女性の感情はロケットランチャー
パーティ会場を一通り見て回ったが奈緒の姿は見つからなかった。会場に足を運んではいるのだから、入れ違いになったか、途中で抜け出したかのどちらかだろう。
そうなると誰か行き先を知っていそうな人を見つけたい。奈緒と仲の良い人といえば、黒木さんだろう。むしろ、黒木さん以外で仲の良い人を思いつかないあたり、奈緒の交友関係は非常に狭いのではないかと心配になってしまう。メイドの後輩からは慕われているとはいえ、仕事の関係だ。それ以外でも親しい友人を作って欲しい気持ちはある。おじさんのお節介かもしれないが。
そんなこんなで簡単に見つかった黒木さんはパーティそっちのけで食事に精を出していた。いや、精を取り込んでいた。今日は自分へのご褒美だといわんばかりに、取皿に料理を山盛りにしていた。
「せっかく痩せてきたのに太るよ」
目を覆わんばかりの光景に、出会い頭に注意が飛び出した。
「……頑張ってきた自分へのご褒美ってことで見逃してくださいぃ」
そんな交通事故を起こしたが、気を取り直して奈緒を見なかったかと尋ねる。
「外の空気吸ってくるって言ってました」
どうやら会場の外に出たらしい。少ししたら戻るだろうから、その間は世話になった方々に挨拶巡りでもしていようかと考えた。
だがそれは実行されなかった。
「実はさっき白鳥さんも来て、柴田さんがどこいるか訊いてきたんです」
そんな玉突き事故が起きたことを知らされたからだ。
「奈緒が凄く不機嫌になりそうだけど教えたの?」
「どーしてもって言われて断りきれず……」
そりゃあ明るさの権化みたいな白鳥さんに迫られたら大人しい子は言われるがままだろう。それでも一度はノーと口にしたらしいが「大丈夫だから」と何度も言って押し切られたそうだ。ラブホテルに連れ込む男の常套句みたいだなぁとか思ったが口にしないでおいた。
教えてもらった場所は会場裏手にある階段だった。
パーティ会場を授業などで使用する際に生徒の移動がスムーズになるよう作られた経路であり、作りとしては非常に簡素なコンクリート造りの細い階段であった。
そこに奈緒と白鳥さん二人が並んで座っていた。
「自分のことほっといて戻って」
機嫌が悪い奈緒の声が聞こえる。
「えー奈緒っちと話したいから来たのに酷くなーい?」
それをいなす白鳥さんの声も届いた。
「アンタのこと嫌いなの」
「えーウチは奈緒っちのこと好きなのにー!」
物陰に隠れ、目だけ少し覗かせて二人の会話に耳を傾けることにした。どうしてか分からないが、そうするのが正解な気がした。ここで聞き耳を立てることも決して正解ではないと思うが、年増過ぎて老婆心を持ち始めた耳が聞くべきだと意思表示するのだ。
「……奈緒っちってばどうしてウチのこと嫌いなの? 別に嫌われることした覚えないし。あ、してたんなら謝るよ。でも意味も分からず嫌われんのは困るっていうか悩むってか……あ、このテンションがウザいとか?」
それからも一人でトークし続ける白鳥さん。しばらくそれが続いた。
奈緒が「もういいよ」と口にし、それが止まった。
「安心しなよ、別にアンタが何かした訳じゃないからさ。完全に自分の一人相撲なだけ。アンタに非はない。むしろ、謝って欲しいなら謝るよ」
「いや、謝るとかどーでもいいから。理由知りたいんだし」
しばしの無言。パーティの喧騒が小さく聞こえる。楽しげな向こうと違い、ここには重い雰囲気が立ち込めていた。
「アンタ見てるとイライラするのよ」
奈緒の言葉は続く。
「人目を引く華のある容姿、愛嬌がある笑顔、親しみやすい性格、人望だってある。欲しかった全部を持っているアンタを見てると、持ってないことを見せつけられているようで辛いのよ。いいえ、それだけならよかったわ。お嬢様だって、アンタを相棒に選んだ。そりゃあ自分のような地味で何もない人間で、シルキーなんて家事手伝いでしか従事できなかった奴隷階級だった人種じゃなくて、なんでも持ってる人間が隣にいる方がいいに決まってる。誰だってそうする。でも隣にいるために努力してきたのに、それ以上に隣にいるべき人間の姿を見るのは辛いのよ」
それは初めて聞く奈緒の弱音だった。
私にとっての奈緒は真面目で、仕事熱心で、優秀で、後輩思いで、友人への当たりは強めで、大和撫子を思わせる容姿を持っているけどケアなどを面倒くさがる子だった。こんな気持ちを抱えていたとは思いもしなかった。
勘違いしていると言いたかった。
白鳥さんを相棒に選んだのは単に彼女がこの地で長年築いてきた人脈が必要だっただけだ。容姿にしたって、確かに白鳥さんは華のある容姿を持っている。だが、私が好きな容姿は、美の追求として目指したかった方向性は大和撫子だった。
公私ともに隣に立って欲しいのは奈緒なのだ。
「奈緒っち、ウチのことそんな風に思ってたんだ。びっくりしたし」
あの慟哭に迫る思いを聞いてなお、白鳥さんはあっけらかんとした感想を述べた。
「……アンタなんかにこの悔しさがわかるわけないか」
「うん、わかんない。だって、ウチはそんなんじゃないし、ウチにとっての奈緒っちはそんなんじゃないから」
「は?」
「人に頼らなきゃなんにもできないのがウチと違って、一人でなんでもできるじゃん。ハイテンションで体当たりするしかないウチと違って、理路整然としてて仕事できるーって感じで尊敬してる。それに見た目褒めてくれたけど、メイクで誤魔化してるだけだから。初めて奈緒っち見たとき、どうなったと思う? ――マジで一目惚れしたの」
白鳥さんは「あー違う違う。頭まとまんない」と言い訳しつつ言葉を紡ぐ。
「近づきたいって思ったの。女の子がアイドルに憧れるみたいに、こうなりたいって。一時期なんて見た目近づけないか夜遅くまでメイクの勉強したりして寝不足なったし」
「……アンタそれお嬢様に目の隈を治してもらった件じゃないでしょうね」
「あー、当たらずといえども遠からずというか、相談自体は本当で困ってることではあったけど、原因はそれだったわけかなぁ。あ、相談したあとはちゃんと治さなきゃと思って夜更しはやめたよ?」
あの相談は目の隈とは関係なかったかぁ。
そもそも転校初日に声をかけてくれたのは私と仲良くなりたいよりも、私を介して奈緒と親しくなりたかったからかぁ。
「なんだかアンタに嫉妬してた自分がアホらしく思えてきたわ」
「尊敬してる人に嫉妬されるとかテンション上がるからもう一度言って」
「絶対に嫌」
ケラケラ笑う白鳥さんは立ち上がり、階段を一段登る。
「ま、アタシがどう思ってるとかあんまり関係なさげだしね」
白鳥さんの声がこちらへと向いた。
「美月っちーいるんでしょー? 出てきなよー」
恐る恐る壁から身を乗り出してみると、胸を張って得意げな白鳥さんがこちらへと歩いてくる。私の背後へ回ると背中を押して、奈緒の隣へと座らせられる。
「奈緒っちが大事なのはアタシがどう思ってるかじゃなくて、愛しのお嬢様がどう思ってるかだもんね! あとね、奴隷階級だったとか言ってたけど清麗様って、そういう社会の固定概念を壊した人だから気にせず、素直になっちゃいなよ。
白鳥さんは白い歯を見せて笑う。
「言いたいことは以上! ではお邪魔虫は去るから頑張れ!」
白鳥さんはそう言うと、たたたたっと走り去っていった。
「嵐のような子だよね」
あの話を聞いたあと、二人きりで何から切り出せばいいかわからずそんなことを言ってお茶を濁そうとした。
「お恥ずかしい……」
それは奈緒も一緒、いや思ってることを全て聞かれたゆえか、耳まで真っ赤にして、会話すらできなくなっていた。




