体よく休む言い訳は働き始めてから求められる技術
笹原さんの話を聞く限り、星さんの怪我はそこまで酷くなく、転んだ際の捻挫程度だそうだ。その代わり、心に傷を負ったらしく、ここ数日欠席しているそうだ。
何故笹原さんがそんなことを知っているのかというと、あの事件以来、二人は連絡を取り合う仲になったからだという。
生徒会長と引き籠もり。
正反対の二人が何故か波長が合ったらしい。
凸凹が上手く嵌ったのだろう。
「部屋から出てきてもくれないので一緒に心の傷を癒やしてあげましょう」
笹原さんは曇りなき眼でそう言った。
たしかに星さんには世話になったから、そうであるならばなんとかしてあげたいというのが人情である。ただし、本当に心の傷を負ったのであるならば、だ。世話になったのだから、今日ばかりは見逃してあげようというのも人情な気もする。
答えを出す前に、笹原さんの後ろにしれっと奈緒が現れる。休日で服を買いに行くのに制服姿であった。
「とりあえず部屋から出せばよろしいのですね?」
笹原さんは動じずに返す。
「ええ。外に出る切っ掛けづくりをしていきましょう」
「承知致しました。切っ掛けを作らせていただきます」
奈緒はどこかへ連絡を取り始める。
一時間もすると、魔女の黒木さんがやってきた。引き籠もりを外に出す行為、二回目の登板ということもあり、落ち着きが見られた。この場で唯一それを知らない笹原さんは、どうして呼んだのか首を傾げている。
皆で星さんの部屋の前に行き、黒木さんがおもむろに扉を開ける。中には食べ終わったカップ焼きそばを机の上に放置し、ピコピコをつけっぱなしで、午睡に勤しむ星さんの姿があった。
どうして鍵が掛かっていた扉が開いたのか分からず一人置いてけてぼりな笹原さんを放って、奈緒はずかずかと部屋の中に入っていく。
ペシペシと星さんの頬を叩く。
目を覚ました星さんは、誰も入ってこないはずの部屋に侵入者がいたことで驚き、寝起きとは思えないぐらいの速さで飛び退き、壁に頭をぶつけてのた打ち回っていた。
「なんで部屋の中いんの!?」
普段の言葉遣いをする余裕すらなく、ストレートな物言いだった。
「そんなことはどうでもいいのです」
奈緒がピシャリと言う。
不法侵入してる訳だから、どうでもよくはない。
「たしかに捻挫はしているようですが、見たところ心身共に登校するのに問題はなさそうですね。普通に転んだところを襲われたと言い訳して、欠席する言い訳にしたところですか?」
なんだか奈緒の物言いがいつもより棘があるような気がする。
「いやいやいやいや、襲われたのはホントでござる! 笹原氏も最近不穏な噂があるのは知っているであろう!?」
助け船を求められた笹原さんは「たしかに噂は聞くけど……」とビート板を投げ入れるのが精一杯であった。
「その噂って?」
「月夜の晩に女子生徒を狙う大柄な化け物が現れるというものよ」
「化け物?」
「実際には幽霊の正体見たり枯れ尾花ってところかしら」
噂の真相に話が入りかけたところで、奈緒が「お嬢様」と私を呼ぶ。
「このエルフの容態も問題ないことが確認取れました。少し遅れましたが、予定を遂行しましょう」
「ああ、そうだね」
「では自分たちはこれにて失礼致します。黒木も休日だというのに来てもらって悪かったわね」
部屋から退去しようとして「あ、待って」と黒木さんに呼び止められる。
「……その噂の化け物、あたし、ちょくちょく見かけるよ?」
奈緒が目を大きく見開いた。
主人である私と親友の黒木さん、どちらを優先すべきか悩んでいるのが簡単に見て取れた。
「黒木さん、その話聞かせてくれないかな?」
私がそう言うと、奈緒は「すみません」と目を伏せた。




