イジりがいがあるタイプ
青い海、白い砂浜、雲一つなく晴れ渡る空、灼熱の太陽、それに負けじと熱を帯びる鉄板、焦げるソースの香り、そこは海水浴客で賑わう海の家だった。
私はそこで何故か大量の焼きそばを作っていた。
「焼きそば二つ追加!」
奈緒が注文を大きな声で読み上げる。
何故こうなったかというと、奥でゆっくりタバコをふかすシルバーグレイな女性のせいだった。
グランマから先々代清麗様との待ち合わせ場所に指定された場所は、明華女学院から車で三十分ほど走ったところにある海水浴場だった。
地方は車社会ゆえ、例に漏れず私たちも車で海水浴場へ向かった。セダンタイプの車内、私と奈緒は後部座席、運転手に神宮寺くん、助手席には密着取材の西野さんが乗っていた。西野さんとは元の部署に戻るためになんらかのスクープを手に入れなければならない社内政治に巻き込まれた可哀想な人だ。政治部にでもいたのか海へ行くのにも関わらず比較的フォーマルな格好で、いかにも仕事ができそうな雰囲気を漂わせていた。その雰囲気は雰囲気だけ……とは言わないが少なくとも何もないところで転びかけたり、カメラや携帯電話の充電を忘れるなどお茶目な点を多くお披露目してくれた。そこまでお茶目だと、わざとらしくもあり、素人を対象にしたドッキリ番組かなにかではないかと勘ぐってしまう。
しかし、ドッキリ開示はないまま、西野さんは道中、雑談がてら色々とインタビューをしてくれた。
話術自体はそれなりにあり、緊張をほぐすような冗談も言ってくれて車内は和やかな雰囲気だった。
到着間際に、インタビュー中ずっとつけていたはずのボイスレコーダーの充電が途中で切れていたことに気づいた時は一番の悲鳴と笑いが車内に響いた。
「なんて言ってたっけ……」
海に到着してから西野さんはメモ帳片手に、道中での会話を思い出しながら要点を必死に書き出していた。ちらりと中身を覗いてみたら、どうやら記憶力は芳しくないらしかった。折角サービスして、今も続けているお悩み相談がじつは転校初日から受けていたみたいなエピソードトークを作ったのに、書き出してくれていなかった。これには温和な私も多少プンスカしてしまう。
到着した先々代に連絡を入れると、海の家へ来るように連絡を受ける。言われた通り、近くに見える海の家へ向かった。そこにはサングラスをかけて煙草をふかしたシルバーグレイなご高齢な女性がいた。
女性は私たちに気づくと立ち上がり、サングラスを上げる。
「待ってたよ。ワタシがアンタの先々代清麗さ。学生っぽいアンタら二人はエプロン来てキッチンで焼きそば作りな。大人二人は夜、コイツらを迎えに来な」
女性はそう言うと私と奈緒の首根っこを掴んで、店内に連れていく。
奈緒が不良学生の件を解決するために来たのだと抗議するも、先々代は気持ちいいぐらいに笑い飛ばす。
「あんな育ちの良い学校で分かりやすく悪さする奴なんているわけないだろ。あれは嘘さ。バイト代は弾むから今日は黙ってバイトしな」
渡されたエプロンをつけながら、私は先々代に名前を尋ねる。
「東雲久子。恭しく久子お姉様と呼びな後輩ども」
ロックなのかパンクなのか、アナーキーなのか分からないが、清く正しく美しい矮小な世界に生きていた私にとって、年齢だけで上下関係を決められたのは警察学校以来のことだった。
「久子お姉様、焼きそばのレシピなどはありますか?」
だからか、昔に戻った気がしてちょっぴりワクワクしてしまった。
「やっぱ今代は呼ぶな。そういう奴に呼ばせても楽しくない」
久子お姉様は、私を清麗様だと認めていないのかお姉様と呼ぶのを禁じた。その代わり、奈緒はいたく気に入ったのか、お姉様と呼ぶのを嫌がる奈緒を構い倒していた。
奈緒に「気に入られて良かったね」と言うと、「たしかに気に入られてはいますね。悪意からくる気に入られ方ですけど」と青筋を立てては、ナンパしてくる客にガンを飛ばしていた。




