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第1話:不運、あるいは幸運

 どこかで聞いた記憶がある。

 ここ最近、全国各地で発生している連続猟奇殺人事件のことを。

 曰く、被害者の人間は全身の血を吸い出され、干物のように干からびた常態で発見されているとのことだった。

 その情報をどこで知り得たのかは覚えていない。朝のニュースで見たのか、新聞の記事に載っていたのか、はたまたクラスメイトが噂しているのを小耳に挟んだのか。なんにせよ、大した関心はなかった。そんな非現実的なこと、自分や自分の周囲には一生関係のないことだと思っていたからだ。

 なんの根拠もなくそう信じていた達樹蓮史たつきれんじの現実は、その日、唐突に終わりを告げた。


「な、なん……」


 なんだ、これは。

 常軌を逸した目の前の光景に蓮史は立ち竦む。

 男が女性の首筋に噛みつき、ジュルジュルと音を立てて、血を吸っているのだ。

 この場所は蓮史がいつも通っている裏路地だった。学校までの通学路で、いわゆる近道という人気のない道である。空はすっかりオレンジ色で、沈みかけの夕日に代わって東の空にうっすらと月が浮いていた。

 住み慣れた住宅街は今日も物静かで、普段となんら変わりない。

 たった今眼前に晒されている異常を除けば、だが。

 ほんの数十分前まで仲間達と部活動に励んでいたはずの平凡な日常は、そこにはなかった。


「ん?」


 蓮史の気配に気づいたのか、男は吸血行為をやめてゆっくりと振り向いた。その口に、鋭利な牙が生えていた。

 ああ、そういえば。

 どこぞのコメンテーターが報道番組で、犯人は吸血鬼かもしれないと冗談めかして言っていたのを、不意に思い出した。おめでとうございます。あなたの予想は見事に的中したようですよクソッタレ。


「そこの少年……」


 男の視線が蓮史に突き刺さる。早く逃げろと脳味噌が緊急信号を発しているが、足は根を張ったように動かなかった。動けなかった。


「お前……いい匂いがするなァ。上質な血の匂いだ」


 軽薄に笑うと、男は興味をなくしたように抱えていた女性を捨てた。なんの抵抗も見せずに彼女は倒れ伏し、男は口元の血を手で拭う。そして緩やかな足取りで蓮史に近づいていった。


「俺にくれないか、少年。お前の体に流れる真っ赤な血を、よォ?」


 男の目が不気味な光を放っていた。

 やばい。

 まずい。

 そのときになったようやく、蓮史は己の足に命令を下すことができた。鞄を投げ捨て脱兎の如く後ろへと逃げ出す。

 が、


「おいおい、どこに行くんだ少年」


 嘲弄するような声が高速で移動し、一瞬のうちに蓮史の前方に回りこんで退路を塞いだ。


「な……っ?」


 ありえないはずの現象が、何故かこの空間では当たり前のように感じられた。


「そう急くなよ。誰だって食事の時間はのんびり過ごしたいだろう?」


 体中から冷や汗が噴き出しているのがわかる。心臓は狂ったように早鐘を打ち、気を抜くと膝から崩れ落ちそうだった。

 なんだこいつは。一体どうなっている。

 様々な疑問が脳裏をよぎっては消えていく。


「とりあえず、ちょこまかと動くのはやめてもらおうか」


 男が右足を持ち上げる。嫌な予感に、蓮史は咄嗟に半歩分後退した。ズドン! という音が地響きと共に鳴り、男の右足が地面にめり込んでいた。まさに間一髪のところで、蓮史は爪先の粉砕を逃れることに成功したのだ。


「おお、よく避けたな。さっきの女は勝手に気絶してくれたから楽だったが。今度の獲物は食前の運動を俺に要求する気かい?」


 もはや男が何を言っているのか理解することも儘ならない。先程の攻撃をよけることができたのは単なる偶然だ。奇跡と呼んでもいい。つまり、二度目はありえないと自分でもわかるのだ。


「じゃあ、次はどうかな」


 楽しそうに笑いながら、男は右手をのろのろと掲げた。今からお前を殴るぞと言わんばかりに。


「さあ、避けてみろ、少年」


 男の拳が迫ってくる。目にも留まらぬ速さ。避けられるはずがなかった。

 その瞬間、蓮史は自分と男の間に割り込む影のようなものを視界の隅に捉え。

 そしてあっけなく、空中に血飛沫が舞い散った。


「え……?」


 蓮史は茫然と呟く。

 伸びきった男の右腕。その肘から先が、消失していた。


「おや」


 さしたる動揺も見せずに男は長さが半減した右腕に目を遣った。その断面からどす黒い血が噴水のように飛び出しているが、男は痛がる様子も戸惑う素振りもない。それどころか唇を愉快げに歪ませてさえいる。


「久々に会ったっていうのに、いきなりこの挨拶はひどいんじゃないか? おかげで貴重な血が台無しだ。お前達浄伐者は、これが出会い頭の礼儀なのかい? 随分とマナーが悪いもんだ」


 緊張感のない言葉を男が吐き出している間も、その腕からボタボタと音を立てて粘度の高い赤い液体が地面に流れ落ちていく。


「貴様のような奴な異形の者に、礼儀作法についてとやかく言われる筋合いはありません」


 混沌としたこの空間に在ってもなお、落ち着き払った涼やかな声。

 そこで蓮史はようやく、この場に新たな人間が現れていることを知った。

 蓮史から見て左、ちょうど男と自分の中間地点から横に数メートル離れた地点。

 漆黒の髪に鋭い眼光が目に映る。

 そして、鈍い銀色の光沢をちらつかせる刃。

 大振りの刀を手にした少女が、そこに立っていた。


 えー、はじめまして。ミャンマーと申します。新参者ですが頑張っていきたいと思います。感想やコメントを書き込んでくれれば感謝感激雨あられです。

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