謎が解けるほどの証拠がなくても動けるのが素人
黒木さんが化け物を見かけるのは決まって深夜の学院の敷地内らしい。
黒木さんがダイエットのためにランニングをして学院近くを通りかかる。学院と外を隔てる柵から敷地内を何気なく見てみると、そこには月明りに照らされる大柄な何かがそこにいたらしい。それがなんなのか気になり、柵越しにしばらく眺めているとそれはもったりとした遅い歩みで敷地内をひたすら徘徊していたとのことだ。
あまり大きな行動を取らないそれを眺めているのに飽きた黒木さんは、何か変な物を作った人でもいるのだろうと自分を納得させて、その日は帰宅した。
それから度々、夜の学院近くを通りかかると化け物らしきものを見かけることがあるそうだ。
「深夜、学院って締め切ってたはずだよね?」
私が疑問を投げ掛けると笹原さんはそれに合わせる。
「そうね。出入りは基本的にできなくなるわ。教師とか守衛さんあたりは別ね」
「なるほど。それじゃその辺りが最有力になるのか」
外部とのやり取りをできるのは一部の人間のみ。それ以外はシャットダウン。ある意味、密室に近い状況となった。
黒木さんが小さく手を挙げる。
「あの……一つ気になったのですが……いいです?」
「ええ構わないわ。気になったことがあるならば遠慮せずに発言して頂戴」
「……星さんはなんで外に出たんです?」
たしかに黒木さんの言う通り、学院の敷地外に出られないのならば、外に出る理由もない。
みんなが注目する中、星さんはあっけらかんと言い放つ。
「小腹が減ったので、抜け道使ってコンビニ行こうとしたでござる」
抜け道の存在に皆が驚いていた。笹原さんなんか、元生徒会長の血が騒いだのか何処に抜け道があるのか問いただしていた。けれど星さんは今後コンビニに行けないことを憂慮したのか口を割ろうとしなかった。
密室という前提は崩れ、誰でも出入りが可能だということになる。
これでは何が、誰が、なんの為に、どうやって、などといった5W1Hに類するものの推定すらできなくなった。唯一分かっているのは、化け物と思しきものが出るということ。
「あの……もう一ついいですか?」
黒木さんがもう一度手を挙げる。
「その化け物……さん? を近くで見たのですよね? どんな風貌で何をされましたか?」
「馬鹿にデカい女だったことくらいしか記憶にないでござるなぁ。拙者のことを見るなり、一目散に逃げ出したから何かされたわけでもないで候」
腕を組み、思い出す星さん。
「つまり貴女は自分の言った通り、ただすっ転んで捻挫して、サボってた訳ね」
奈緒に図星を突かれ、笹原さんには呆れられた。
「捻挫がなければサボらなかったでござるよ? ホントでござるよー?」
そんな言い訳を繰り返す星さん。
それを一切聞かないで黒木さんはブツブツと何かを呟いている。耳を傾けると口に出して思考整理をしているようだった。
「文学部部長さん、何かわかったかしら?」
そう奈緒が尋ねる。
黒木さんは文学部部長であったことを今の今まで忘れていた。ことある毎に部室を借りていたのに、それを忘れるとは失礼極まりない。極まりない、がそれを口にして謝罪するのも失礼極まりない行為なので、心の中で謝罪しておこう。
そんな謝罪と重なる形で黒木さんはこう宣言する。
「謎は半分だけ解けた」
宣言に続けるように言う。
「何が化け物なのかはわかったけど……誰がそうなのかはわからないかなぁ」
「黒木、まず先に教えて。化け物の正体について」
黒木さんはつらつらと事実を羅列する。
夜にだけ現れること。
遠目でもわかるぐらい、近くで見たら思わず転んでしまうぐらい大柄なこと。
そんな大柄な人物は、生徒、教師、守衛含めて明華女学院にいたということは聞いたことがない。
黒木さん自身がそれを見た時、いつも月夜だったこと。
「つまり、月夜に体躯が大きくなる亜人である人狼が化け物の正体……ですっ」




