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第11話:一時の休息、あるいは説教の時間

 蓮史が目蓋を開けたとき、最初に見慣れた天井が目に飛び込んできた。しかし、いつもとはその高さが違う。それで蓮史は自分がベッドではなく布団に寝かされているのだと気づいた。

 しかしこの布団は蓮史のものではなく、彼女にあてがわれたもののはずだった。


「目が覚めましたか、蓮史」


 傍らから聞こえた静かな声に蓮史は首を傾けた。

 そこには涼姫がいて、姿勢良く正座したまま硬質な瞳に蓮史を見下ろしていた。服装は相変わらずの襦袢だが、それは薄紫色をしていて胸の部分に菖蒲の花の意匠が施されている。どうやら彼女が所持している襦袢は一着だけではなかったらしい。


「涼姫……?」


 起きてから数秒間はぼうっとしていた蓮史だが、時が経つにつれ靄が晴れるように意識が鮮明になっていき、それに伴ってあの夜の出来事を思い出していった。


「ああ、そうか……俺は、」


 起き上がろうとして、


「おぅふっ!?」


 ズキンと鋭い痛みが頭部を貫き、あえなく蓮史の体は倒れ込んだ。


「無理をしないでください」


 涼姫は乱れた布団を蓮史の上にかけなおした。その言葉に優しさや労わりといった成分はなく、厳しい感じのする無味乾燥なものだった。


「い、てて……なんだぁ? 頭がかつてないほど痛むんだけど」


 今は痛みが引いたものの、頭の中には根を張ったような鈍い疼きが滞在し続けている。


「痛いのは当たり前です。あんな無茶をしたのですから。今その命が在るだけでも幸運だと思ってください」


 無愛想に言い放つと涼姫は厳かに睫毛を伏せる。


「涼姫、今って何時だ?」

「五月十六日の午後二時過ぎです」

「そうか……ん? 十六日? ってことは、俺は丸一日以上眠り続けていたってことか?」

「そうなりますね」


 涼姫の首肯に蓮史は「マジか……」とぼやいた。何かが間違えば命を落としていたかもしれない事態だったにもかかわらず、何故だか蓮史は小学校からの連続皆勤記録が途絶えてしまったとしょうもないことを考えていた。


「そういえば、お前は起きていて平気なのか?」

「霊術で体の傷口はすべて癒しました。ですが、消費した体力までは補えませんので、情けないことに昨日は一日中横になっていました」


 平坦な口調で涼姫は早口に説明する。

 横になっていたと言ったが、涼姫の布団は蓮史が占領しているので、彼女は蓮史のベッドで寝ていたことになる。蓮史を担いで二段ベッドの梯子を上るくらいなら、二人の寝床を交換した方が賢明だろうし、その判断は自然なものだった。


「親父達は?」

「あなたのご両親は下の喫茶店で働いていられます。埜乃はあなたの傍にいると頑なに主張していましたが、虎次郎さんの説得を受け入れて学校に行っています。そしてわたしが、自身の療養を兼ねてあなたの監視を任されたのです」

「監視て……そこは看病とか言ってくれよ」

「すみません」


 無機質な声による謝罪。蓮史はそこでさっきから感じていた疑問を口にした。


「なあ、涼姫」

「なんです?」

「お前、もしかして怒ってる?」

「はい、怒っています」


 正直に認める涼姫であった。


「なんで?」

「理由はあなたが今まで昏睡していた原因と同じです」


 涼姫は膝の上に重ねていた両手の指を絡めて、


「蓮史、わたしはあなたに『白椿』の性能について説明しました。それに対してあなたはわかったと明言しました。異論はありませんね」


 なんとなく、涼姫の言いたいことがわかった気がした。


「更にわたしはあなたが『白椿』を拾おうとしたとき、待ちなさいと言いました。百歩譲ってその声が聞こえていなかったとしても、あなたは『白椿』の危険性は理解していたはずです。違いますか?」

「え、いや、違いません」

「だったら! ……どうしてあのような真似をしたのです。本来ならばあなたを死んでいたのですよ?」


 珍しいことに涼姫が声を荒げた。その迫力に気圧され、蓮史は脊椎反射で「あ、すみません……」と謝ってしまう。


「あの、でもですねー、あのときは他にお前を守る方法がなかったわけでして……」

「わたしなど放って逃げれば良かったのです」

「まあ、いいじゃねえかよ。俺もお前も親父もみんな無事だったんだから」

「それは結果論です」


 涼姫は不機嫌な態度を崩さなかった。これはもう何を言っても反論されると思った蓮史は苦笑しながら沈黙することを選ぶ。その行いは蓮史にとっては正解だったようで、涼姫はムッとした表情のまま黙りこくってしまう。

 こうして見ると、結構喜怒哀楽がわかりやすい奴だなあ、と蓮史は心中で呟いた。

 涼姫は細い溜め息を吐くと立ち上がる。


「どこ行くんだ?」 

「虎次郎さん達にあなたが目覚めたとの報告と、何か食事を持ってきます。一昨日から断食状態なのですから、お腹が空いているでしょう?」


 その事実を改めて認識すると、いきなり思い出したかのように大きな空腹感が蓮史を襲った。それに呼応するように、腹がぐぅと鳴る。「げっ」と蓮史は己の醜態を恥じるが、涼姫は顔のパーツをピクリとも動かすことなく、静々と出入り口へと歩を進めた。


「ああ、そうだ。涼姫」

「なんですか?」


 ドアノブに手をかけたまま涼姫は首だけで振り向いた。


「言い忘れてた。あんとき、助けてくれてありがとな。おかげで死なずに済んだわ」


 涼姫の片眉が微かに揺れる。


「……任務ですから」


 彼女の返事は短く素っ気ない。矢張りまだ怒りが抜けていないらしい。

 ドアを開けて退室する前、涼姫は背中を向けたまま言った。


「わたしも言い忘れていました。あのとき、わたしのために戦わせてしまってごめんなさい。それから……ありがとうございます」

「え、なに?」


 蓮史が聞き返すと涼姫の細い肩が小さく上下する。彼女の纏っている雰囲気が、もう一度言うことを拒んでいるような気がした。しかしながらセリフの語尾がぼそぼそしていたので、蓮史には「それから……」の後に続いた言葉を聞き取ることができなかったのだ。


「だから、ありがとうございます」


 声がやや膨れ上がった。けれどまだ可聴領域には達していない。


「だから……なんだって? もっと大きく言ってくれ」

「だ、だからっ、ありがとうと言っているのです」


 今度は聞こえた。なんだ、お礼を言っていただけか。

 蓮史は、気にすんな、と軽い調子で返そうとしたが、なんとなくとぼけてみた。


「なにー? 聞こえんなあ。いつもみたいにハキハキ喋ってくれよ」


 わざとらしく耳の横に手を当て、聞こえないふりを装う。すると涼姫はイラついたような顔でぐるりと振り返り、両手を握り拳にして叫んだ。


「ありがとうございますっ!」


 やけくそのような大音声。蓮史は驚いて目を見張る。室内がビリビリと震えるような錯覚に囚われた。そして涼姫はしかめっ面を僅かに赤く染めながら、素早く踵を返して廊下へと消えた。


「……赤面するくらいなら近くに来て言えよ」


 と言っても、悪ノリしたのはこっちか。

 今日の新たな発見。

 銀涼姫は、からかうと意外に面白かった。


 ちょっと遅いですが、メリークリスマース! ……言ってみたかっただけなので特にオチはないです。 

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