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女装家転生~女装令嬢、お嬢様学校に通う~  作者: 宮比岩斗
9章 赤ら顔は可愛いけれど、度が過ぎると赤提灯

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使い潰しても惜しくない貴重な人材

 そういうものを気にしないタイプと言っても誰にも言わないタイプではなかったらしく次の日には学園中に広がっていた。私と笹原さんはそういう関係ではないと釈明したものの、吾妻さんに「んじゃ昨日のあれはなんだったの?」と問われると、笹原さんが恥ずかしそうに黙り込み、それを見ていた観衆はやはり何かあったと確信してしまう。私の声が原因だと言おうとしたが、笹原さんに口を塞がれるという実力行使で止められた。それがまた何か勘違いを促進させてしまう。


 黄色い声で騒がれるものだから調査どころではなくなってしまい途方に暮れた。笹原さんは申し訳ない顔をしているから原因追求する気も起きない。それに趣味趣向を隠したい気持ちはわからなくはない。


 しかし、こうも周囲に騒がれては調査どころではない。


 信頼できる相手に協力を頼もうとしても奈緒は笹原さんの噂が出てからずっと不機嫌で取りつく島もない。他の友人たちに頼もうにも私の友人は奈緒の友人でもあるため、奈緒の機嫌を直すために奔走しており、私の方に回す分は残されていなかった。


 周囲が騒がしく考えがまとまらないため、一人になって思案するために昨日いた階段の踊り場へ移動した。


 そこで考えていると誰かが階段から登ってきた。


 階段の手すりから覗いて見てみる。


 その人物は私と奈緒の友人ではあるが、誰かの役に立つという殊勝な心持ちをどこかに紛失して届けを出さないまま生きてきた者であった。


「これはこれは百合百合しいと噂の清麗殿ではありませんか。拙者もそのプレイボーイっぷりにあやかりたいですぞ」


 引きこもりエルフであった星さんだった。


「まったくこんな一時の気の迷いみたいなノリで清麗様が決まるなんて我が校の風紀は乱れてますぞ」


 現れたと思ったら言いたいことを言う態度。普通なら咎めたり眉を顰めたりするのだろうが、今の私にとっては渡りに船であった。


「良いところに来てくれた! 色々手伝って!」


 星さんの手を握りしめる。


 今この状況で私と笹原さんの関係に黄色い声をあげない、パソコンで調査もできる稀有な人材。人格に問題はあるかもしれないが、今この状況においては喉から手が出るほど欲しい人材である。ナイフのような性格でも、なーんにも切れないなまくら刀ならそれは愛嬌で済む。


 私のウェルカムな態度に引いた星さんは私の手を振り払って逃げようとするけれど、私はその手を掴んで離さない。最初は余裕綽々だった態度も、焦りが見え始めた。


「拙者の手を掴んでいるところを誰かに見られたら浮名を流していると勘違いされるかもでござるよ……? だから離すでござる」


「今更浮名が増えたところで問題ないよ」


「じゃあ叫ぶでござるよ」


「叫んでみなよ。今度は私と星さんが噂の中心に変わるだけだから。想像してみてよ。ほとんど話したことのない人たちに囲まれて根掘り葉掘り聞かれる様を。もちろん引きこもるのは許さないよ」


 星さんは狼狽えた。


「私のこと、手伝ってくれるよね?」


 星さんは何か言いかけて、それを飲み込み、歯を食いしばる。


「わかったでござる。手伝うからこの手を離すでござる」


「今離したら逃げるでしょ? 笹原さんをここに呼ぶから少し待ってて」


 そう言うと星さんは今度こそ諦めたように廊下に座り込んだ。


 片手で慣れないスマートフォンを操作し、笹原さんを呼び出す。少しして笹原さんがやって来たので「ちょっと写真撮って」と頼んだ。笹原さんは訳がわからないままカメラを構えたので、昨日笹原さんにやってあげたポーズを星さんにもしてあげた。笹原さんはここで合点がいったらしく、ノリノリで写真を撮っていた。


 一通り写真を撮り終えたら、笹原さんが「この人が手伝ってくれる人なの?」と訊いてきた。


「そう。性格に難ありだけど、調査力はあるし、私たちの関係を勘違いしてない稀有な人材だから頼りになると思うよ」


「性格に難がある人が頼りになるのか疑問は残りますが……手伝ってくださるのならば歓迎します」


 そう言って笹原さんは星さんに握手を求める。


「拙者のことを知っててそんなことを言うのでござるか?」


「ええと……わたくしに一票入れてくださった方よね? ごめんなさい、ちゃんと存じ上げていなくて」


「いや、拙者のことはそのまんま知らないままでいてくれた方が嬉しいでござるな」


「え、あ、そうなの? けどお仲間になるのだからお名前を教えてくれてもいいかしら。わたくしは笹原聖子、よろしくね」


 星さんはいつぞやのバドちゃんに心許した時のような目の光が灯る。


「……推せるっ」


 小さくそう呟いた星さんは笹原さんと握手を交わす。


「拙者は星恵でござる。星でも恵でも好きなように呼んでくれて構わないでござるよ」


 それからみんなして踊り場に座り込み、相談を始める。星さんが思ったよりも協力的で、とんとん拍子で話が進んでいく。星さんが早口で専門用語マシマシで、話の半分も理解できなかった。私が理解できた範囲は、星さんが証拠や飲み会を行なっている時間を調べるので、私たちはそれを元に乗り込むという作戦だ。


 そこまでどうにか噛み砕いて理解したけれど、星さんが「こんな面倒な手段踏まずとも」と前置きする。


「清麗様なんだからこっちから伺わなくても、呼び出して話聞けば早いのでは?」


 私と笹原さんは顔を見合わせ、互いに「そんなことができるのか?」という顔をお互いがしていたことに安堵する。


 その様子に呆れた顔を作る星さん。


「お主ら二人ともなんの為に清麗様を目指したでござるか」


 私は「成り行きで」、笹原さんは「みんなの模範になるため」と答える。


「違うだろう!」


 一蹴された。


「圧倒的な権力を笠に、やりたいことをするのが正道でしょうが!」


 普段のござる口調もなくなった強い意志の籠もった言葉だった。それが酷く不穏な内容でなければ感動すら覚えたかもしれない。


 その意志の力は本来受け取るはずのない笹原さんのアンテナに届いてしまう。


「いたく関心しました。なるほどそういう考えもあるのですね。たしかに皆様に気を遣って、何も成さないことこそ期待に応えていないという考え方は筋が通ります」


 本来届くはずがなかったゆえ、ノイズが混じり、不穏な部分がこそぎ落とされたものだけが届く結果になったが。


「ではとりあえず生徒会室に呼び出してみましょう」










 結果から言うと、アラクネの子たちを呼び出すことはできたけども、はぐらかされた。生徒会室まで来る途中に口裏を合わせたのだろう。吾妻さんは私と同じクラスということから率先してはぐらかしに来ていた。向こうもこちらが飲酒の件を探っていることは百も承知で、見逃して欲しいという視線を吾妻さんからマジマジと感じた。


 その場は軽く釘を刺す程度で呼び出した子たちを帰した。


 笹原さんは「あまり効果なかったようですね」と肩を落とした。


「どうするでござるか? これで終いでござる?」


 しばらくは大人しくするだろうけれど、落ち着いた頃にまた飲酒をするだろう。


「たまにでいいから彼女たちの様子見て、怪しそうな行動したら連絡くれない?」


 その提案に星さんはしかめっ面になる。


「それ毎日、なにかあるまでやらされるのはゴメンでござるよ」


 そう言われて、私は彼女たちが警察組織の人間ではなく単なる高校生であることを思い出す。高校生ならばそんな付きっきりで捜査なんてできやしないし、責任感もないだろう。給与も出なれけば、誰かに褒められるわけでもない。高校生に、一ヶ月分の監視カメラの映像を眺め続けろなんてできる訳がない。警察官は問答無用でやらされるが。


「……気が向いた時でいいよ?」


「……拙者だからホントに気が向いた時にしかやらないでござるが、一般生徒にとって清麗様のそれは命令だから絶対に言わない方がいいでござるよ」


 なんということだろうか星さんに諭されてしまった。笹原さんも指でばつ印を作っているし、本当のことなのだろう。圧倒的な権力を笠に、とか言っていた輩に諭されるのはなかなか落ち込んでしまいそうになった。

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