから、俺の脳内で忙しく、革命が起きているような感じがする。人は見た目では分からない。性別も、耳が聞こえるかどうかも、どんな性格かも、何が好きで何が嫌いかも、何もかも…。
「はぁ~~~っ…」
俺はその場にへたり込んだ。
「そんなに驚くことかぁ?」藤井が目の前にしゃがみ、俺の顔を覗き込んだ。
「あ、いや…オジクエって、すげぇな…」
俺が呟くと、マルが藤井の横に並んでしゃがんだ。左手の人差し指を数回横に振り、手話で「何?」と聞いた。
俺は、マルの顔を、マルの目をじっと見て、「ありがとう」と手話で伝えた。マルは、ニコッとして、「ありがとう」と手話で返してくれた。
「とにかく座ろう」と、藤井が促したのをきっかけに、俺と藤井、そしてマルは席に着いた。マルと俺がL字型に座り、俺の左隣に藤井が並んだ。マルからは、俺と藤井と両方の顔が見えるという訳だ。マルは読唇術も得意らしく、藤井とのコミュニケーションは専ら口話で、「ワシ、手話全ッ然分からんわ」と藤井は笑っていた。なのでここでは、文字起こしアプリを使わず、マルが俺と藤井の口を読むスタイルで会話を進めていった。
「奈々は、オジクエの開発者なんよ」
「はぁっ??なんそれ?」俺は改めて、まん丸な目でマルの顔を見た。
「そうなんです。私今、大学院でゲーム作ってて」
マルの話し声を初めて聞いた。所々手話を付けながら、マルは「声」で話した。「さ行」「た行」の発音は難しいとのことだが、聞き取れなくはない。ここまで出来るようになるには、相当の時間を有したのだろうと想像した。
「大学院で…」
「ヤマとおんなじトコよ」藤井は、右手の親指で俺を差した。
「マジで?」俺は再び、まん丸な目でマルを見た。
「ハイ。私、ヤマに憧れてあの大学入ったから」
「へぇっ??」思わずヘンな声がでてしまった。
「ヤマさぁ、あの大学でばり有名らしいど」
「そ、そうなん?」
「ハイ、ばりばり有名ですよ」
全く知らなかった。話を聞くと、俺が大学院時代に書いた論文を読んだマルが、その内容に感動し、「この人に会わせてくれ」と、先輩や教授などに聞きまくったらしい。その行動力とコミュニケーション能力で、マルは大学内で有名になり、ついでに俺の名前も広まったという訳だ。
「あの論文読んで、私もヤマと同じ所で働きたいって思って。ずっと、会いたかったんです」
「あ…はぁ…」
55歳のオジサンが、おどおどした態度を取ってしまった。こんな若い子に、「ずっと会いたかった」なんて言われたら、誰だって恥ずかしいだろう。しかも、俺もマルに会いたかったから、フラれたと思っていた人にまた会えたような、そんな気持ちになっていた。
「奈々、卒業したら、ここに就職決まっとるんよ」
藤井は「ここ」の部分で、机を指差した。多分、「この会社」という意味だろう。
「あっ、そうなんじゃね。おめでとう」
俺は、かろうじて知っていた「おめでとう」という手話をした。クラッカーがパン!と鳴るように、すぼませた両手を開きながら上げる動きだ。マルは嬉しそうに、「ありがとうございます」と手話で返した。
「で、ヤマの部下になる」藤井が続けた。
「へっ?」またヘンな声が出た。さっきから、色々と驚かされてばかりだ。心臓に悪い。ドキドキしている。先月の健康診断で、不整脈を注意されたばかりなのに。
「ここで、ワシらと一緒に、ゲームの開発」
「ワシら?」
「おぉ。ヤマフジコンビの復活」
「まっ、マジで??」
「マジマジ」
「おおおーーー!!また一緒にゲーム作れんの?」
「おぅよ。てことで、よろしゅうな、山本部長」
「やめろよ、ヤマでいいよ」
「おおー、なんか、変わったな。オジクエ効果か?」
「そうかもな。オジクエって、すげぇな。あれ、藤井が作ったん?」
「ん。奈々が企画・立案で、ワシと共同開発って感じ。大学院のゼミ室こもって、VRゴーグル着けてさぁ、最初に3ヶ月くらいかけて作って、自分達でやって、改良して、そっから半年?ぐらい過ぎたかなぁ。イイ感じだから、ワシら以外の人で、実験しよかってことに」
「ぶい、あーる、ごーぐる?」
「オイオイ、オッサーン!」
ハテナ状態の俺を見て、マルがクスクスと笑っている。
「バーチャル・リアリティよ~!」
「あぁー!なんか聞いたことあるわ。え?それを俺に?ゴーグルなんか着けとらんど?」
「開発の時点ではゴーグル着けとったんじゃけど、邪魔じゃねってなって、ゴーグルなしでゲーム出来るようにしたんよ」
「マジで??」俺はマルの方を見て、「本当」という手話をした。
「ハイ、ホントですよ」マルも、「本当」とういう手話をした。
「え?どうやって?」
藤井の説明によると、あの日俺は泥酔して、居酒屋からの帰り道、恥ずかしくも道端で眠ってしまった。俺の後を付けていた藤井とマルは、まず俺を家まで運び、布団に寝かせたらしい。藤井が合鍵を持っていたので、何故かと聞くと、「ヤマは結構ヌケてる」と言った。いつだったか、俺は藤井の目の前で鍵を落としたことに気付かず、藤井は鍵を拾って昼休憩のうちに合鍵を作って会社へ戻り、何事もなかったかのように、俺のポケットへ鍵を入れたらしい。全く知らなかった。「マジで気を付けんと」と言われ、少し怒りを覚えたが続きを促した。
泥酔状態で布団に寝かされた俺は、額に特殊なゼリーのようなものを付けられた。これは、脳内に潜るための入り口のような感じらしい。ココを通じて、脳へゲームの情報を送ることで、ゴーグルなしでゲームがスタート出来る、というとんでもないものを開発したのだ。通常は、自分でリモコンを操作して、スタートボタンを押すことで始められるのだが、その時の俺は意識がハッキリとしていなかったため、実際にスタートボタンを押したのは藤井だった。
「ゼリーを額に塗るだけで、寝たままゲーム出来るのか…」
なぜこのようなゲームを開発したのか聞くと、聴覚障害について、どうにかして楽しく体験出来る方法はないかと思っていた所、ゲームにするのはどうかと思い付いたらしい。寝る前にポチッとボタンを押して、そのまま寝てしまっても構わない。寝ている間にゲームが出来たら、起きている時間を削ることもなく、睡眠学習も出来て一石二鳥だという考えだ。
「なるほど…聴覚障害のことを、知ってもらいたかったのか…」
「他にも、視覚障害の世界とか、車イスユーザーの世界とか、性的マイノリティの世界のヤツとかもあるんど。今後は、職業体験もゲームで出来たらと思って、来年奈々がここに就職したら、新しいチームを作る予定」
「へぇぇぇぇ…」俺は心から感心して、言葉にならなかった。
「ってことで、奈々のこと、よろしゅうな」そう言って、藤井は俺の左肩をポンと叩いた。
「よろしくお願いします」マルは、手話と声で俺に伝えた。
「あ、ハイッ。こちらこそっ」
俺は恥ずかしくなって、顔を見られないようにお辞儀した。
それにしても驚いた。コウジのそっくりさんが居たこともだし、マルがオジクエの開発者で、俺は(酔っ払って)眠っている間にゲームをしていて、そのゲームの中にマルは入って来て…。VRって、すげぇんだな…。俺は、時代に全然追いついていない。
が、今までの俺とは違う。時代に追いついていないことが分かったなら、追いつく努力をすればいい。若いモンに色々と、教えてもらえばいい。そう考えると、すごくラッキーな環境に俺は居るんだなと思えた。
「なんか、今日の部長、明るいですね」
食堂で、昼飯の生姜焼き定食を食っていると、部下に声をかけられた。そう言えば、何だか今日はよく話しかけられるような気がする。
「そう…かな?そんなに違う?」俺は自分の頬を触りながら聞いた。
「いつもはこんなふうに、私達の顔を見ずに、下を向きながらブツブツと話しておられるので…今日は、顔を見てもらえて嬉しいです」
「…!」脳内にガツンと、金槌で殴られたような衝撃が走った。
「そう…か…」
原因は俺だ。「最近の若いモンは」とか何とか言って、人のせいにしていただけだ。俺は、部下の顔をひとつも見ずに、自分が言いたいことだけ言っていたのだ。誰にどんな顔で、何を言ってきたのかが全く思い出せない。自分が部長だから、部下は俺の話を聞いて当たり前だと思い込んでいた。一緒に働く人達の、顔を見て話をしなかった。きっと、俺が下を向いてテキトーな返事をするもんだから、部下がいつ帰ったのかも分からない状態だったのだろう。それを、これまた「最近の若いモン」のせいにした。何てことだ。
「はぁ~~~っっ…」今までで一番長いため息をついた。
「部長…?」
「あ、いやいや、何でもないよ。あの…」
「はいっ」
「名前…」
「えっ?」
「名前、教えてくれるかな…」
「あっ…ハイ、田中です。タナって呼ばれてます」
「タナね。俺はヤマで。よろしく」
「ハイ!よろしくお願いします」
そう言ってタナは、黒酢あんかけ定食を持って、友人らしき者達が待つ席へと向かった。女性3人のグループで、仲が良さそうだ。あ、勝手に「女性」と決めてかかったが、見た目と声できっと女性だろうと判断した。今後、確認する必要があれば聞いてみようか。いや、そもそも確認する必要がある場合とはいつだろうか。
とにかく、あんなに嬉しそうな部下の顔を、俺は初めて見たかもしれない。何てことだ。何年部長やって来たんだ。確かに、あの田中という子の顔は覚えがある。そう、覚えがある。そんな程度だ。いつ入って来て何年目だとか、全く分からない。大反省だ。後で履歴書を読み返そう。もしかしたら、藤井が詳しいかもしれない。
俺はスーツの内ポケットから手帳を出した。今のタナという子の特徴を、書き留めておこうと思ったのだ。
「あっ…」
手帳には、びっしりとメモがあった。オジクエで出会った人達の情報だ。確か、コウジが居た店でふと「メモしておこう」と思い付き、まとめて何人分かメモをした。その後は、出会った人と別れる度に、メモをしていった。ゲームの中での動きは、リアルの世界に反映されるのか…。いやでも、目覚めた時俺は、スエットを着ていた。なのに、俺はメモ用に手帳を持ったままで、眠ったのだろうか。藤井がわざと持たせたのか?色々と不思議でたまらない。