初代様と一緒
熱射と汗にまみれながらの焼きそば作りは、夕方になって海水浴客も捌けてきた頃、久子お姉様が「そろそろ上がりな」という宣言で終わりを告げた。
店仕舞いをし、店内は私と奈緒、久子お姉様の三人きりになる。奈緒は清々したようにエプロンを脱ぎ捨て、バイト代を受け取る。続けて私もバイト代を受け取ろうとしたのだか、ヒョイも封筒を持ち上げられて、その手は空を切った。
「ちょいとサシで話をしようじゃないか。なに悪いようにはしないさ」
ニヤリと笑う久子お姉様。
そんな久子お姉様に嫌悪感を、今日一日でそれこそ嫌というぐらい埋め込まれた奈緒は嫌悪感がついて出る。
「お嬢様、先々代だろうが何だろうが付き合うことはありません。バイトもこなしてグランマの顔も立てました。帰りましょう」
その嫌悪感が込められた言葉も久子お姉様とってはそよ風同然らしく、気持ちよく笑って受け流された。と思っていたら笑い声のままとんでもないことを口走る。
「野郎のくせにお嬢様呼ばわりされても涼しい顔をするたぁ太い野郎だね」
確信を持った発言。これはどんなに言い繕うとも意味はないだろう。けれど奈緒はそれを認めるわけにはいかないのか徹底抗戦の構えを示す。
「こんなに綺麗な方が男なわけないでしょう。老眼入ってそれすらわからなくなったみたいですね」
「小娘、弱った時にあんまり騒ぐもんじゃないよ。それが通じるのは格下だけだからね」
このままやり合っても時間を無為に消費するだけなのは目に見えていた。見えていないのは奈緒だけだった。
「奈緒、二人きりにしてもらえるかな」
「ですが!」
引き下がる奈緒に久子お姉様がため息をつく。
「小娘、野郎だってことを言った段階でもう付き人風情が何とかできる事態は終わってんだよ。さっさと出ていきな」
「先々代の言う通りだよ。二人にしてくれないか」
私が言ったのが効いたのか、奈緒は一礼して無言のまま出ていった。
出ていったのを見届けた久子お姉様がタバコに火をつける。
「ちゃんと躾けな。主なんだろ」
「普段はちゃんとしているのですが」
「尚更駄目じゃないか。自分の感情をコントロールできてない証拠だね」
「耳が痛いですね」
「ま、そんなことはどうでもいいんだよ」
「私が男だったことですか?」
久子お姉様はタバコの煙を吐いて、少しだけ考える。
「結果的に関係はあるね。間接的だけど」
間を置く。
「あの子、今はグランマとか呼ばれてるんだっけ。グランマには伝えなかった初代様系譜の清麗様には代々伝わる秘密があんだよ。今日呼び出したのはそれをアンタに伝えるためさ」
「どうしてグランマには教えなかったのですか?」
「そんなの決まってるだろ。あの子、良い子だったから醜聞みたいな秘密は墓場まで持ってくに決まってるからね。そうでなくとも次の候補者を決めるのですら何十年と掛かったのに。おかげで言い伝える前に墓に入るとこだったよ」
そう言いつつ「煙草は良くないからアンタは吸うのよしときな」と警告されたものの警告した本人にその気は一切ないようだった。禁煙を勧めたところで、禁煙何十回と成功させてるプロとか言って煙に巻かれそうだった。
「その秘密というのは知らなきゃならないことなのですか?」
「いんや、全然。ただ、絶対に教えてやるけどね」
「まずはグランマに教えてくださいよ」
「ワタシかあの子のどちらかがガキこさえてたら、その子を清麗に仕立てあげて教えてやってもよかったんだけど、生憎二人とも独り身でアンタしか伝えられそうな奴がいないんだよ」
「……伝える理由としては自分と同じ苦しみを味わって欲しいからとか言わないですよね」
「ワタシだけなんてちっちゃいスケールじゃないさ。初代様の系譜全員が味わったものをアンタも味わえって言ってるだけさ」
「スケールが違うだけで、言ってることは同じですね」
「なあに、そのスケールのデカさも引き継ぐと思えばいいさ。清麗様ってのは皆の期待を背負う存在なんだから。それにアンタにとっちゃ他人事じゃないだろうしね」
そこで勘づく。
「まさか私と同じ秘密を持っているとか言わないでしょうね」
久子お姉様は目を丸くしたのち、大きく笑った。
「残念ながらその通りさ。初代様はアンタと同じく股間に立派なものを持ってたみたいだね」
そりゃそんな醜聞を初代様は女性だと信じていた清麗様が知ったら、初代様の系譜を断ち切りたくもなる。初代様と同じく清麗様となってしまった私にとっては、今ある罪悪感は薄らぐものの、この悪習を絶対に無くさねばならぬと決意したくなった。
「ま、アンタにとってはそんな悪いもんじゃないさ。初代様は将来、同じく女装して入学する野郎が出た時のために心砕いてたからね。男子が入学したら初代様の系譜が力を貸すようにも言い伝えられてる。だからアンタももし何かあったらそれを頼りな。もはや初代様の系譜は棺桶に片足突っ込んでるババアばかりだけど、ババアのコネはなかなか馬鹿にできないからね」
そう言ってゲラゲラと笑う久子お姉様は、清麗様が持つべきだという品はなかったものの、この人の言う事ならば仕方ないと思えてしまえる愛嬌があった。




