カワイイは正義
学生寮へ連れて来るにあたり、グランマに許可を貰いにいった。グランマはバドちゃんの伸びきった髪やサイズの合っていない服を一目見て、すぐに事情を察してくれた。何かを訊く前に、たまたま近くにいた元引きこもりエルフの星さんを捕まえて、バドちゃんと一緒に風呂に入ってこいと有無を言わさず星さんの自室にあるシャワールームに放り込んだ。
グランマはそれから詳しい事情を尋ねてきた。
とは言ってもバドちゃんの詳しい事情は知らない。だから、彼女と出会った経緯を話すしかなかった。人がいなくて保護できずに終わった警察には怒り心頭といった様子だった。
そんな調子だったので、バドちゃんを一日寮で預かることに関して許可を貰うのは容易だった。むしろ、進んで保護しようと言い出しそうだった。
だから、こんな提案もしてみた。
「バドちゃんのこと代わりに預かってくれませんか?」
言い出しっぺゆえ、私自ら預かるのが筋だ。ただ、子供を預かるのならば大人の方が適任だろう。グランマならば子供を相手にするやり方もわかっていそうだ。私は子供は好きだが、子供への対応の仕方がわからない。生涯独身を貫いたゆえ親戚の子供を猫可愛がりする以外に接し方がわからない。
「いいわよ。今日は久しぶりに腕によりをかけちゃおうかしら」
グランマが腕まくりしていると、談話室に風呂上がりの星さんとバドちゃんが帰ってきた。カラスの行水みたいに早い戻りであった。髪をタオルドライだけはした星さんがタオルドライもせずに逃げ出したバドちゃんを追いかけていた。星さんの大きなTシャツ一枚を着ただけの小さな逃亡者は、ポタポタと雫が落ちる髪を振り回し、椅子に座る私の足元に頭を預ける形で飛びついてきた。
制服が濡れて太ももが冷たくなってきたが、その慌てた様子を見て、指摘するよりも先に事情を聞くべきだと感じた。
「どうしたの? このエルフのお姉ちゃんが何か嫌なことでもした?」
バドちゃんに尋ねるも星さんが慌てた様子で「待つでござる! 拙者はただ頭を拭いてあげようとしただけでござる!」とタオルを見せてきた。そのタオルを受け取り、検分するもなんの変哲もないタオルだった。あえて言うならば、優男なアニメのキャラクターが描かれていることぐらいだろうか。
「このキャラクターが嫌だった?」
そう言ってバドちゃんの顔の前にタオルを差し出した。
するとバドちゃんはそれを見るなり、顔を強張らせ、体を震わせ始めた。私の太ももに足を埋めて頭を隠すように抱えた。それは回避行動であった。タオルがトラウマを刺激する起因となり、それを引き起こしたのだ。
私はタオルを星さんに返し、バドちゃんに「大丈夫だよ」、「ここにはバドちゃん傷付ける人はいないよ」と繰り返し伝えた。少しして落ち着いたバドちゃんは、自分で拭くなら大丈夫だからとタオルに手を伸ばした。
バドちゃんが頭をタオルで拭く様子を不安げに見守る私とグランマ。そんな空気を読まずに発言するのは、やはり星さんであった。
「ほれ見たことか! 拙者は悪くなかった!」
健気に頑張るバドの前で、胸を張り、腰に手を当て、強く言い放つ彼女に私は自然と呆れの感情が湧き出ていた。
「いや、今それ言うことかい?」
「言わせてもらう! いつも拙者を悪者にするのはやめるでござる!」
「身から出た錆でしょ」
「最近は更生して比較的まともになったでござろう!」
「それは認めるよ。でもそれはそれ、これはこれ。バドちゃんが頑張ってる時に言うことじゃないでしょ」
「ひどい! 拙者はそんなに優しくされたことない! その優しさを拙者にも分けて!」
私は何も返せず、グランマは頭を抱えた。
唯一、バドちゃんだけ気の毒に思ったのか、星さんの頭を「いい子いい子」と撫でた。
それにいたく感激した星さんはバドちゃんを力強く抱擁して「この子うちの子にする!」と言い出した。
「世界中が拙者に厳しいのにこの子だけが拙者に優しくしてくれる!」
「自業自得。それにこの子は明日には保護してもらう予定だからね」
「誰に?」
「警察に」
星さんはニシシと口角を上げると、何かの特撮ヒーローを真似たような決めポーズをする。
「拙者にお任せあれ。この子が抱える事情を調べ上げ、より良き未来を描けるよう尽力するでござる」
そのえらい自信の持ち方の出処を尋ねてみた。
すると小馬鹿にした態度で「三宮殿に言ってもわからないでござるよ。なんたってゲームをピコピコなんて呼ぶ人でござるからな。時代はネットでござるよ」と肩を竦めた。
要するにアイティーとかデジタルとかそういうもので調べるらしい。馬鹿にされたことよりも、今はなんでも調べれば出る時代なのだなと知れたことに関心してしまった。
これは私も一念発起してパソコンを学ぶべきだろうか。
「うん、私にはわからないけど、バドちゃんの力になれるなら頑張って欲しい」
激励の言葉が意外だったのか、星さんは目をまん丸にする。
「絶対に怒られると思ってたから逆に困るでござる……」
「いや、そこは頑張ってよ」
星さんはバドちゃんをもう一度抱擁し、気力を補充してから部屋に戻っていった。
それと入れ違いに奈緒が談話室に入ってきた。そこでバドちゃんの姿を見つける。するとどうだろうか普段はツンケンとした態度の奈緒が、柔らかい笑みを浮かべたではないか。これは実家にいた頃はよく見た顔であった。年下の見習いメイドに対しては優しい態度で接していた。奈緒は弱きを助け強きを挫く女性だ。ゆえに私にはその笑みを向けられたことはない。少し寂しい。
「お嬢様、この子は?」
「事情があって預かることになったんだ。神宮寺さんの本職関係でね」
「事情は理解しました。……ノブレスオブリージュの精神は尊いと思いますが、ご自身のお立場を考えて、預かることになった時点で自分に一報入れていただけると非常に助かります」
その顔は笑顔を保ったままだったが、柔らかい雰囲気は無くなっていた。
「すまない。白鳥さんがその場に同席して騒ぐものだからすっかり忘れていたよ」
「白鳥が一緒にいたなら仕方ないですね。ところでその子は本日寮で預かるのですか?」
そう奈緒が尋ねるとグランマが奈緒にお茶を出して答える。
「オレが預かるつもりよ。あなたたちは明日も学校でしょ」
「そうですね。それがいいですね。よろしくお願いします」
奈緒の同意も得られ、あとは預けるだけとなった。と思いきや、そこで待ったの声がかかった。その声の持ち主は預けられる本人であるバドちゃんのものだった。
「やだ」
私も含め、みんなの視線がバドちゃんに注がれる。それから逃れるように私が座る椅子の影に隠れた。
「泊まるならこの人の部屋がいい」
信頼を寄せてくれるのは非常にありがたいが、正直困る。部屋に泊めるということは男だとバレる可能性が今までよりも高くなってしまう。
「バドちゃん? 私じゃなくてこのおばさんの方がちゃんとお世話してくれるよ」
それでもバドちゃんは「やだ」を繰り返し、受け入れてくれなかった。その結果「これは三宮さんが預かるしかないわね」とグランマが根負けした。
「でも、お姉さんは明日学校があるから、明日の朝から夕方まではおばさんと一緒にいるけど大丈夫?」
バドちゃんは無言で、悩んだのち、こくりと同意を示した。
「じゃ、バドちゃんのお布団持ってくるわ」
グランマはパンと手を叩くと備え付けの布団を取りに向かった。
決まったことに抗議しても仕方ないと諦め、どうにか男だとバレないように一夜過ごそうと覚悟した。
「お嬢様、後程部屋に伺わせていただきます」
奈緒がそう言ってくれたので男だとバレないためにフォローしてくれるのだと思った。
「バドちゃんを愛でるために」
そういったことはなく純粋に可愛がるためだけのつもりだった。




