手のひらは回るもの
十数年の歳月が流れ、高校二年の冬になっていた。
あれから弛まず自己研鑽を続け、美しさに磨きをかけていた。幼稚園の時、フランス人形のようだと言われた素材は成長するごとに両親の二つの特徴が色濃く発現した。
一つは母譲りの恐ろしさすらある綺麗さ。これは切れ長の目を始めとするキツいと揶揄されるパーツが奇跡的なバランスで調和が取れていることを指す。砕けた言い方をするならばクールビューティーに含まれる。
もう一つは父の金髪だ。より正確に表現すると父方の先祖の血が強く出た形となる。私の頭髪はプラチナブロンドと呼ばれる黄色がかった銀白色だ。この色は大人になるにつれて金色に近づくと言われているが、私は幼い頃からこの色から変化がなかった。父によると稀にそういう人がいるらしく、父方の古い先祖にも同じ髪色を保ち続けた人がいたと聞いた。
私の容姿はその二つが組み合わさり、女顔寄りの中性的な美男子へと変貌を遂げていた。「男は短髪にするべき」という父の意見を退け、肩にかかる程度ではあるが毛先遊べる程度の長さも手に入れた。ただし普段は髪をまとめるルールも作られ、美を追求する上でオシャレができないのが厄介であった。
つまりは女装を大っぴらに行うことは未だにできないままということだ。
また、同じく高校二年生となり、メイド業も板についた奈緒についてだが、二つの意味で想像以上だった。
シルキーという名前にそぐわない座敷童な容姿は、正統進化を続け、濡鴉のような艷やかな長い黒髪、猫のようにパッチリとした目、細身であるが鍛えられて隙のない肉体。その肉体は、私の理想に近く、まさしく垂涎ものだった。
惜しむらくは、彼女が自身に興味がないということだ。シルキーという種族は奉仕するという行為を大事にする種族だ。ゆえに身だしなみは、見苦しくなければいいという価値観を持つ。つまりは最低限できてればいい。ゆえに美を追求するという私の願いに理解を示してはくれなかった。ついでに女装も理解できないようだった。ただ、女装を親に告げ口するような真似をしなかったことには感謝している。
彼女が持つ美貌も、私が幼い頃からケアをし続けて作った芸術作品だ。ただし、目を離すとスキンケアを怠るわ、油物ばかり接種するわで、これで何回彼女と喧嘩したかはわからない。
そんな私達は小中と同じ学校に通い、高校からは私が男子校に通い始めたので学校は異なっていた。けれど大学は、我が家である三宮家の意向により、同じところに通うものだと思っていた。
そう、同じ学校に通うのは、大学生になってからの話だと考えていたのだ。
高校二年生の冬休み、年末のことだ。
世間の雰囲気は、クリスマスから一気に年末へと変わり、街は慌ただしくも楽しげな雰囲気に溢れていた。
父から応接間に呼ばれ、向かうとそこには父と奈緒、あとはもう一人見慣れないくたびれたスーツの男性がいた。父によると彼は刑事らしい。刑事という職に親近感を覚えて色々話を聞きたいと思ったが、わざわざこの場に刑事がいるということは何かあったのだろうと思い、自制する。
父は私の名を呼ぶ。
はい、と返事をし、父が言うことを待った。
しかし、父は苦虫を噛み潰したようにしかめっ面をするばかりで何も言い出さない。
すると刑事さんが「代わりに言いますよ」と助け舟を出し、父は「頼む」とそれに乗った。
「単刀直入に言いますが、三宮家の御子息には安全上の都合、転校してもらいます」
どうしてですか、と机から身を乗り出す。
それは理由を問うものではなく、何故自分が理不尽な目に遭わなければならないという意思の発露であった。
理由は想像よりも逼迫していた。
資産家である父の生業は、会社経営である。それもコングロマリット企業の経営だ。M&Aによって、新規事業の参入をしていく形態で事業展開を行っていた。これは古き良き日本の経営戦略、もとい業界内で既得権益を分け合っている日本の風習に真っ向から喧嘩を売っていたのだ。また、父は帰化したとはいえ、どこからどう見ても外国人というのも、そういった人たちに不快感を与えたのだろう。そこで出た案が、私に害を与え、圧力をかけるというもの。
異なる世界の日本とはいえ、尊王攘夷運動からまったく成長していない精神性に頭を抱えてしまいそうになる。
だからといって、高校で誼を結んだ友と離れ離れになっていい訳がない。
高校最後の年を、青春で彩るのだ。
そう内心で決意をしたところに奈緒が耳打ちをする。
「悪い話じゃありませんよ」
奈緒はそのまま刑事さんにアイコンタクトを送る。
刑事さんは鞄からパンフレットを取り出す。
それは明華女学院高等学校のものだった。
「君には女装をしてもらい、この学校に通ってもらうことになる。男の君が女装なんてと思うかもしれないが――」
「安全上の都合ならば仕方ないですね」
手のひらとは返すものなのである。
女装しても問題がない一年間を過ごすためならば、たとえ火の中水の中、女子校の中だ。
『プロローグ』はこれにて終了です。
明日からは1章『美しい肌は適切な睡眠時間から』です
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