酔いたいだけのお年頃
幸か不幸か、第一報は吾妻さん達アラクネを生徒会室に呼び出した日と同日であった。
その日の夜、コンビニで飲み物を大量に購入し、どこかに移動しているとのことだった。場所はケンタウロスのカナちゃんが住んでいる町。学院からさほど離れておらず、急げば間に合う。寮住まいである私一人だけで向かおうと考えていたところ、笹原さんはその正義感からすぐに向かうと言って聞かず、笹原さんが行くならばなと星さんも名乗りを上げた。
三人で合流し吾妻さんたちの元へ向かう道中、星さんが言う。
なんでも言い逃れのできない証拠は押さえており、あとは吾妻さんたちが態度を改めるだけだという。その証拠はどうやって手に入れたのかと問うと、企業秘密だとはぐらかされてしまった。違法行為でないことを祈るばかりだ。
証拠もあるし、あとは罪を認めさせるだけ。落としの何々さんとかドラマに影響されてかどこの署にもそういう人いたなぁなんて思い出した。
油断だった。
今の私は、女子高生であり、狙われる身であった。
つまるところ女性が夜に出歩くものではないといった事態に陥っていた。
そいつは私たちの行手を遮るように現れた。
最初はナンパかと思った。身なりが小洒落ており、不審者というには軟派な風貌をしていた身体。夜にも関わらずサングラスをして目元を隠していたのは流石にどうだろうと引っかかったが。そいつは私に問いかけた。
「君、明華女学院の清麗ってやつ?」
メディアに出ていたし、顔が割れていてもおかしくはない。
だから、簡単に対処して「急いでいるので」と抜け出そうとした。
ゆえに質問に「はい、そうです」と返した。
その男はそれを聞くと、おもむろに片手を挙げる。
それが合図だったのか、その男の背後、私たちの背後からも怪しげな集団が現れ、囲まれてしまう。囲んだ男たちは身元が特定されないようにか目出し帽を被り、黒のジャンパーとズボンで統一されていた。それが十人も集まると異様とも言える空間となり、笹原さんは怯え、私の背中に縋り付いてきた。星さんは豪胆なのか馬鹿なのかそんな状況下でも「ほうほうこれが不良に絡まれるというやつですな」と素っ頓狂なことを言っていた。
「なにが目的?」
二通りの返答が想定された。
一つは婦女子を狙った誘拐。
一つは私個人を狙った誘拐及び殺害。
後者ならば私だけの身柄を差し出すだけでいい。二人の安全は確証される。
男は答えた。
「さあな。俺らの目的は清麗を連れてこいってだけ。それ以外は知らねえ」
「抵抗しないから後ろの二人は見逃してくれないかな」
「駄目だ。警察にでも行かれたら厄介だ」
「なら抵抗するよ。こう見えても武道を嗜んでるから半分ぐらいなら倒せる」
「半分も残れば上等。残りの二人も一緒に連れてく。そこで全員可愛がってやるよ」
この人たちは本当になにも聞かされていない末端のチンピラだ。
私を女性だと思っていれば出てこない発言だった。
だから本気の抵抗をしなければならなかった。
目の前の軟派な男は顎を出して、目線は見下ろす形だった。
私は、一歩踏み出すと同時に頭を落とし、男の視界から消える。相手の視野外下方から、拳を打ち上げ、顎を砕く。
男はそのまま倒れる。
これで一人。
笹原さんと星さんの手を引き、呆然とする男たちの間を抜けて強硬突破する。男たちがすぐに追いかけてきたのを確認すると二人の手を離す。
「二人で逃げて! 私は殿を務める!」
女性の足では追いつかれる。私がここで男たちを足止めしなければ、二人は助からない。元より私が狙いだ。私さえ連れて行ければ、こいつらの目標も達成となる。
「そんな……三宮さんを置いてなんてっ」
笹原さんがその場に留まろうする。
「笹原殿! 今は好意に預かる時ですぞ!」
星さんがその手を引いて一緒に逃げてくれた。こういうとき、星さんの良識のなさは助かる。下手に留まられては共倒れになってしまう。
二人の逃げる足音が遠くなり、男たちの足音が近くなる。
「あとはこれをどうにかするだけか」
一人倒して、残り九人。全員が素人だと仮定しても、捨て身で一斉に抑えられたらプロでもどうしようもない。漫画のように一人一発でノセたらいいのだろうけれど、先程のは不意打ちだからできたのであって警戒している相手にそれは叶わない。せいぜい大立ち回りして、相手が臆病風に吹かれて、攻め時を見誤ってくれることを期待しよう。
そこからは必死だった。
打撃を避け、掴まれるのを避け、囲まれるのを避け、打撃を当てていく。中には避けられないものもあった。そういう時は肩や背中で受け止めた。酷い痛みだったが、身体に痣が残ることの方が心配だった。この期に及んで身体の心配をしているとは、我ながら頭がおかしい。
想定通り半数程、減らしたが一人に後ろから羽交い締めされたのを切っ掛けに地面に押さえつけられてしまう。
あとはやった分だけやられ返される。
せっかく生まれ変わったというのに、美の追求はこれで終わりらしい。
ならばいっそ舌を噛み切って死んでやろうか。
そう思って舌を伸ばしかけたところ、私を抑えつけていた男の一人が吹っ飛んだ。それを皮切りに男たちが次々と吹っ飛んでいった。
「大丈夫? さすがに見逃せなかったから助けに来たんだけど」
その声の先にいたのは吾妻さんだった。
後ろには他のアラクネの子たちもいる。
「アレは暴漢ってことでいいっしょ?」
「うん、似たようなもの」
「そっか。じゃ遠慮なくやっちゃっていいか」
吹っ飛んだ男たちは起き上がり、それぞれに怒気を含んだ声をあげる。人を集めてはならない彼らがそれをやるのはデメリットが多い。中身はやはりプロではないようだ。
吾妻さんを始めとするアラクネたちはそれに怯えることなく前へ進んでいく。
「ねえ、ただの人間がアラクネ相手に戦いになるとでも思ってんの?」
人と亜人は争ってはならないという社会的不文律がある。これは人と亜人関わらず、どんなに小さい子供にも徹底して教え込まれるもの。亜人は人と比較にならない能力をもつことから生まれたものだ。
それゆえ亜人はその能力を発揮する環境は制限される。特に人と争うことに至っては、武術家の拳と同様、その能力が兇器とされる。
それが適応されない状況は数少ない。
けれど、存在する。
誰かを護る状況だ。
少しして、私やアラクネの子たちは警察官に逮捕されていく男たちの姿を見送りながら、他の警察官に話を聞かれていた。
私はアラクネという種が蹂躪したという事実を話した。
あの後、男たちの中の一人がは無謀にもアラクネに飛び掛かっていった。アラクネといえども女子供、最初にペースを握れば勢いでどうとでもなると考えたのだろう。その目論見はアラクネが突き出した足一本で崩れ去る。技術も何もないそれだけで男の身体は大きく吹き飛んだのだ。
それを目の当たりにした男たちは、それこそ蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。それもアラクネたちによって捕まり、蜘蛛の糸で縛り付けられていった。
警察が駆けつけたのはそれから間もなく。
そこには神宮寺くんの姿もあった。
「ご無事で何よりです」
「身体中ボロボロで無事じゃないよ」
「失礼。命に別条はなく、後遺症も残らないようです何よりです」
「怒ってるのかい?」
「当然です」
「……そうだね。君の仕事を考えれば勝手に外出して危険な目に遭うなんて私の落ち度だ」
「そういうことではありません。一言も相談していただけなかったことに腹を立てています」
「……今度からそうするよ」
嫌な空気が流れる。
誰の通報で来たのか尋ねたかったのだが、バツが悪く聞きにくい。
そこに聴き取りを終えた吾妻さんがやって来る。その手にはコンビニ袋をぶら下げていた。
「話終わった? てかさ何したらあんな奴らから絡まれる羽目になんのさ」
「ごめんね。ちょっと話せないやつなんだ」
「あーそういう系なやつか。オーケーこれ以上は訊かない」
「そう言って貰えると助かるよ」
「こっちも下手に首突っ込んで親に迷惑かけらんねーってだけだから気にしないで。あ、そだこれ良かったらこれ飲んだり、傷跡冷やしたりして」
コンビニ袋から出てきたのは缶コーヒーだった。そこそこ冷たく、打撲した傷を冷やすにはちょうどよく良かった。
てっきりアルコール類がコンビニ袋から出てくるのではないかとヒヤヒヤしたが、さすがに警察の前でそれをやるほど馬鹿ではないようだった。
そう思った私が馬鹿だった。
神宮寺くんが吾妻さんに「これ買ったの君?」と訊く。
職務質問のトーンだった。
吾妻さんが下手な言い繕いをしてみるも、神宮寺くんは切り捨てるように言う。
「アラクネ及び蜘蛛系亜人は未成年でのコーヒー等カフェイン摂取は法律で禁じられています。知ってるよね? 少し話を聞かせてくれないかな」
こうして吾妻さんはしょっぴかれていった。




