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女装家転生~女装令嬢、お嬢様学校に通う~  作者: 宮比岩斗
5章 恋は人を美しくする

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やっぱり男って単純

「他にも良い報告と悪い報告があるの」


 顔が好みだから連絡先を聞いたのだと伝えたあと、笹原さんとカナちゃんにそう言った。カナちゃんは「顔で負けてるのにまだ悪い報告あるのかぁ……」と意気消沈してしまった。


 比較対象とされてしまった笹原さんは気まずそうに「良い報告からお願いするわ」と会話を続けようとする。


「カナさんが気にしていたケンタウロスの身体については気にしてないみたい」


 それを聞いたカナちゃんは安堵する。「それが大丈夫なら悪い報告もそんなに悪いものじゃないはず」と自分に言い聞かせて、悪い方を催促する。


「カナさんと将来結婚したら肉が食べられなさそうって言ってた」


 カナちゃんは肩を落とす。


「たしかにケンタウロスは基本的に草食ですし、決して食べられない訳ではないけど肉の味とか匂いは苦手です。でも肉を食べるのってそんなに大切ですか……?」


 笹原さんがカナちゃんの肩に手を置く。


「大丈夫よ。野菜の美味しさを伝えてあげればいいじゃない」


 野菜の味がわかるようになるのは年老いてからという老婆心からの助言をグッと飲み込む。このまま野菜の美味しさを伝える方向に進みそうな二人をグッと引き戻しにかかる。


「食べ物にはそれでしか取れない心の栄養があるの。大好物を我慢させて他のもので補えって言われて栄養は取れても心は満たせないでしょう」


 二人は何か好物を想像したのか、少しの間が空いて、その通りだと納得してもらえた。


「じゃあどうすればいいんですか。味見したところで不味い以外感じないのに」


 たしかにどうすればいいのだろうか。先日、黒木さんへの料理教室を行なったが、黒木さんは特殊な力が使えるだけでベースが普通の人間だ。種族的には雑食ゆえ基本的には好き嫌いなく食べられる。しかもあの料理教室では最低限の料理ができさえすればいいという温度感だったので、殿方の胃袋を掴むようなものではない。料理初心者が一度の料理で作り置きもできるような、一人暮らし初心者に教える料理だった。


 奈緒に再度依頼するにしてもこの場に呼ばないことにした私が奈緒にお願いをするのは気まずい。やらなければならなくなったらやるが、できれば御免被りたい。


 他に料理ができる人は……と悩んでいると二人の人物が思い浮かんだ。一人は食事をたかりに来たエルフ。もう一人はそれを咎めに来た寮母さん。前者は思い浮かぶ必要なかったが、二人はセットのようにどちらかを思い出せば芋づる式に思い浮かぶように記憶されてしまっていた。


「グランマに頼もう」


 グランマの料理は美味しいし、レパートリーの幅も広い。男の胃袋を掴む料理も知っているだろう。


 これに難色を示したのは笹原さんだった。難色とは言っても積極的な反対ではなく、それは構わないけれど「その場に自分はいたくない」という消極的なものだった。


 笹原さんはグランマとは何かしらの因縁があるのかもしれない。


「顔合わせにくいなら私とカナさん二人でお願いしに行くけど、どうします?」


 顔を伏せ、何か意を決した。


「いいえ、わたくしも同行します。色々と話したいことがあるので」


 その足で私たちは寮にいるグランマのもとへ向かう。


 グランマは私たちの頼みに快く応えてくれた。食材などを準備するから土曜日空けといてという。そこで料理の基本や男受けする味付け、男性の食べる量などレクチャーしてくれるという。一日でできるだけ仕込むゆえ食べる係を多く誘ってと言われた。とりあえず引きこもりエルフの星さんは呼んでおかねばという加虐心が働いた。


 そこでその日は解散すると思いきや、カナさんが先に寮をあとにしても笹原さんはその場に残っていた。


「グランマ、お話があります」


 そう言って、間髪を入れず次の言葉を紡ぐ。


「何故わたくしは推薦を戴けなかったのですか。清麗様であったグランマから見て、三宮さんにはあって、わたくしにはないものがあるのですか」


 グランマは可笑そうに微笑む。


「むしろ、逆よ逆。三宮さんになくて聖子さんにだけあったものがあるのよ。なんだと思う?」


 笹原さんは考えこむ。


 私も考える。心の中で股間のイチモツと予想するがあってはならない答えゆえ心の中で収めた。


「生徒会長だという資格ですか?」


 たしかにそれもあったと感心しているとグランマは横に首を振る。


「違うわ。これは教えておいた方が良いわねぇ」


 グランマは語り始めた。


 グランマが女学生だった頃、グランマは当時の明華女学院では珍しい活発な娘だった。男性勝りとも言える。そんなグランマは清麗様のことを堅苦しそうでよくやってんなと考えていた。


 ある日、グランマは当時の清麗様に呼ばれた。そこでグランマは次代の清麗様に推薦すると言われたそうだ。何故自分がという思いもあり、当然清麗様に尋ねた。


 すると当時の清麗様は苦笑して言ったそうだ。


「清麗様にはいくつかの系譜があってね、私たちの系譜はなりたくないのに清麗様になっちゃった人の系譜なの」


 それにグランマは絶句したそうだ。しかも話を聞き続けると、その系譜、初代清麗様の系譜らしい。初代様から受け継がれたこの系譜はいつか系譜が途絶えることを期待してなのか、この系譜のみいくつかのルールが定められていた。推薦を行えるのは一度きり、初代清麗様と同じく自ら清麗様になるのを望まないくせになってしまえそうな子だけを推薦できるとした。しかも、誰かを推薦するまでこの秘密は口外してはならないという。グランマを指名した清麗様は自分で系譜が止まる責任を感じてさっさと次代に、つまりはグランマを推薦して、責任から解放されたかったらしい。


 その後、グランマも早いところ誰かを推薦して責任から逃れたかったけれど、グランマの代で清麗様の名が偉大になり、なれるものならなりたい人ばかりになって誰の推薦もできなかったという。


 いっそ自らの手で悪習を打ち切ってやると覚悟したところに私が転校してきて、これ幸いとばかりに推薦したとのことだ。


「つまりわたくしが何度も何度も推薦を依頼したにも関わらず断られたのは……」


「なりたい人だったから推薦できなかったのよぉ」


 笹原さんは膝から崩れ、項垂れる。


「今、わたくしがなりたかった清麗様の、初代様の、グランマの、イメージが崩れ落ちました。推薦を受けていずれの方に並びたいと思っていましたのに……」


 グランマは笹原さんの頭を撫でる。


「聖子さんを推薦した方は学院を良くしたいと考えてる系譜の方で、我々の系譜よりもずうっと立派なの。その方から推薦を受けられたってことは聖子さんも清麗様に相応しい人ってことよ。だから自信を持って」


 笹原さんはグランマの胸に飛び込み、泣きじゃくる。


「でもわたくしは! グランマに認めて欲しかったのです! 偉大な清麗様だったグランマに!」


「碌なもんじゃなかったわよぉ。それに聖子さんのことを認めてないなんて言ってないわ。推薦を依頼された時から、こういう子こそが清麗様に相応しいってずうっと思ってたの。ただ初代からの決まり事があったせいで推薦できなかったの。ごめんなさいねぇ」


 笹原さんを慰めるグランマ。それを眺めていて私は思った。


 清麗様、それも初代清麗様の系譜というのは連綿と続くただの悪習なのではないかということを。










 後日、親同士の付き合いで彼がカナちゃんの家にお邪魔する日があるという。その日、グランマから教わった料理を披露するという。その場に私と笹原さんがフォローのために同席することとなった。


 その日、私と笹原さんにはまだやるべきことがあった。


 彼が来るのは夕食どき。その前に私と笹原さんはカナちゃんの家に向かい、カナちゃんに化粧を施すのだ。彼が好きな大きな目でツンツンしてそうな印象を作り出すのだ。そして、最後の最後に大事な仕事が笹原さんに待っている。


 私たちがカナちゃん宅に到着すると挨拶もそこそこにカナちゃんの化粧に取り掛かった。


 カナちゃんは地味めな顔である。ただ、スキンケアなどは欠かしていないらしく肌の状態はすこぶる良い。これならば化粧も乗りやすい。


 どのような化粧にするか、元々考案していた化粧の仕方と実際の肌の状態を見て、プランを決めていく。


 ベースメイクはナチュラル目にしよう。メイクに明るくない男性がガッツリとしたナチュラルメイクを化粧が薄いというようなメイクを目指す。。


 これは彼が持っていたカナちゃんの印象を塗りつぶさないためだ。


 大きくてツンツンした目は切長に。


 ブラウンのアイライナーで目尻手前からまぶたの延長線上にアイラインを引く。引いたアイライン先端と下まぶたを結ぶ。ここからパッチリとした印象はまつ毛でつくる。スクリューブラシでまつ毛を整え、ビューラーでまつ毛をゆるくカールさせる。マスカラ下地とグレイッシュブラックのマスカラをまつ毛の根元からつける。黒系のマスカラはハッキリした印象を与えるから今回は明るいカラーではなくこちらを選択した。その後は毛先を整える。根元は濃く、先端は繊細に。あとはホットビューラーでさらにまつ毛をカールさせれば目元は完成だ。


 あとは赤みがかったピンクと薄いピンクのチークで自然な血色感を作り、締めは桃のように上品なリップを塗るだけ。


 化粧を終えたカナちゃんは体を前のめりにして鏡に向かって、顔を左右から確認していた。


「え、嘘……自分じゃないみたい……」


 そんな言葉が出てきたカナちゃん。


 その後ろから両方の肩に手を置く。


「そうでしょう。化粧はなりたい自分になれる魔法なの。それってとても素敵なことだと思わない?」


「思います……とても思います!」


 カナちゃんは私が施した化粧をいたく気にいってくれたらしく顔が綻んでいた。それを見ていると私はなんだか自分自身が誇らしくなった。誰にも見せることなく一人で磨き上げた技巧がこうして日の目を浴び、そして賞賛されたことが、ただただ嬉しい。唯一私の技巧を知っていた奈緒は興味がなさすぎて賞賛なんてしてくれたことがなかったのもある。


「上手いものね。将来は美容系の道に進むつもりなの?」


 傍らで化粧を眺めていた笹原さんが感心した様子で尋ねてきた。


「これは趣味だから考えてないかな」


「そうなの。勿体無いわね。でもたしかにその美貌なら、どちらかといえば演者の方が向いてそうね」


「それも考えてないよ。大学卒業後は父の跡を継ぐために動くつもりだから」


 それを聞いたカナちゃんは振り返る。


「そういえば三宮さんの家は何をされているのですか?」


 あらかじめ用意しておいた答えを返す。


「とある会社を経営しているの。何をしているかは秘密だけどね」


「あのう、何故秘密なのですか?」


 それには笹原さんが答える。


「会社の規模が大きかったり、知られた際の影響が出ると考えられる場合、あえて隠すことがあるわ。彼女は付き人まで転入しているのでしょう。蛇がいるとわかっている藪はあえて突つかないことよ」


「す、すみません」


「気にしないで。そんな大したことはしてないから」










 さらに数時間が経ち、夕食の調理を進めていたところにチャイムの音が鳴った。それは彼が到着したという合図であった。化粧という鎧を着込み、覚悟を決めていたはずのカナちゃんであったが、その音で覚悟がボロボロと崩れていった。


 私が前世で若い頃に住んでいた古めかしい家に近いこの家にはインターホンというものがなくて助かった。もしカナちゃんが彼の姿をカメラ越しにでも見ていたら「やっぱり無理!」と裏口から逃げそうな勢いだった。


 それをあえて元気づけることはしない。


 ただカナちゃんの手を引いて、玄関に向かうだけだった。


 笹原さんは私の意図に気付いていたのか、調理を引き継いで送り出してくれた。


 玄関に到着し、カナちゃんの覚悟が決まらないうちに玄関扉を開ける。


 開けられた扉。


 私の服の裾を掴んで離さないカナちゃん。


 そのカナちゃんから目を離さない件の彼。


 カナちゃんの自信のなさと反比例するように成果は上々のようだ。初めてみるカナちゃんの一面を受け止めるのに時間がかかっているようだ。受け止めて、受け入れてくれると嬉しい。


「カナ……だよな?」


「……うん、カナだよ。……やっぱ変だよね?」


 彼はカナちゃんの肩を掴んで顔を輝かせる。


「んなこたねえよ! めちゃくちゃ良いじゃん!」


「ほんと?」


「本当に決まってんだろ。めちゃくちゃタイプだ」


 混じり気のない好意を伝えられたカナちゃんは恥ずかしそうに、でもとても嬉しそうに、やっぱりちょっと恥ずかしそうに、顔を隠す。良い雰囲気ゆえもうしばらく見守っていたいのだけど、このままでは小一時間経ってもその調子でいそうなので、カナちゃんが作った夕食が準備してあると伝えた。カナちゃんはそれで調子を取り戻して「頑張って作ったんだよ」と彼の手を引いて居間へと連れていく。


 居間に到着した彼は、居間にいた笹原さんに挨拶しつつ、カナちゃんに手を握られているのを見られたのを気にしてかぎこちなかった。彼目線では浮気みたいなものなのだろうが、私たちは全て知った上でそうしているのだから本当は何も気にすることではない。妻帯者はキャバクラに理解がある妻がいたとしても、キャバクラへ行ったことを隠したい心理なのかもしれない。


 机に座った彼にグランマから習った料理を目の前に運ぶ。


 それは生姜焼きであった。味付けはベーシックなものなのだが、それが男子の胃袋を掴むのだとグランマは仰っていた。


 それに驚いたのは彼だった。


 彼はこれを作ったのがカナちゃんだと信じられないようだった。カナちゃんは、ケンタウロスは、肉の焼ける匂いを良い匂いだと感じないため、肉料理は得意でないと言うのが定評であった。


 しかし生姜焼きを一口食べた彼はとても美味しいとお代わりまで所望した。


 得意でない料理がいきなり得意になるにはどんな魔法を使ったのだと疑問に思ったらしい。


 これはやはりグランマでなければ駄目だった。グランマは数多の亜人の世話をしてきた。それは亜人に合わせた食事の提供だったり、亜人の子に料理を教える機会があったということだ。ケンタウロスにも料理を教えたことがあったらしく、その当時使用した専用の調理器具を倉庫から引っ張り出してきてくれた。それは特殊なマスクであった。肉の匂いを遮断し、それを良い匂いに変換してくれるものだった。


 これを使うことで肉が苦手な種でも問題なく料理ができる代物だ。


 味見だけはどうしようもなく、私や笹原さんが必要だった。元々料理が下手なわけではなかったので、レシピ通りに作るカナちゃんには不必要な工程だった。グランマも「塩と胡椒を間違えなければ平気よぉ」と笑っていた。


 これを以て、カナちゃんがやるべき仕事は終わった。


 あとは笹原さんが体を張ってもらうのと、彼に漢を見せてもらうだけとなった。


 食事の後、私は彼の隣に座る。カナちゃんと笹原さんは洗い物をしており、こちらの声は聞こえにくくなっていた。


「どっち狙うつもり?」


 単刀直入に訊いた。


 下手に言葉を取り繕わない方が彼のような人物には効果的だと思ったからだ。


 彼は気持ち小声で返す。


「カナ」


 第一関門かつ最終関門を通過した。


「なら男らしく他の道を断たないとね」


 あとは彼と笹原さんを二人きりにして、笹原さんが振られるように仕向けるつもりであった。それは笹原さんも了承済みである。


 ただ、そうはならなかった。


 彼はその場でカナちゃんと笹原さんを大声で呼んだ。この場で全てのケリをつけるつもりであった。さらに間の悪いことに、まだ帰ってくるはずのなかったカナちゃんの家族が帰ってくる。私の想像よりも男らしかった彼はそれで止まらず、カナちゃんの家族の前でカナちゃんに告白し、笹原さんを振るという暴挙に出てしまったのだ。










 後日の話をしようと思う。


 先日の彼の暴挙はカナちゃんの町に住む人の噂となり、その町に友人を持つ明華生に伝わり、明華女学院に尾ひれがついた形で広まった。


 三角関係になってしまったが、カナちゃんと彼がお似合いだと感じた笹原さんが自ら身を引いたというものだ。その場に同席していた私は、影が薄かったのか何故かいないものとなっていた。


 これによって笹原さんは一定の支持を得ることができたという。


 望んだ結果を望まない形で手に入れたことで笹原さんは心を支える何かが外れてしまったようで、隙を見ては生徒会室から抜け出し、寮にある私の部屋を訪れては愚痴るようになってしまった。


 私はいないものとされたので支持の上下はなかった。


 奈緒はこれを無駄足だったと肩を落としていた。


 私にとっては清麗様がらみで拗れてしまっていた関係性が解消され、笹原さんと仲良くなれたのが報酬といえた。

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