強がりで言い換えた言葉
「ごめんね、私もちょっと用事あった。あとは皆で楽しんできて」
そう言って私もみんなから離れる。
行き先は先ほどみんなと一緒にいたお店。奈緒から連絡を受けたであろうスタッフたちが待ち構えていた。お店のスタッフとして丁寧ながらも朗らかに商品を薦めていた時と異なり、ピリっとした空気が張り詰めていた。
「お嬢様、メイド長より連絡を受けております。星という同級生ですが、駆けつけた際には素人ではない集団に囲まれており、下手に手を出すと対象に危険が及ぶため監視に留めております。また、その集団と何やら揉めているとも報告を受けております。お嬢様の一声で対象の救出もできますが、いかがしましょう」
「いい判断だ。ありがとう。その輩たちは武装はしてる?」
「いいえ。ただし、目に見える範囲でという意味です。刃物、銃器、護身グッズの類など衣類に収まるも含めると不明です」
「以前、捕まった集団と比べると質はどう?」
「せいぜいチンピラ程度の集団だった前回と比べると、本職の自由業も含まれるかと」
「わかった。今、星さんはどこにいるの?」
「廃ビルに入ったとのことです」
「なるほど」
スタッフ全員に指示を飛ばす。
「関係各所に連絡! 重要参考人である星恵の保護を最優先に、集団の身柄を確保する!」
承知いたしました! との返事と共に彼らは動きだす。
了解、ではなかったことが前世との差を感じさせる。
あとはコトが終わるまで待っているのが仕事だと思っていたら、ひどく慌てた様子の神宮寺くんが来店した。
「お客様、本日は貸切のため来店はご遠慮してもらっています」
そんな冗談混じりの挨拶をかますも、神宮寺くんはそれに応える余裕はないのかずかずかと私の目の前まで歩いてくる。
危険を予期したのかボディーガードも兼任しているスタッフたちが間に入ってくる。
「いいよ、その人は安全だから」
私の言葉に従い、彼らは下がる。
「星恵、重要参考人とはどういうことですか。しかも保護なんて穏やかじゃねえ。前に先走った時、相談してくれって言ったじゃないですか」
「すまない。私としても今保護するのは不本意だったが、今急ぐ必要が出たんだ」
「襲われる危険性を考慮するならわかります。……説明はしていただけるのですね」
「それが詫びになるならいくらでもするよ。でも星さんの口から聞きたいことがあるからもう少しだけ待っていてほしい」
「重要参考人から聞きたいこととは?」
「どうして味方同士で揉めているのか」
数時間が経った頃、作戦完了の知らせが届いた。
星さんの保護、集団の身柄拘束、どちらも無事に成功したとのことだ。
ただ、そのどちらも黙秘をしているらしい。
組織に繋がる情報を漏らさないよう徹底しているのだろう。
星さんと会えるように手配してもらった。
場所はいつまで経っても店を間借りしているわけにもいかないので、警察署の取り調べ室だ。机と椅子が置かれているだけの、いつ来ても殺風景な部屋だ。
星さんはそこに座っていた。
私の顔を見ても動じず、笑ってみせた。
「おお、これはこれは三宮殿ではござらぬか。拙者の情けない姿でも見にきたでござるか」
「これのどこか情けない姿なんだい。むしろ、大仕事を終えて誇らしげな姿にしか見えないよ」
「女子だと騙る大仕事中の三宮殿はどうやら拙者の姿が羨ましい様子で」
女子ではないと知っている。
これは白状でもあり、私への助力依頼でもあった。
「先に肩の荷を下ろした先輩に質問。……どこまで言える?」
「三宮殿はせっかちでござるなぁ。ようやく崖っぷちに立った犯人という、サスペンスものじゃ一番の見せ場でござるよ。少しはこの特殊な環境を楽しむ余裕を持つでござる。これは去年、遊び呆けて留年した先輩からの助言でござるよ」
肩をすくめ、大袈裟にやれやれとため息をつかれた。
「そんな風流を解さない私に、なぜそうなったのか教えてくれないか?」
「風流を解さないどころか、公私が混同できる環境なら女装も楽しむ癖になに言ってるでござるか」
「言い返す言葉もない」
「ま、せっかくの見せ場をいただいたわけでござるからな。ゲロるでござるよ、もちろん」
星さんは語り始めた。
星さん達、エルフという種族は、ハイエルフを筆頭とした階級社会だという。ただし、それは生まれだけを見た話だという。現代のエルフは、土地開発によって生まれた森を失った者も多い。それゆえどこに住んでいるのかが他の者より優れた者だという証左になるらしい。
いわゆる格付けだ。
より自然が豊富な土地に住む方が偉いという意識らしい。加えて森があるが、それは年中通して豊かか、など言い出せばキリがない。
その中で最底辺に位置するのは都会に住む者だという。
森を捨てた裏切り者。
それが都会派を自称するエルフの立ち位置だ。
生まれた頃から都会派だった彼女は森に何の思い入れもない。むしろ、エアコンの効いた部屋が最高とか言っているタイプなので同族から何を言われようが気にしていない。だが、彼女の親はそうではなかった。
友人に騙され、借金を負わされ、土地を売り、返済して幾許か残った金で事業を起こし成功した。しかし、どんな理由があろうと土地を売ったものはエルフからは許されず、森に帰ることはできなかった。いつまで経っても森への未練があった。
ここから偶然が重なり出す。
我が父が経営するのはコングリマリット企業である。その中の一つに土地開発を行うものがあった。法的に何の問題なく、その土地に住んでいた住人からの賛同を得ていたが、ただでさえ少なくなっている森をさらに減らすことは何事かと自然派という名の過激派エルフが怒り出す。
我が父は経営する上で他にも逆恨みを買っていたらしく、恨みを持つもの同士が結託することになる。
さらに一つ、転機があった。
ここからが今年度からの話になる。
私が明華女学院に転入し、行方がしれなくなったことだ。
私の行方を求めて、彼女のもとまで情報が求められる。
引きこもっていた彼女は転入生がいたことなんて知らないし、エルフがどうなろうと知ったこっちゃなかったので知らないと無視した。
転機が訪れたのはゴールデンウィーク。
私と彼女が初めて出会った時のことだ。
そこで私は彼女の恨みを買い、何か秘密を探ってやろうと、持ち前のパソコン技術――ハッキングというらしい――を活かし、探した。無論、美月という人物はこの世に存在しておらず、真っ当に探しても見つかるはずがない。
しかし、彼女は真っ当ではなかった。
六月まで掛かったが、彼女は私の正体と通う経緯を突き止めた。
そこで私が件の行方がしれない男性だと気づいてしまった。
同族の命令なんて知ったことではないと、留年した親への詫びも兼ねて、それを組織に報告した。これで少しは同族からの親の待遇が良くなり、老後は森に帰ることができればいいな、あとはカード類を再び使えるようにしてくれないかな、などの思いを抱いていた。
そこから彼女は組織に目をつけられる。
私と交流のある貴重な人材として、相談を受けることになったのだ。
そして、コトが起きたのは九月。
アラクネたちの飲酒事件を追い、アラクネたちに助けられ、当のアラクネたちは飲カフェインでしょっ引かれたあの事件だ。
彼女は組織に情報を共有していた。何時、どこを通るのか組織に逐一連絡を入れていた。ただ、その時は彼女が慕っていた笹原さんも同行していた。笹原さんを巻き込むのは忍びないという気持ちが彼女にあった。ゆえに一つ条件をつけた。自身と笹原さんを巻き込まないこと。私が一人になるタイミングを作るから、その隙にやれ、というものだった。
その約束は果たされなかった。
十月。
人狼が徘徊していたのを見て、すっ転んで怪我をした。コンビニに夜食を買いに出かけたなどと言っていたが、本当は抗議のためだった。怪我をした後も度々、抗議をしに夜中出掛けていた。
その頃、私は白鳥さんを相棒につけた。白鳥さんの交友関係の広さに頼ったのだ。男性だとはついぞ明かさなかったが、命を狙われていることは伝えた。
街中には白鳥さんの知り合いが多かった。
白鳥さんの頼みならば二つ返事で引き受けてくれる人ばかりだった。
だから、私はこの時に星さんが内通者だと知ることができた。
あとは神宮寺くんに頼んで、内通者を伝えず、泳がせ、今日に至る。
もっとも彼女もそれをお見通しだったらしく、最終的には上手いこと保護してもらうように使わされたようだった。先日の抗議で黙って協力しないと明日はないと脅されたらしく、だったら親よりも大切な友人と、何より大切な私生活を守るために使えるものは何でも使う気だったらしい。
「もし私が何も気づいていなかったらどうするつもりだったんだ」
「そういう時は正体不明のヒーローが助けてくれるのが相場ですぞ」
星さんが口にしたヒーローとはそういうことだろう。
「……あの記者かな」
取り調べ室の外で待機しているメイドに西野さんをこの場に呼べるか問う。
「その必要はありません」とメイドが答えたら、扉を開いて西野さんが登場する。
「こんにちは。自己紹介だけど改めている?」
軽い調子で訊かれる。
星さんはそれを頬杖をつき、目も合わさず、突っぱねる。
「集団に囲まれていた時、同じ廃ビルに隠れて、拙者の様子を逐一報告あげていたんだ。いつでも助けだせたのに! そんな奴の自己紹介なんざ聞きたかないね!」
「えーそんなこと言わないでよ。仕事だったんだから仕方ないじゃないの」
ゴホンとわざとらしい咳払い。
「西野も記者も嘘っぱち。ほんとは美月ちゃんのご実家から警察にも秘密で送り込まれたボディーガードよ」
一度嘘情報を流して、警察と揉めた経験からか、今度は警察にも内緒で送り込んだらしい。もっともボディーガードを自称する割に私を守った機会に恵まれず、最後の最後は星さんを保護するために体を張る羽目になったという。
「さーて、拙者はこれから身の危険があるわけでござるから、保護の代わりになーんでも知ってることゲロっちゃうでござるよ」
本当、良い性格をしている。
いっそこうなれたら人生楽しいだろう。
「とりあえず、色々話してもらうことはあるだろうけど……」
私は手を差し出し、地声でこう言う。
「友達になろう」
彼女は私と握手を交わし、こう言った。
「めっちゃイケボやん」
うん、こういう空気の読めないようにはなれない、絶対に。




