夏休みはどこへ消えた
清麗様となったからには今までの生活から一変すると考えてた。
実際はそんなことはなく、変化は思っていたよりなだらかなものだった。。
全校生徒からすれ違う度に挨拶されることぐらいが大きな変化だった。終業式などで挨拶をする機会もできた。あとは色んな生徒から悩み相談を持ち掛けられるようになった。つまり清麗様に推薦されていた時とあまり変化はなかった。
裏を返せば最初から板についている清麗様の振る舞いに、奈緒は鼻高々といったようだった。
そんな調子で一学期を終えて、ついに夏休みを迎えた。
明華女学院の夏休みは一部のアスリート組以外は学校に来ない。つまりはお悩み相談の日々から解放されるということだ。一ヶ月の余暇をどう使おうか考えるとワクワクしてしまう。
夏休みというものはやはりそれだけで心躍るものだ。誰にも邪魔をされず、自分の時間の使い方を考えられるのは良いものだ。大人になると一ヶ月という余暇は、仕事を辞めるか、老後にならないと得ることができない。前世の私は、学生の身分の時は小中高と続けてきたスポーツから足を洗えないままズルズル夏休みを消費し、大人になってからも仕事で忙しく老後の楽しみと自分に言い聞かせて我慢し、老後に辿り着く前にこちら側の世界に旅立ってしまった。
今度の人生はきちんと人生を謳歌しようと思い直し、無いものと同じだった夏休みは、きちんと計画を立てて過ごした。自由研究だって、昔は何をやるべきかわからずそれっぽいものを仕上げていたが、今生では一ヶ月規模かかる工作や研究に精を出した。大人になってからの方が自由研究は楽しいというのは発見だった。どう作るべきかわかっているからこそ、何を作ろうか悩むのを楽しめるだなと思い知らされた。
今年の自主的自由研究を何にしようか自室で悩んでいたのだが、清麗様というのはそんな甘いものではなかったようだ。
チャイムの音が飛び込んでくる。
鏡で女装姿が問題ないことを確認してから、扉を開ける。奈緒ぐらいしか尋ねてこないと思って確認を取らずに開けて、驚いた。
そこにいたのはグランマだったからだ。
「何かありましたか?」
用事を受けていた訳でもないし、清麗様になったことへの祝いの言葉は受け取り済み。
そうなるとなんだろうか。
また星さん絡みだろうか。
「ちょっと断れない筋から頼みがあったの。ちょっと部屋の中で話せるかしら?」
部屋に上がってもらい、お茶を出す。
グランマはお茶にお褒めの言葉を渡してから、用件について話し始めた。
「初代様の系譜、オレを指名した先代清麗様、つまりは三宮さんの先々代の清麗様ね。その人から三宮さんご指名でお願いがあったの」
「そんな方が私に?」
面識はないが、直系にあたる後輩ならば顔を見たいだとか、無茶振りして可愛がりたいとかそこら辺だろうか。
「不良生徒が海にくるからそれをどうにかして欲しいって」
「なるほど。生徒がご迷惑おかけしているならばたしかに私の仕事でしょうね」
「まあ、ようやくオレの後継者が現れたから、それを口実に会っておきたいだけだと思うわ」
グランマは「身構えないでいいと思うわぁ」と口にしたが、その言葉とは逆の意味をその遠い目が語っていた。




