陰キャ特攻
今年のゴールデンウィークは五連休だ。昭和の日が飛び日でさえなかったら六連休。社会人ならば間に挟まる木金を有給を消費して九連休にもできただろう。本日はその一日目であり、残りは四日。その四日でこのシティ派というよりはインドア派なエルフを登校させなければならない。
四日というのは非常に短い。
四日で引きこもりを登校させるというのは非常に難しい課題であった。
私は非行に走る少年少女が更生する様を知っている。
しかし、引きこもった少年少女を再び登校させる術を私は知らない。
私が現役で学生だった時分には鬼と見紛う教師が家に来ては学校へ引き連れていくという『なまはげ』のような真似をしていたが、もう時代にそぐわないのだろう。そういった話は私が前世で亡くなる間際にはとんと聞かなくなっていた。
コンプライアンス問題がうるさくなったのは大人だけの社会だけではなく、学校という特殊な自治が許された社会でもそうだったらしい。
では、どうするかといえばこうするしかあるまい。
学生という身分を存分に活用もとい盾にして、あらゆる強硬策を取るしかないのだ。
習慣化というものがある。
モーニングルーティンのように朝起きたら一杯のコーヒーを飲むように、打者が打席に入る前の特定動作をするように、刑務所に入った囚人が自由時間で暇を持て余すばかりに本を読み続けて出所する頃には読書家になるように、警察官になったばかりのキラキラした子が常在戦場のような日常を過ごすうち市民からの罵詈雑言には心を無にして対処できてしまうようになったり、無意識に行動や思考を繰り返す状態のことを指す。
ゆえに彼女には習慣化する枷を嵌めることにした。
日曜。
ゴールデンウィーク残り四日。
朝八時半。私は星さんの部屋のチャイムを鳴らした。部屋の中から、なにやらテレビの音は聞こえるけれど一向に扉が開く様子はない。仕方なく事前にグランマから借り受けた合鍵を使用して部屋に入る。そこには寝間着姿で寛ぎながら男児が好むであろう特撮を眺めている星さんの姿があった。
気の抜けた姿を見てしまったのは女性に対して申し訳ないと思う反面、朝早く起きれることに安堵した。
付き添いでついてきた奈緒と黒木さんに彼女の支度をするように指示をして、私は一度自室に準備があるからと帰った。
自室に戻ったあとは二人から連絡があるまで何もせずに待機していた。
準備などないのだ。
男性である私が女性の身支度を眺めるのはいけないので二人に任せて部屋へと戻った。奈緒は「今は女性という身分なのですから気にせずとも……」と遠慮がちに進言してくれたが、これは正しい生き方をしてきた私の最低限な矜持であった。
ちなみに黒木さんは必ず抵抗するから力づくで押さえつけられる魔女が必要とのことで応援として呼んだ。私は当初想定した出会いとはまったく別の出会い方となってしまったため、友人として仲良くなるには時間がいるだろう。
しばらく待つと、二人に連れられた星さんが出てきた。馬子にも衣裳とはまさにこのことだと感じた。荒れた荒野に植生する植物のように潤いをなくした髪はトリートメントにより潤いを取り戻し、だらしなさしか感じられなかったジャージ姿からボレロとブラウス、ジャンパースカートの制服に着替えており清潔感すら漂わせている。
やはり、エルフという種は元が良いので少し手を加えるだけで美しくなれる。北欧系の亜人ということもあり、見た目は外国の血を引く今の私と同じ系統である。ゆえに勿体なさが手を取るようにわかり歯がゆかったが、これで少しは気が収まった。
私が満足げな顔をしていると、星さんを連行した奈緒が怪訝な顔をする。シャワーを浴びせたり、制服を着せたりするのに格闘して疲れたのだろう。「これで気は満足か?」と言いたげな視線が送られてきた。
星さんが「どこに連れて行く気でござるか!」と騒ぎ出す。
「学校」
その返答に星さんはわなわなと震える。
「……日曜日でござるよ?」
「登校する生活リズムに戻さないとね」
「登校だけでありますよね? 授業するとか言わないでござるな?」
「ゴールデンウィーク用の宿題あるからそれやろう。大丈夫、リフレッシュがてらに運動時間も用意してるから」
それに続けて黒木さんが星さんの耳元で呟く。
「……本格的ブートキャンプみたいだよ。わたしもダイエットのためにやらされそうだから一緒に地獄付き合うよ」
「……拙者、そなたのことを友と呼ばせてもらうでござる」
「うん、頑張ろうね……」
仲良くなれないだろうと考えていた二人にさっそく仲良くなれそうな兆しがあった。辛い訓練の最中、助け合い、友情が芽生えることはよくあるらしいがソレだろう。
「お嬢様、さっさと行きましょう」
奈緒はつまらなそうに星さんと黒木さんを引っ張って、教室へと向かった。
ゴールデンウィークの四日間、私たちは変わらずに登校した。時間割で定められた時間に沿って活動し、体育の時間や休み時間では思いっきり身体を動かしたりもした。そんな生活の三日目に、黒木さんと星さんが共謀して逃げ出そうとした事件もあった。すぐに捕まえられたのが効いたのか、四日目は二人とも大人しく時間割通りに従ってくれた。
さて、問題は本日である。
ゴールデンウィーク明けの登校日。今週は既に残り二日しか残されていない。これを乗り切れば、登校させたという実績作りになる。つまりグランマへの言い訳が立つ。
ゆえに今日明日が山場であり、どんな手を使ってでも登校させるつもりだ。
どんな手を使っても、というのは単なる意気込みだった。
しかし、実際にどんな手を使ってでも連れ出さなければならなくなるとは思わなかった。
星さんが自室に立て籠もりを始めたのだ。
いつの間にやら部屋の鍵を変えており、合鍵を使った強制連行すらできなくなった。引きこもりの立て籠もりとはタチが悪い。いくらでも部屋に閉じ籠もってやるぞという実績を兼ね備えた宣言は強い説得力があった。情けないはずなのに、敵に回すと厄介な相手だった。
「扉破りますか?」とは奈緒の言。
普段はそんなことないのに、敵対すると頭がチンピラのそれと変わらなくなるのは何故だろうか。いや、ゴリラとしておこう。森の賢人と呼ばれた方がまだマシだろう。森基準であり、都会基準ではチンピラなのはさもありなんだが。
しかし、このシティ派を気取っているエルフは一体どうしてくれよう。昔は森に引き篭もって外部との交流を断っていたと聞くが、時代が変わってもやることは変わっていない。吸血鬼が血を取らないといけないように、雪女が暑さに弱いように、引きこもりはもはやエルフという亜人の特性なのではないだろうか。
どうやって扉を開けようか、扉を破ろうとうずうずしている奈緒をどう言い包めようか、思考を巡らせていると黒木さんが遅れて現れた。
扉の前で何をしているのかと訊かれたので、現状を説明した。もちろん奈緒が扉を破ろうとしているとも伝えた。
黒木さんにも一緒に悩んでもらおうと思っていると、黒木さんは「そ、そんなことしなくても」と言って、ドアノブを捻る。
するとどうだろうか。
うんともすんともテコでも動かなかった扉がまるで最初から開いていたかのようにすんなり開いたではないか。
「ああ、なるほど」と奈緒が合点がいったようなことを口にする。まだ、そこに至れていない私に奈緒は耳打ちする。
「お嬢様、彼女は魔女です」
「やだ、魔女って便利」
こうして引きこもりエルフの騒動は、登校させることに成功し一段落した。
グランマも「まさか本当に登校できるとは思わなかった」という感想を頂く程度には喜んで貰え、今回の件に関しては不問にしてもらえた。
このエルフ、驚くべきことにゴールデンウィークが終わっても未だ毎日登校ができている。もちろん私たちの尽力が続いている訳ではない。目的を達成した以上、毎日起こしに行くのは骨が折れるため御免被った。
では、何故毎日登校もとい毎日朝起きれているのかというと、朝に強い人物が面白がって星さんを起こしに来てくれるようになった。
その人物とは、白鳥さんだ。
鳥の亜人ゆえ朝日に強く、いつも目覚めはパッチリと言っていた。
彼女が持つ天性の有無を言わさないテンションに押され、星さんは大人しく従った。
「陽の者を連れてくるとは卑怯なり……」とよく分からないことを歯を食いしばりながら口にしていた。
「馬鹿と鋏は使いようですね」
そう語った奈緒は、星さんが白鳥さんによって苦しむ様を愉しげに眺めていた。