神宮寺レポート9
油断していた。
俺も御子息も。
組織が動いていたのは知っていたが急な予定にない動きに対応してくるはずがないと高を括っていた。だから御子息は予定にない外出をしたし、俺は一日の予定を終えた御子息の監視を怠った。
始末書どころでは済まされない失態だ。
だが俺は始末書に筆を乗せることも頭を下げることもなかった。
対策本部は、事件を知らせた匿名のタレコミが誰なのか特定するために躍起になっていたからだ。
このタレコミ、普通の通報によってもたらされたものではない。御子息に関わる捜査関係者全員に直接届いたメールだ。中身は場所と御子息が多くの悪漢に襲われているから救援を求む内容。誰もが、捜査関係者の誰かが送ったものだと思い、最初は気に留めなかった。捜査関係者それぞれが個人プレーをした結果、現場には各課から応援を呼んだのか多くの人数が集まった。すぐに包囲網を敷くぐらいはできる程度の人数だ。
捜査関係者の誰もメールを送っていないと判明したのは、御子息の安全を確保した後でだった。
だから慌てて、すぐに帰すはずだった御学友のアラクネたちをその場に引き止めて話を聞いていた。その中で飲酒もとい飲カフェインが明るみに出たのは酷い事故だった。
彼女らが御子息の危機に現れることができたのは、前生徒会長と学校の問題児二人に助けを求められたからだと聞いた。
彼女らがいなければ俺ら警察は間に合わず、今頃はどこかに連れ去られてしまっていただろう。だから感謝しなければならない。ただ、その感謝の方法が飲カフェインした罪を厳重注意で見逃すというのは、なかなか不格好だ。飯の種にならない感謝状を貰うぐらいなら、そっちの方が実用的なのかもしれないが。
さて、今はにっちもさっちも誰が垂れ込んだのか探すので手一杯な対策本部だが、増員は見送られた。
理由は、対策本部もとい関係者、それか三宮に近い人物が情報を流していると断定したからだ。その誰かが判明していないため、墓穴をわざわざ大きくして付け入る隙を与える必要はないという判断からだ。
だが虎穴に入らずんば虎子を得ずという言葉がある。このまま後手に回っていては命がいくつあっても足りない。穴に入られるのを待つぐらいならば、相手の穴に攻めてしまおうというわけだ。
その相手の穴が何処なのか調査は必要となるが。
一人で、上には黙ってやるしかないだろう。
事件から数日経ち、御子息にだけはその旨を伝えた。
御子息は怪我が痛むのかいつもより幾分気落ちした声だった。ただ返答はいつもよりも痛烈なものだった。
「私が信用できる人に協力を仰ぐ。神宮寺くんのキャリアが傷付く必要はない」
有無を言わさぬ迫力があった。
単純な怒気とは違う、地の底から這い出るようなどす黒い感情が伝わってきた。
「ああ、そうだ。その代わりと言ってはなんだがね――」
一転。
朗らかに、世間話でも始めるかのような口調で出てきたのは、とあるミュージシャンのライブチケットや限定品の鞄などを用意して欲しいと両親に伝えて、それを届けて欲しいという願いだった。それをアラクネの子たちに御礼代わりと成年するまでは飲まないことを条件に渡すらしい。
伝え聞いた鞄の値段を調べて驚いた。
俺の月給数ヶ月分はした。
届ける途中で魔が差して質に入れないよう気合を入れなければならない気がした。
これは俺にとっての、アラクネたちのカフェインのようだった。
9章『赤ら顔は可愛いけれど、度が過ぎると赤提灯』はこれにて終了です。
明日からは10章『食べ過ぎと無理なダイエットの円環』です。
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