心にイチモツ
明華女学院は白を基調としたお洒落な校舎だ。それゆえか配置している机などもデザインされたものが多くシンプルな作りながらも華美な印象を受ける。一般的な高校では乱雑な作りもとい実用性や耐久性重視なので、比較するとそう見えるだけなのかもしれない。
そんな少しお高めな椅子などが一般的に使われている本校において、ここ生徒会室にある事務の机などは実務性に特化したものが使用されていた。パッと目につくものでいうと、おそらく人間工学に基づいて設計されたアーロンチェアはおそらく数十万はするだろう。そんな効率化のために投資は惜しまないという意思がそこら中にある部屋の奥、一人がけのソファが横に二つ並び、小テーブルを挟んで同じ組み合わせが対面で向かい合っているスペースに通される。
座るように促され、私と奈緒が座り、私の正面に生徒会長である笹原さんが陣取った。
「えーっと、清麗様の推薦受けた記憶がないってどういうことかしら。こちらとしてもまさか過ぎて困るわよ」
腕を組み、仏頂面をする笹原さん。
「そもそも清麗様ってなに?」
ため息を一つして、笹原さんは説明してくれた。
清麗様とは明華女学院に代々受け継がれる象徴のようなものらしい。
なんの象徴かというと、本学の理念を体現する象徴。
では本学の理念とは何か。人を愛し、人から愛され、調和と秩序をもって社会に貢献できる人材の育成を指す。
その理念は必要を迫られたゆえにできたものらしい。
建学当時は明治という動乱の時代。有力な亜人種族の令嬢が集まるということは、そこは権力闘争の縮図に成り果てる環境には十分だった。また、その権力闘争は学内だけで収まらず、子供の喧嘩に親が出るという事態もよく起こっていた。
ゆえに、困り果てた明華女学院は理念を打ち出した。
けれど、その理念を打ち出したところで、現状が大きく変わるわけでもなく、変えようとしたところで、今まで不憫な思いをした卒業生が今度は我が子を優位に立たせたいと躍起になり、現状を維持するだけで精一杯だった。
そんな中、一人のカリスマ性溢れる女学生が入学した。
それが後に清麗様と呼ばれるようになる女学生だった。
彼女はその場にいるだけで注目を集めてしまうカリスマを持っていた。それは彼女を慕う者を集め、それと同時に反感を覚える者も集めることになる。
彼女はそれに愛を持って応え、次第に敵意は尊敬へと変わっていった。
彼女がいた数年間は争いのない平和な時代だったという。
彼女は一人で本学の理念を体現した存在だった。
彼女の卒業後、彼女の在り方を絶やさないように、と願われ、できたのが彼女の名を借りた清麗様という制度だそうだ。
清麗様候補になるには推薦権を持つ人に推薦されるか、全校生徒の三割以上の嘆願が必要になる。
そこから清麗様となるには、七月末までに全校生徒八割以上から支持されることが条件。もし複数人の清麗様候補がいたとしても決選投票は行わない。一発で八割の支持を集めなければならない。
この制度を維持したところで清麗様が選ばれることがあるのかと、話を聞いて疑問に思っていた。その疑問を察してくれたのか笹原さんは「ここ十数年は清麗様が選ばれたことないわね」と教えてくれた。
当然だろう、と思ってすぐ「実際に清麗様が選出されたことがあるの?」と驚きが口をついて出る。
「驚くわよね。たまにいるらしいのよ、そういう星の下に生まれた人が」
そう言った笹原さんはどこか不機嫌そうだった。
「ま、貴女もその一人なんだけど。グランマが推薦するなんて初めてのことだから、耳の早い一部ではもう話題になってるわよ」
私を推薦したのはグランマらしい。
何故、学生寮の管理人が推薦権を持っているのかというと、グランマは明華女学院の卒業生かつ清麗様だったからだという。清麗様に選ばれたことのあるOGは、卒業後も推薦権の行使が可能だという。
グランマはそれを報酬とし、奈緒が勝手にそれを受け取り、笹原さんが受け取ったのを聞いて今後の相談をしたいと考えて私を呼び出し、私は何一つ聞かされていないため意味がわからなかったというのが今回のあらましだった。
いい迷惑だった。
「転入生である貴女にこんなこと言ってもしかたないのでしょうけど、清麗様の名は重いわよ。辞めるなら今のうち」
私としても気がつけばこうなってしまっていたため、辞退するのはやぶさかではない。それに転入生が学園の歴史を背負うことに反感を覚える人は多いだろう。
加えて姿を隠すために転入してきたのに目立つとはこれ如何に。
そもそも男である私がそんな役目を果たせるとは思えない。
せめて、心が女性であれば多少なりとも夢を見たのかもしれないが、私はただ美を追い求めるだけの女装家である。心は正真正銘の男である。股にも心にもイチモツがぶら下がっている。
なので今ここで断ろう――そう思い口を動かそうとした直後、強引に口を塞がれる。それは奈緒の手によるものだった。
「謹んで推薦をお受けします」
奈緒はそう言った。
「付き人には聞いてないわ」
「主が名誉を得る機会をみすみす見逃そうとしていたら、強引にでも道を正すのがシルキーの嗜みですので」
「……貴女、シルキーだったのね。わかったわ、好きになさい」
亜人の嗜みを無碍にしてはならないというマナーなのか笹原さんはあっさり引き下がった。
「感謝いたします」
「でも残り二か月で全校生徒八割の支持を集めるのは難しいわよ。恥をかかないようにね」
「生徒会長。残り二か月もあるのに何を焦る必要があるのですか」
奈緒は私の口を塞いだまま立ち上がり、私も立ち上がらせ、強引に生徒会室を後にした。
去り際――生徒会室の扉が閉まり切る直前のこと、笹原さんの「グランマはどうしてわたしくでなくあの人を……っ」という独り言が聞こえてきた。
私は腕を引っ張られ、何も話せないことをいいことに何も聞こえないふりをして、その場から逃げ出した。




