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女装家転生~女装令嬢、お嬢様学校に通う~  作者: 宮比岩斗
11章 気づけば年末

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灰色の青春を過ごしたことは思い残しになりがち

 明華女学院のクリスマスパーティは内外問わず有名な行事らしい。たしかに卒業を控えた生徒たちが自主的に行うパーティなどはあるかもしれないが、学校行事の一環として生徒たちが着飾るようなものは類を見ないだろう。


 そんな魅力的な行事があると知ったら、働かない訳にはいかない人物がいた。


 それは夏に知り合った左遷系上司巻き込まれ型記者の西野さんだ。西野さんは行事の度に、思い出したかのようにやる気を出して、私について回っていた。周囲も西野さんを専属記者扱いで軽口を叩ける程度に信頼を勝ち得ていた。もしかしたら組織のスパイなのではないかと思っていた自分が恥ずかしい。


 そんな彼女からクリスパスパーティに向けて、どんな働きをするのか取材がしたいと申し込みがあった。私はこれを快諾した。放課後の学食で待ち合わせをして、そこから笹原さんなど関係先へ赴いて取材していく流れとなった。


 放課後になり、学食へと向かう。私は前世から、この学食というものが好きだった。思い返せば学食に初めて経験したのは同じく高校生の頃。その当時は、今よりも二回り近く巨体に加え、学生特有のいくら食べても物足りないという無限の胃袋を備え付けていた。なので親が持たせてくれた弁当は早弁で消え去り、肝心の昼は同級生らと連れ添って学食で腹を満たしていた。高校卒業後は警察学校の食堂、警察署内の署員食堂など、場所は変わっても食堂という文化から離れることはなかった。


 食堂の何が好きかというと、やはり連帯感だろう。


 同じ釜の飯を食うという諺があるように、同じ場所で同じ飯を食べるということは大切だ。同じコミュニティに属するということを明示的にするというのは安心感をもたらす。昨今では飲みニケーションという言葉が忌避されるようだが、酔っ払いの介護の有無は一旦置いとくとして、茶番の一つを楽しむ風潮がなくなるのは少々寂しくはある。このような場において、仲間の新たな一面が見えることもあるというのに。


 そんな食堂が大好きな私であるが、明華女学院の学食にはほとんど足を運ばなかった。広さも十分、味も申し分ない、量は選べるし、栄養バランス、カロリー共に問題ない。


 なら、何故足を運ばなかったのか。


 それは雰囲気だ。


 明華女学院の学食は、食堂というよりカフェテリアのようだった。せめて内装がお洒落なフードコート程度で食に重きを置いたものならば耐えれたが、ここはやはりお洒落が優っていた。


 私のような昭和人間にとって、ここが同じ場所だと認識できなかった。


 取材で久しぶりに訪れたが、やはりここは私にとってアウェーであった。


 現世で初めてお洒落な美容院に連れて行かれた時と同じ緊張感をあった。前世は床屋ばっかりだったので、最初は緊張したものだった。両親は珍しく緊張する私を微笑ましく見守っていたのはよく覚えている。


 それと同じだろう。


 足繁く通えばいつか慣れるのだろう。


 けれど、慣れてしまえば、前世で仲間たちと過ごしてきた食堂での思い出が薄れてしまいそうなのが怖い。


 一面に広い食堂は、お洒落な内装もあって放課後でも生徒が多く見られる。その中の一つに西野さんの姿が見つけることができた。


「西野さん、お待たせしました」


 二人が向かい合って座るタイプの席の間にある小さな丸机には、メモ帳が置いてあった。


「いえいえ、学生さんは学業が本職ですから。むしろ、時間を作っていただけただけでありがたいです」


「では、前生徒会長にお話を伺いにいく前に、清麗様に何点かご質問よろしいでしょうか」


「はい、どうぞ」


 そう言って質問が始まるかと思いきや、ボールペンがどこかへ消えたなどと言い始めたので、私のペンを貸す羽目になった。そんな一悶着があってから数個質問にすらすら答えていき、最後の質問と言われた。


「好きな人はいますか?」


 意外な質問に面を喰らってしまう。


 言い澱んだと思われたらしく「ごめんね、この質問は載せるつもりないの。オフレコで聞きたかっただけだから」とメモ帳をしまった。


「……恥ずかしながら、今まで自分のことに精一杯で好きというものがどういうものなのかわからないです。ただ、私にないものを持っていて、これからも一緒に人生を歩んで欲しい方はいらっしゃいますね」


 我ながら恥ずかしいことを言ってしまった気がする。


 そう思った途端、耳が顔が熱くなっていく。


「学生さんは良いですね。私もそういう青春送りたかったです」


「西野さんは学生時代、彼氏さんはいなかったのですか?」


 軽口で訊いてみた。


「お恥ずかしながら、貧乏だったのでアルバイト三昧でウツツを抜かしてる暇なかったんですよ。灰色の青春が、青春終わったのに現在進行形でも灰色のまんまですよ」


 死んだ目で明後日の方向を見る西野さん。


 聞くべきじゃなかったと、どうフォローするべきか思考していると「でも!」と強い口調で会話を続けた。


「この密着取材が終わったら、色々と良い感じにしてくれるように根回しは済んでいます。だから、この仕事だけはトチれないんです!」


 左遷される前にいた職場に戻れるという話だろう。


「私にできることならなんでも言ってくださいね。取材でもなんでも協力できることならなんでもしますから」


 互いに人生が上手くいっていないことを吐露した取材は終え、今度は前生徒会長兼クリスマスパーティ実行委員会会長の笹原さんの元へ向かった。


 空き教室を間借りして、クリスマスパーティで使うものが大量に鎮座されている中に笹原さんはいた。二年生のお手伝いさんに忙しなく指示を飛ばしていて、声をかけるタイミングがなく空き教室の隅で待っていた。そこに声をかけてきた顔見知りの生徒が一人。


「そんなとこで何やってるでござるか」


 元引きこもりエルフの星さんだ。


「笹原さん待ちだよ。星さんこそこんなところで何やってるの?」


「ふふふ、拙者はクリスマスパーティなる催しの準備をしているでござる」


「星さんがついに社会復帰した……!?」


「言わんとしていることはわかるでござるが、無礼ですぞ」


 軽口を叩いていると、西野さんが星さんに「私こういうものです」と名刺を差し出した。


「あなたは選挙の時、唯一前生徒会長に入れた子ですね。どうして三宮さんには入れなかったのですか?」


 星さんは名刺を受け取るも、一瞥もせずに答える。


「そんなの決まってるでござる。三宮氏への嫌がらせですぞ。マスコミが聞きたいような美談じゃなくてスマンでござるなぁ」


 語尾にケラケラとバカにする笑いを含ませたそれは世間一般的に言う煽りというものだった。


 けれど西野さんはそれを興味深そうに眺めていた。


「うんうん、そういう話を聞きたかったの! みんな、清麗様は素晴らしい方って言うばかりで、ドキュメンタリーとして流すには一辺倒でつまらなかったの! こういう多様性のある意見があれば構成にもハリが出るわ!」


 星さんが私に視線をくれる。


「面倒だからなんとかするでござる」


「自分の言動には責任持ちなよ」


 三人してぎゃーすか騒いでいると、笹原さんが見かねたらしく指示を早々に切り上げて、私らの元へ来てくれた。


「皆様、作業に集中している方もいらっしゃるのですから、あまり騒がないように。特に三宮さんは清麗様なのですから、皆の模範となるように気をつけてください」


 そんな注意を出合い頭で受けた後、私たちは空き教室の端に机をいくつか並べ、そこでクリスマスパーティに向けたインタビューを受けていた。その本筋と関係がない星さんはその場から去ろうとしたが、是非選挙の話を聞きたいという西野さんの強い要望により、強制参加の運びとなった。事情を知らない笹原さんが「協力してあげましょう」と星さんに言ったのがトドメだった。


 クリスマスパーティはドレスを纏って、食事や歓談、ちょっとしたダンスを踊るぐらいの肩苦しいものではなく、最後の思い出作りのものだと笹原さんは説明した。トリビアとして、元々卒業を控えた子女たちが卒業したくないと駄々をこねて、年末に立て篭もり、持ち寄った食事を楽しんだのが由来でできたイベントであることも教えてくれた。


 そんな説明があれば、自然とどんなドレスを身につけるのかという話題になる。


 今週末にドレスを買いに行く予定だと伝えると、それも是非取材したいと西野さんが言い始めた。笹原さんは人が良いのだろう。これも快諾。付いてくる気がなかった星さんも誘った。まさか誘われると思っていなかったのか星さんは焦り慌てた様子で「え、あ、行っても良いなら行く」と同行が決まった。


 そんなわけで週末は、私に笹原さん、西野さんに星さん。これに奈緒と記者の西野さんも加えたメンバーでドレスを購入しに出かけることとなった。


 前世の私に「来世では女装姿で、女性たちと連れ立ってドレスを購入しに行く機会がある」と伝えてみたい。きっと「二丁目界隈の元殿方なお姉様方にからかわれているのではないか」と訝しむことだろう。

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