若い情熱と若気の至りは同義語
放課後、白鳥さんの紹介で相談者と会うことになった。
清麗様候補が相談に乗るということで校内はにわかに活気づいていた。基本的には「お手並み拝見」といった様子で今回の是非で清麗様に相応しいかどうかを見極めるつもりらしい。
ゆえに奈緒はオープンな場で最初から最後まで生徒に相談を受ける様子を見てもらいたかったようだ。だがコトが恋愛相談なので、相談者が外部に漏れない場を求めた。
外部に漏れない。
融通が効く部屋。
その二点が適う場所を探した。
それはすぐに見つかった。
そこは黒木さん一人しかいない文芸部の部室である。
なので私と奈緒、笹原さんは先に文芸部で待ち、頃合いになったら白鳥さんが相談者を連れてくるという手筈になっていた。ちなみに文芸部の主であら黒木さんは「わたしのようなものがそんな場にいるなんてとてもとても……」と断って同席しなかった。奈緒によると、初対面の人と会いたくなかっただけらしい。
待ち合わせ時間から二十分ほど過ぎたあたり、奈緒が机をトントンと指で叩き、笹原さんは待ちくたびれて宿題に勤しんでいた頃、ようやく白鳥さんと相談者が現れた。
白鳥さんは「いやー待たせたねー」と罪悪感皆無で入ってくる。待たされていた二人は苛立ちを白鳥さんに向けるが、そのあとすぐに相談者が入ってきたのでそれを隠して笑顔に変えたのは見事な早業だった。
相談者はボブヘアの子だった。顔や胸、肩幅、ウエストなどは至って平均的な、特徴という特徴が薄いという印象を持った。だからなのか、彼女の持つ生まれながらの個性が強く主張される形となっていた。
下半身が馬だった。
正確には彼女の上半身に馬の胴体以下が繋がっていた。
いわゆるケンタウロスと呼ばれる亜人だった。現代社会において、生活し難い種族として名を馳せている亜人だ。その一端として、彼女が身に付けている制服はケンタウロス用のものとなり、通常のものよりも高価なものになる。
相談者が感じていた身体的な特徴とはおそらくケンタウロスの個性を指しているのだろう。
ともかく私は立ち上がり、相談者を受け入れる。
「はじめまして。せっかくおいでくださったのですがお体に合う椅子がないので今すぐ取りに行かせます。少しばかり待っていただけないでしょうか」
相談者がケンタウロスということに面を喰らっていた奈緒はようやく調子を取り戻し、立ち上がって椅子を探しに行こうとする。
ここで白鳥さんが非常にわかりやすく目立つようにフッフッフッとこれみよがしなドヤった顔をする。
「実はもう持ってきてるんだなぁ!」
廊下に一度出て、すぐに大きなものを引っ提げて帰ってくる。それは背もたれがなく座る場所が長い椅子だった。私たちの座る椅子は四つ足だが、それは足というものがなく、面で体重を支えるという作りになっていた。
「いやはや、椅子なくね? って気づいてから教室に帰って持ってきたら遅れちまったぜ」
上手いことやったな。これは正当な理由であるため、もはや遅刻の件を怒るに怒れなくなった。こういうことができる人は社会に出てから強い。これを意図してやったかどうかは白鳥さんの性格的に測れないが。
こういう良いとこだけを持っていくのが奈緒は気に入らないのだろう。
今も目が笑っていない顔で白鳥さんに視線を送っていた。
「それでは椅子も揃ったようですし、相談を始めましょうか」
提案は受け入れられ、相談者が話を聞き始めた。
相談者には同い年の幼馴染がいるらしい。その彼が件の意中の相手だそうだ。その彼はケンタウロスではなく普通の人間ゆえ、その感性に従うのならば馬の下半身を持つ自分なんか選んでもらえないのではないかと不安に思っているとのことだ。
「こんな体で生まれたくなかった……」
話しているうちにより鬱っぽくなったのらしく、そんなことまで言い始めたので慌てて話を打ち切らせた。
「大丈夫。君と話を聞いている限り、その彼は見た目で判断するような人じゃないよ」
真っ赤な嘘である。
大抵、年頃の野郎は顔と乳か尻しか見ていない。乳派、尻派どちらかに傾倒するも互いにいざこざは起こらない。歳をとるにつれ、乳派から尻派に移動する例もあれば、その逆もまた然りだ。ゆえに男社会において、立場によらない紳士協定が結ばれる数少ない話題だ。ちなみに私が若かった頃は、殴り合いになるので野球の話だけはしてはいけないと先輩から口を酸っぱくして言われていた。
なのでこの場合、彼女の想い人に望むことは乳派であれということだ。いや、たしかに尻派からすると人と比べ物にならない豊満なヒップをしているが「これがいいんだ!」という人は少ないらしい。馬の尻と比べると作りにはしっかり差異があるらしいが、それでも前知識がなければ遜色なく見えてしまう。
ケンタウロスと人間のカップルが別れる理由の多くは性格の不一致に続き、夜の生活への不満が多いらしい。女性向けファッション誌にそう載っていた。どこまで正確か不明だが、紙面に載るのならばそれなりに信用ができると考えている。奈緒からすると「ゴシップ紙と同じで言葉半分に聞くぐらいがちょうど良いですよ」と苦言を呈していた。
その話を聞いて、私の結論は「その彼の話を聞いてみたい」に着地した。
奈緒もそれに同意し、笹原さんもそれに続いた。白鳥さんは「とりあえず行ってみよ」と即行動の意思を表明した。
ケンタウロスの彼女は一般家庭の出身で、お金持ちのお嬢様や部活動などの推薦枠でもない、純粋な学力で明華女学院に合格した子だった。ゆえに登下校も徒歩だった。彼女の家は明華女学院から徒歩三十分ほどの場所にある。そこは住宅地で、商店街も近く、多くの子供が行き交う土地だった。
そこでは明華女学院の制服が珍しいらしく、周囲からの視線を集めていた。その中でケンタウロスの彼女はこの町では「あの明華女学院に通う子」として顔を知られているらしく商店街を通り抜けるとき、店主からよく挨拶をされていた。彼女の案内で進む私たちにも「お友達かい? カナちゃんをよろしくね!」などと言葉をかけられた。
カナさんの家まであと少しだと言われたところで、カナちゃんが唐突に足を止める。どうしたのかと足を止めた彼女の横に並んでみると、前から学ランを着た男性がやってくるのが見える。
「あの人です」
私たちに小さく言う。
向こうもカナちゃんの姿に気づいたのか、真っ直ぐ私たちに近づいてくる。
彼は小柄で目つきの悪い男の子だった。髪は短髪でワックスで固めており、不良っぽさを頑張って演出しているようだった。もっともファッションとしての格好なので、話すと基本的には良い子なことが多い。
「よ、ここに友達連れてくるなんて珍しいじゃん」
肩の力が入らないような雰囲気でカナちゃんに話しかける。
「おかえり。ちょっと用事があって、ここまで来てもらったんだ」
「ふうん、明華も色々あるんだな」
そう言って私たちにふわりと視線を配る。
軽い会釈をして、向こうもそれに倣う。
それで終わるような挨拶だったのだが、その途中で彼の動きが止まる。
止まった彼の視線の先を追うと、笹原さんがいた。
笹原さんは何故自分がじっと見られているのか分からず怪訝な顔をしている。
私はその状態がどういう状態なのか知っていた。イケメン警察官が女性の取り調べをしているとぼーっと眺めるだけで取り調べが進まなくなる状態だ。
見惚れているのだ。
ああ、これはまずい。
これ以上、この場にいてはいけない。
若きパッションに身を任せた行動が起きてはまずい。
私は笹原さんと奈緒の腕を引き、「また明日学校で会いましょう」とそそくさと去ろうとした。
だが、それは一手遅かった。
彼が去ろうとする笹原さんの腕を掴む。
「あんた、可愛いな。連絡先教えてくんねえか」
笹原さんの「これは今後に響く」という感情。
カナちゃんの「好きな人が目の前で違う人に惚れた」という感情。
私と奈緒の「ややこしいことになってしまった」という感情。
それらの感情がひしめき合う中、彼の「一目惚れした」という感情だけがこの場で浮いていた。




