大丈夫を連呼する男を信頼するな
九月に悪漢たちに襲われてから一ヶ月が経った。
事件は表沙汰にはならず、内々で済まされた。
無論、学校への報告はあったものの、それを知るのは校長など極少数のみだった。
顔だけは絶対に傷付けまいと必死に躱していたのと冬服への衣替え時期が重なったのが功を奏し、打撲だらけの身体を周囲に晒すことはなく、普段通りを取り繕えた。
ただ、奈緒だけにはそれが通じず、事件後すぐに問い詰められることになった。アラクネたちの飲酒事件、笹原さんと星さんの力を借りたこと、刺客とは名ばかりのチンピラに襲われたことを全て説明した。
話を全て聞いた奈緒は、鬼気迫る様子で私の服を剥ぎ取り始めた。抵抗を試みるも剥ぎ取られるという行為をされるのが初めての体験で思わず身が竦んで、あれよあれよと剥がされていった。残されたのは下着一枚だけだった。
たぶん、今誰かが部屋に入ってきたら私が襲われていると十中八九勘違いするだろう。
奈緒は私の周囲をぐるりと回る。
私の身体を観察しているようだった。
痛みはほとんどなくなったけれど、肌をよく見ればうっすらと青い打撲跡がそこら中に点在している。
「どうしてお一人でお逃げにならなかったのですか」
一通り観察を終えた奈緒が言った。
「お一人なら逃げることは容易だったでしょうに」
その声は涙ぐんでいた。
「そうしていたら長年、毎日厳しい節制をして作り上げたお身体を傷物になんてされなかったのに……」
奈緒は知っていた。
奈緒だけが理解してくれていた。
「なんで、なんで、ご自身を大切にしてくれないのですか……いつも他の人のことばかり……どうしたら御自分を一番に考えてくれるのですか……」
泣きじゃくる奈緒。
私は幼子をあやすように奈緒を胸の中に抱きしめた。
「心配かけてゴメン。自分でもわからないんだ。自分を最優先にしたいと常々思っていても、人を助ける星の下に生まれてて、根っこがそういう性分なのもあるのも手伝って、それができないんだ。不器用な人間なんだ」
正義を重んずる前世の私は現世での歳を重ねるごとに、身体へ順応し抑えが効かなくなっているのが分かる。美への追求よりも社会秩序の歯車へ堕落しようとしている。
ああ、私はいずれ、いや、遠くないうちに、気が狂うだろう。
二つの私は一つの器に入り切らないのだ。
「嫌なことは嫌と言ってください。自分たちシルキーはその為にいるのですから。主の幸せのためなら、奴隷と呼ばれても、蔑まれても、なんでもやるのが自分たちなのですから」
「――ありがとう。これからは人に頼ることも、嫌なことは嫌と言えるように努力するよ」
「是非そうしてください」
奈緒は強く私を抱き締めて顔を隠した。
しばらく好きにさせていたけれど、一向に離す様子もなかったので話を振ってみる。
「今度さ、一緒に服でも買いに行こうよ」
奈緒は私の顔を見上げて、黙り込む。
「いつも付き合ってくれないじゃないか。だから私の幸せのために付き合って」
「……断れないじゃないですか」
「今日は素直だね」
「今日は主の言うことならばなんでも聞いてあげたい気分なだけです……」
ベッドに二人して腰を掛けると、奈緒は身体を預けてくる。
静かだった。
衣擦れの音が聞こえるぐらい静かで、近い。
心臓の音だけがけたたましい。
普通の男ならば、抑えが効かずに押し倒すところだろう。
そう、普通の男ならば、だ。
生憎私の中には、真面目な警察官と美への探求をする女装野郎しかおらず、そのどちらもうら若き女性を性のはけ口にするなんて言語道断と珍しく意見が一致していた。
奈緒を離し、上着を着始める。
それを恨めしそうに奈緒が睨むものの素知らぬ顔で身嗜みを整える。
今日はその買い物当日。
ちょうど身嗜みを整え終えたところで部屋に慌ただしいチャイムの音が飛び込んできた。
警戒してドアスコープから外を覗くと、笹原さんが息を切らして膝に手を当てていた。
出迎えると悲痛な顔で叫ぶ。
「星さんが襲われましたわ!」
失礼ながら、驚きや心配よりも先に、それは私由来の原因で襲われたのか、かのエルフの悪行に対する因果なのか、どちらなのかが気になってしまった。




