ギャルは寝不足気味という偏見
転校初日は忙しかった。
授業のことではない。新学期が始まったばかりということもあり、今日は各教科担当の教師から簡単な挨拶程度のことしかやらなかった。これから一週間のうち、授業の半分程度はこのような時間になる予定だ。
忙しいと言ったのは放課後のことだ。
女三人寄れば姦しい、ということわざがあった。意味は女はおしゃべりで三人も集まるとうるさくてしかたがないといった意味だ。ならば女性が三十人程集まった教室は、うるさいどころの騒ぎではなかった。しかも、彼女らは話のテンポが早い。まさにマシンガントークで、どうあがいても単発式な私では彼女たちについていくことができなかった。
幼馴染と言われてしまった奈緒もほとんど同じ状況で助けを求めることはできない。投げかけ積み重なっていく質問の山をただ茫然とその身に受けていたら、一人の女子が「みんなストーップ!」と制止を呼びかけた。
その女子は亜人のギャルだった。種族はハーピィ。前腕から上腕にかけて生えている羽と足の爪が特徴的な種族だ。彼女は前腕から上腕部分を切り取る改造を施したボレロを着て、純白の翼を露出していた。また、その翼に近い、明るい茶髪をサイドポニーでまとめていた。指先はポップなデザインのアートネイルがあしらわれていた。目元が大きく見える付けまつげとアイシャドウを使ったメイクが特徴的だった。ただ、制服を除けば全体的に白い彼女ゆえ、ファンデーションで覆い隠しても隠し切れない目のクマが気になった。
彼女はみんなをまとめあげて、一つ一つの質問の交通整理をしてくれた。
ついでに奈緒へ飛ぶ分の質問までも交通整理するという離れ業をやってのけた。
私も長く生きていてそれなりにコミュニケーション能力というものを培ったと考えていたが、やはり天性の才能と鍛えられる環境に長く身を置くことの重要性を感じざるを得なかった。
彼女らの質問をだいたい返し終わった後、ギャルから「逆にうちらに聞きたいことある?」と訊かれた。
色々と訊きたいことはあったが、まずはこれだろうというものがあった。
「皆さんの名前を教えてもらってもいいかな」
ギャルの子が「たしかにうちらの名前教えてなかったね!」とポップコーンのように弾ける笑顔を振りまいた。
「うちは白鳥さくら。よろしくね」
白鳥さんは自分の挨拶が終わると次々に順番を指名して自己紹介をさせていった。近くにいた人のものが終わると、遠くの席で私たちの輪に加わらなかった人たちも連れてきて自己紹介させていた。こちらが恐縮していると、連れてこられた子は「白鳥さんのことだから仕方ないよ」といった調子で自己紹介をしていった。
みんなが自己紹介を終えると、それぞれ部活動へ向かったり、帰宅していった。
その中で白鳥さんは残り、私の隣の席に座る。
「ねえ、帰り暇? どっか遊び行かない?」
明華女学院高等学校は街から少し離れた位置にある。
送り迎えをしてもらっている生徒も多いので、明華女学院生はあまり街に近寄ることはないという。ただ、遊びたい盛りの女子たちは時折、街へ繰り出すことがあるそうだ。白鳥さんの場合は格好からすると、時折どころではないのかもしれない。
「ごめんなさい。まだ、寮での荷解きが終わり切っていないので、またの機会に誘ってくれませんか」
「固い固い! うちらクラスメートなんだし、もっとラフでいいよ!」
「えーっと、また誘ってね……?」
「うん! それでよし!」
ギャルというよりか、豪放磊落といった言葉の方が似つかわしいと思ってしまう。もし彼女が男だったならば快男児と呼ばれたことだろう。
「お嬢様」
そう私を呼んで、奈緒が私と白鳥さんの会話に入ってくる。
「荷解きならば自分がやっておきますので、お嬢様は親睦を深めてみたはいかがでしょうか」
お嬢様。
これは私が転校するにあたり、あらかじめ決めておいた呼び方だった。間違っても元の名前で呼ばないように、という意味を持つ。また、奈緒が自分がメイドであるという自負から、自らを私と同じところまで持ち上げたくないという配慮からもきていた。
前世で公僕だった私にはその考えは理解できるけれど、いざ、される側になると非常にむずがゆい気持ちになるものだった。
「えーっお嬢様ってなにそれ! 幼馴染なんじゃなかったの!?」
「お嬢様と私は幼馴染です。ただし、自分はお嬢様の召使いという関係も付随していますが」
「幼馴染で同級生で召使いってマジヤバいんですけど」
「お嬢様、自分のことは気にせず、ぜひお二人で親睦を深めてきてください」
有無を言わせない口調であった。これは暗に奈緒自身は絶対行かないという強い決意を秘めた言葉であった。おそらく奈緒はこの子のことが苦手なのだろう。仕事人と自由人、水と油で相性が良い訳がないか。私からするとギャルと言われる気の強い子は、補導の時によく顔を合わせていたので、こうして話しているとなんだか懐かしい気分に浸ってしまう。
「では、お言葉に甘えてそうしようかな」
「奈緒っちはまた今度一緒に遊びに行こ―ね」
私と白鳥さんが立ち上がる。
「ええ、機会があればお嬢様ともども是非」
これは絶対に行く気はないし、どうしても行くことになったら私を巻き込む気ということだった。