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女装家転生~女装令嬢、お嬢様学校に通う~  作者: 宮比岩斗
5章 恋は人を美しくする

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男の子は単純

 翌日、笹原さんの清麗様立候補が学院内に広く知られることとなった。


 それは恋愛相談した人の意中の相手から告白されるという事件を伴って。


 悪名は無名に勝るというが、こと清麗様選びについては悪名は汚点にしか成り得ない。八割の支持を集めなければならない制度上、減点要素はなるべく避けるというのが基本戦術となる。ゆえに大事な二割を落としかねない悪名は、デメリットしかない。


 図らずも対抗馬が自ら失脚する形となり、私は支持基盤を拡大することに注力するだけでよくなった。


 奈緒なんかは「生徒会長を恋愛相談の場に同席させると言った時は頭を抱えましたが結果オーライですね」とホクホクした顔で私を褒めてくる。


 言い訳になるが、私としては今回の件は不本意極まりない。


 善意からの行動であったし、一目惚れして告白されるのなんて予測できやしない。


 こんなのは事故である。


 事故処理としてその場にいた人には箝口令も敷いたが、人の口には戸が立てられないようで、すぐに噂は広がった。


 その結果、生徒会長は清麗様には相応しく無いという評価で固まってしまう。


 どうにかしなければと思い、放課後その足で笹原さんのもとへ向かった。


 生徒会室で笹原さんは事務作業に勤しんでいた。私が来るとその作業をする手を止めて、私を出迎えてくれた。


「ごきげんよう、清麗様」


 既に清麗様呼びとは、なかなか精神的に参っているようではあった。


「笹原さん、まだ投票は済んでいないよ」


「わたくしはどうやら清麗様になれない星の下に生まれたようです。なら貴女が清麗様に推す方が惨めにならなくて済みます」


 その目は諦めの色を浮かんでいた。その奥には惨めさ、情けなさ、など自らを責める感情が渦巻いているように見えた。


「あの恋愛相談についてだけど、一緒に続けよう」


「……何を仰っていますの。わたくしがいたらあの男性に言い寄られて邪魔にしかならないでしょう」


「かもしれない」


「なら!」


「でもこのまま引き下がったら笹原さんは清麗様への道が断たれる」


「もはや断たれたようなこの道にまだ望みがあると仰るのですか」


「ある」


「伺っても?」


「あの男性にはもう一度、一目惚れしてもらう」










 同日、文芸部にて私、笹原さん、カナちゃんが再び集まった。


 話し合う内容はカナちゃんの恋の成就についてだ。


 奈緒はあえて席を外してもらった。奈緒がいては笹原さんの悪評をなくす手伝いができないと考えたからだ。奈緒は「どうぞお気が召すままに」と私の企みも全て理解したうえで席を外してくれた。


 けれど、いや、やはり、というべきか、笹原さんとカナちゃんは互いに気まずそうであった。


 ゆえに私が進行役となり、話を聞くことになる。


 昨日は結局、笹原さんは彼に連絡先を教えなかった。断る体裁として「初対面の人には教えられない」という当然の理由であった。本来ならばそこで彼も諦めれば良いものの、それからずっとカナちゃんに「どうにかセッティングできないか」と頼み込んでいるらしい。


 その地獄のような状況を聞いてカナちゃんに同情していると、彼女のスマホから催促の連絡を再び来て私らに見せてきた。そこには若い情熱に身を任せた文章が綴られていた。ひどく頭が痛くなる文章であった。


「これでもまだ好きなの?」


 思わず尋ねてしまった。


「良い人なんです……」


 惚れた弱みというのは健在らしい。


 しかし、まだ好きでいてくれて良かった。ここで冷められては笹原さんの悪評を取っ払うことができない。


「それじゃ会うからセッティングしてくれない。私が一人で話聞いてくる」


 カナちゃんは訝しげに私を見てくる。


「あの……大丈夫ですよね?」


 それは愛しの彼が私に気を持つことを心配してか、それともその逆を心配してか、二人きりにしたくないようだった。


「横恋慕する趣味はないから安心して」


 そもそも私は男だ。


「でも三宮さん、綺麗だから」


 そう言ってくれるのは女装が認められた気になるのでとても嬉しい。誇らしくなってしまう。


「ありがとう。笹原さんへの気持ちとか聞き出すだけだから安心して。それを聞き出しがてらカナさんへの想いに誘導してあげる」


「わたくしがやっておくべきこととか何かあるかしら」


「笹原さんにはお願いしたいことはまだないかな。話を聞いた後、最後の最後に締めにやってもらうことがあるから。……あ、でも笹原さんとカナさん、二人でいるところを多くの明華生に見てもらってね」










 白鳥さんとお茶をした喫茶店を待ち合わせ場所にしてもらった。先にカナちゃん愛しの彼が喫茶店に入ったのを確認して、私も喫茶店に入った。


 彼はお洒落な喫茶店が慣れないのか、ぎこちなくコーヒーを口に近づけたり、周囲をキョロキョロしていた。彼に近づくと一度パァと明かるくなったものの、笹原さんが近くにいないと確認してすぐにシュンとしてしまった。


「こんにちは。あなたが連絡先を聞こうとした笹原は私の大事な友人だから話を聞きたくて呼ばせてもらいました」


 彼の返事を待たずに同席する。


「安心してね。あなたの人となりが知りたいだけだから」


 それから世間話を混ぜつつ、核心に近づいていく。


「笹原さんのどこに一目惚れしたの?」


 彼は小っ恥ずかしそうに頬を掻く。


「顔……かな。大きな目でツンツンしてそうな子が好みなんだ。……恥ずかしいし、顔とか言わない方が良かったりする?」


 馬鹿正直に答えてくれるのはこちらとしても好印象だ。もう少し取り繕うぐらいできようになった方が将来役に立つが、高校生ということを鑑みれば乳とか尻とか言わないだけで及第点だ。


「たしかに笹原さんってそういう雰囲気あるよね」


 彼の好みを肯定し、さらに続ける。


「ちなみに彼女にするならどういう性格の子が良いとかある?」


「フィーリングさえ合えばあまり拘りはないな……あ、でも将来結婚するなら料理できる子の方が良いかな」


「ふーん、ならまずは笹原さんとも友達からってところで大丈夫?」


「あーそうだな。俺もいきなり付き合おうとかは考えてない」


「フィーリング合うなら君の幼馴染はそういう対象にならないの?」


 前のめり気味に、小悪魔のような笑みを浮かべて訊く。前世で一人鏡の前で自分が雑誌モデルだったらと妄想してやったポージングが初めて役に立った瞬間だった。


「たしかにカナはフィーリングは合うし、別に顔が駄目とは言わない。けど将来を考えた時、どうしても上手くいかない要素があるんだ……」


 それはケンタウロス特有の体つきのことか、それとも別の何かか。私は意を決して尋ねる。


「ご迷惑でなければ教えてもらっても良い?」


 彼は俯き、重々しい雰囲気を纏う。


「ケンタウロスって草食だろ? 一緒にいると肉が食えないんだ」


 たしかに食べ盛りの男にとって、それは重大な問題であった。

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