けれど子供には敵わない
奈緒が落ち着くのを待っている間、考えていた。
みんな、自分に持ち得ないものを欲しているのだと。私は美を、奈緒は華やかな容姿と性格を、白鳥さんは奈緒のようなシックな綺麗さを求めていた。思えば、明華女学院で受けた相談は、自分にない何かを、その環境では手に入れることができない何かを欲していた。
完璧な自分を求めて、足りない部品を探していた。
もし私が自己啓発にのめり込んだ人間ならば、足るを知れ、などと血も涙もない言葉を言っただろう。もちろん、あるもので満足できること自体は素晴らしいことだと思う。
だが、自分にないものを求めることは卑しいことではない。
夢なのだ。
夢は叶う、なんて言えないが、夢を見続ける権利は誰にも邪魔できない。
叶わない夢を追い続けていた人生を送っていた私はそれを応援したい。
叶うならば夢見続けられる社会になって欲しい。
「……お嬢様、お恥ずかしいところお見せしました」
真っ赤だった顔の色は引き、いつもと遜色のない血色に戻っていた。
「大丈夫。気にしてないよ」
「お心遣い感謝致します」
「でも奈緒は一つ勘違いしてるよ」
奈緒は意図が掴めない様子で視線を投げかけてくる。
「隣にいて欲しいのは、奈緒。君だよ。昔から」
聞こえたはずの言葉に意味がわからない顔をされた。
ハテナが頭に浮かんでいるのが見えるぐらい混乱した様子だった。
「立って」
混乱する奈緒の手を引く。
向かった先はパーティ会場。
その中のホールへと足を運んだ。
既にダンスをしている人たちが見受けられる。見るからに上手い人、下手なりに見せれるように努力してきた人、上手い下手関係なく楽しめれば良い人、彼女らを見て楽しむ人、いろんな人たちがいた。
彼女たちは私が、清麗様がホールへ足を運んだことに気づいたらさっと踊るのを中断して、舞台を整えてくれた。
「……お嬢様、まさか自分如きと踊るつもりですか?」
戸惑う奈緒。
私は跪き、手を伸ばす。
「どうか私と踊っていただけないでしょうか」
しばしの沈黙。
虚空で止まっていた指先に暖かさを感じた。
私たちのワルツは手習い程度のものだった。
幼き頃、習い事としてワルツのレッスンを受講しており、そのペアとして奈緒も同じレッスンを受けていた。何かの機会があればというもので、十年来その機会に恵まれず、思い出の一ページになっていたワルツだった。
何も言わずリードした私に、奈緒は意を汲んでくれ、十年ぶりのワルツが披露された。
わかる人からすれば非常に稚拙なものだろう。昔はできたステップも、思うように動かなかった。奈緒はその都度フォローしてくれ。その逆もまた然り。私たち二人で作り上げたワルツであった。
踊り終え、会場が拍手に包まれる中、奈緒は言った。
「互いに下手になりましたね」
「また、練習でも始める?」
「ペアに選んでくれるなら」
「当たり前じゃないか」
拍手の中、ホールから出ようとしたら小さい影が飛び込んでくるのが見えた。それは私の腰に抱きついてきた。勢いそのままに抱きついてきたものだから頭が鳩尾に入って、一瞬顔が歪んでしまった。周囲には記者であると通し続けている我が家の諜報員であった西野さんが、その瞬間を切り取れたのか良い顔をしていた。
「バドちゃん、どうしたの?」
「あたしも踊りたい……!」
その目のきらめきには覚えがあった。
初めて美しいものを見た時、目が離せなくなったそれだった。
奈緒に視線を送ると、委細承知といった顔で頷いてくれた。
「それじゃあ、簡単なステップ教えるからそれやろっか」
バドちゃんの気持ちのいい返事がホールに響いた。
それからの話を少しだけしようと思う。
パーティは無事に閉幕した。
私のドレスの評判が良く、奈緒との仲も深まった。
清麗様としては上々の出来だったと思う。
けれど、やっぱ本物は違うということを思い知らさせる日はなかっただろう。
私に抱きつき、踊ったことで話題の中心となったバドちゃん。
そのバドちゃんを特別気に入った方が現れたのだ。
先々代の清麗様にあたる久子お姉様だ。
多くの人の視線が集まる中、自分のやりたいことを優先した糞度胸をひどく気に入ったらしい。バドちゃんが施設暮らしだと聞くと、なら引き取っても問題ないのだろう? とばかりに養子にすると言い始めた。
年甲斐もなくファンキーな方が先々代ということで会場は賑わい、バドちゃんもどこをどう組み合わせればそうなるのかわからないが馬が合ったらしく、即断即決で久子お姉様の養子になると決めた。
口説き文句は「努力次第で明華女学院に通わせてやるよ」だった。
正式な養子縁組は先になるそうだが、問題ないだろうというのが久子お姉様の我儘に付き合わされたグランマの見立てだ。
こうして清麗様と踊った人には幸運が訪れるというジンクスは見事に達成したのであった。
12章『クリスマスは子供のもの』はこれにて終了です。
明日からは13章『女装家、最後の思い出』です。
作品を気に入っていただけたらレビュー・評価・感想をよろしくお願いします。




