バンドマンという偏見の塊
笹原さんに引きずられるように校長室へ連れられてきた私を待っていたのは、校長室の壁に背を向けて並ぶ各学年の教師陣と一人だけ席につく校長先生だった。その勢揃いぶりは只事でないことを察するには明らか過ぎた。
「これは一体何事でしょうか」
ただならぬ雰囲気に締まりのある声が出る。普段は女声で発声していたので、男に近いハスキーな声になった。隣で笹原さんが私を見てくる。そんな声を出せたのかとでも言いたげだった。
問いかけに答えたのは校長だった。男だと知る校長は緊張をほぐすようにゆっくりと話し始める。
「本日の始業式で登校しているにも関わらず出席しなかった人が多数いました。ただのサボりなら注意する程度で特に問題視などはしなかったのですが、それが特定種族の子だけであり、どの子も二日酔いの症状がありました。集団飲酒の疑惑があります。貴女たちにはそれの調査をお願いしたいのです」
吾妻さん、つまりはアラクネのことを指しているのだろう。偏見だがバンドマン関係の子たちは風紀が荒れがちというものがある。大体は年上のバンドマンに飲酒を勧められるまま飲んだり、抱かれがちだ。
「貴女たちを、ということは笹原さんと一緒に調査を行うということですか?」
「そうね、清麗様になったとはいえ、学園のことなら生徒会長だった人と一緒に行動してもらった方がやりやすいでしょう。それに私たちが直接調査をするよりも同じ生徒同士でなければ聞けないこともあるでしょう」
調査を命じられたが私には一つ懸念があった。
「もし、本当に飲酒をしていたらどうするおつもりですか?」
吾妻さんは良い人だ。ファッションデザイナーになるという夢に向かって頑張っている。卒業まであと半年も切ったのだから、ここで退学や警察沙汰になるようなことは避けたい。
校長は困ったように頬に手を当てる。
「マスメディアの方には叩かれるのでオフレコでお願いしますね」
最近しつこい西野さんには言うなと釘を刺した上で続ける。
「将来に関わるので飲酒だけならば学院内で収めるつもりです。もしそこから傷害だったり、妊娠した事実があることが判明したならば適宜対処しなければならないとは考えていますよ」
「わかりました。二人で協力して調査しようと思います」
校長は微笑み、周りの教師陣もホッと胸を撫で下ろしたような顔になる。
私と笹原さんは校長室から退室する。出たところで笹原さんは生徒会長時代は見られなかった険の取れた笑顔で背中をバンバン叩いてくる。
「さっきの声なんなんですの。良い声で驚きましたわ」
もう一回あの声で話してみてください、とせがまれる。何回もせがまれる。これでもかというくらいせがまれる。必死なくらいにせがまれる。やってくれないと協力しないとか言い出したので仕方なく一度だけ応じることにした。
咳払いをして声色を整えつつ、なんて言うかを考える。こういう時、なんて言うか悩む。外国語を話せる人に外国語話してみてよと頼んだらなんて話すか悩むのによく似ている。そう思っていたら、笹原さんに「貴女は私だけを見ていればいいんです」と壁ドンなるものをしながら言って欲しいとオーダーしてきた。なかなか語気強めな要望だった。
周りに聞かれても困るので、人気の少ない場所へ――屋上へ続く階段の踊り場へ移動した。
そこで要望通り、笹原さんを壁際に追いやり、彼女の耳元で、男性に近い声色で言った。
言い終わって、気恥ずかしさが込み上げ、これで良かったのかと不安になる。
しかし、笹原さんは大満足だったようだった。笑みが溢れるのを我慢しているらしく、背筋に冷たいものを感じる笑い方になっていた。失礼を承知で言うと気色の悪い笑い方だった。私の声のどこに、彼女がそこまで面白味を感じるのか不明であった。私が見た目を重んずるように彼女は声を重視しているのだろう。感性は人それぞれではあるものの、やはり怖いものは怖い。
笹原さんが落ち着くのを待とうと思っていると階段の方から音がした。
吾妻さんだった。
吾妻さんは私と視線が合うと、すぐに逸らして、体の前で両手を振る。
「あーいや、踊り場で休もうとしたらさ二人いて……なんか大事なこと言ってるっぽいし……あ、わたしはそういうの気にしないタイプだから……なに言ってんだろ。あーえーまた明日!」
蜘蛛の子を散らすように階段を駆け降りていく吾妻さん。
さすが蜘蛛なだけあって階段を降りるの早いなぁと現実逃避しつつ、話が拗れそうだなぁと私の真面目な部分が頭を抱えていた。




