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女装家転生~女装令嬢、お嬢様学校に通う~  作者: 宮比岩斗
6章 目的と手段は逆になりがち

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運転免許証という汎用性の塊

 長い人生において、予期しない事態というのは往々にしてある。私の場合、死後ですら閻魔大王との邂逅ということがあったのだから、生きているうちに起きることは往々にしてあるべきものだと受け入れるようにしていた。


 ただし、事態を受け入れたとして私個人の力でやれることには限界があるのも事実だ。


 私の足元には一人の子供がいた。


 サイズが合っていないボロボロの服を着た子供だ。


 その子が私の足に抱きついて離れないのだ。


 こうなってしまった経緯は朝まで遡る。










 六月末、清麗様を決める選挙が近づいてきた。奈緒は票集めに慌ただしく働いていた。笹原さんも不利な状況を覆そうと精力的に活動していた。他の生徒は「どっちが清麗様に相応しいと思う?」なんて話が日常的に出るぐらい学院内は選挙一色となっていた。


 八割の支持を集めるのが必須条件となるが、私も笹原さんもその指示率には未だ届いていない。私は五割、笹原さんは二割、残り三割は浮動票だったり投票する気がなかったりする層だ。


 その三割を奪い合いするのが今回の選挙のキモとなる。


 これは過去の選挙においては良くある形らしい。一番接戦だった選挙の時は、互いに五割ずつ支持を貰っており、互いに票の食い合いをしたらしい。結果としてダーティな手を余さず使う展開となり、それに嫌気をさし、清麗様に相応しくないと思われて、どちらも支持を失っていったらしい。


 私は思う。


 奈緒の気が済むまでやればいいと。


 清麗様になってどうしたいとかがない私は奈緒から仕事を振られるまで自由時間となっている。ただ学院内にいると清麗様候補という視線があちこちから飛んできて気が休まらない。なので最近はもっぱら放課後は白鳥さんと学院近くの喫茶店でお茶をしている。


「ぶっちゃけ、清麗様を目指す理由ってなんなのさ」


 白鳥さんが訊いてくる。


「それは奈緒に訊いて欲しいな。私は目指してないから」


「奈緒っちはウチが訊くとぷんぷんしちゃうからなー」


「笹原さんなら答えてくれそうだけど」


「セートカイチョーはお堅いからなぁ。みなさんの模範になるためです、とか普通に言いそう」


「たしかに言うかも。でもそのためにわざわざ推薦人を探して色々動くのは尊敬する。私はそういうのできないから」


 前世で署長になった時も周りが盛り立ててくれて、気づいたらその地位まで上り詰めていた。だから私が望んで手に入れたものは生涯を通じて化粧技術ぐらいしかない。


 その化粧技術も偉くなるにつれ、カミングアウトができなくなってしまった。昭和という時代柄、女装家もオカマも同性愛者も細かいニュアンスの違いを気にせず一緒くたにされた。だから、私を慕ってくれる人々の期待を裏切ることができずに、ひた隠しにしていた。


「あーたしかにソンケーする。あんな面倒臭そうなこと喜んでやるなんて奉仕精神どころか奉仕根性だよ、あんなの。ど根性が持て囃されるのは昭和までだし。時代は令和やぞ」


 甘そうなコーヒーを流し、白鳥さんは続ける。


「でもこの調子だと、美月っちも根性見せることになりそうだしね」


「笹原さんの手腕に期待かな」


 そんな会話をした帰り道。白鳥さんが近くの公園に車で迎えに来てもらうというので、その公園で二人しておしゃべりして待っていた。


 そこにこの上品な街並みにそぐわない一人の子が現れた。


 サイズの合わないボロボロの衣服を着た子だった。浮浪児かとも思ったが、靴だけは新しかったり、髪が好き放題に伸びきっている割には痛んでいなかったり、アンバランスな格好をしていた。


 放置児だろうか。


 小学校低学年。給食が命綱と思われるぐらいに手足が細い。栄養不足で成長が妨げられているのだろう。


 現役時代なら声がけをしていただろう。しかし、今の私は女子高生という立場である。あまり目立つことをするのは得策ではないだろう。


 そう思っていたのだが、そんな自己保身な考えはすぐに打ち砕かれた。


「へいへい、君お腹減ってない?」


 白鳥さんが放置児に声がけしていた。


 放置児はまさか声をかけられるとは思っていなかったのか狼狽えて、周りに助けを求めるように視線を投げてくる。周囲にいた大人はそれを受け取り拒否し、残った一つが私の元に届いた。同じ制服ゆえすぐに飛んでくるものだと思ったが、同類だったらどうしようと思ったのか最後の手段扱いだった。


「白鳥さん、その子いきなりのことで驚いてるよ」


「え、嘘、めっちゃフレンドリーに話しかけたつもりなのに」


「フレンドリー過ぎて怪しい」


「まじか。ま、いいや。これ食べる?」


 白鳥さんがカバンから菓子パンを取り出して、放置児に差し出す。


 放置児は私の顔を伺う。食べていいのか確かめたいのだろう。別に私の許しを得る必要はないのだが「食べていいよ」と許可を出した。すると放置児は顔を明るくして、菓子パンを受け取り、無我夢中で食べ始めた。


 食べ終わった後、白鳥さんがその子を質問攻めにした。


 それで判明したことは、一週間親が自宅に帰ってきておらず、お金も食べ物も尽きて、何か食べるものを探すために外を彷徨っていたとのことだ。


「ねえ、この子このまま帰しちゃ駄目じゃない?」


 白鳥さんが言うことはごもっともである。


 このままこの子を帰しても親が帰ってくる可能性は低い。


 しかし、犬猫ではないのだ。簡単に家に連れ帰ることはできない。寮生活を送っている私は尚更である。


 私が悩んでいると、その子は申し訳なさそうに言う。


「……別にこのまま帰るから大丈夫だよ」


 そのまま帰ろうとする放置児を呼び止める。


「一緒に来ればお腹減らさなくて済むけど一緒に来ない?」


 そのように誘ったら放置児は何か怪しむ様子で私を見てくる。


「美月っち、めっちゃ不審者っぽい誘い方すんね」


 白鳥さんがワハハと笑うと放置児もつられて笑った。


 笑いの出汁にされた私は前世で最強の身分証明だった警察手帳のありがたさを噛み締める羽目になってしまった。

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