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女装家転生~女装令嬢、お嬢様学校に通う~  作者: 宮比岩斗
3章 シティ派引きこもり
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仔猫という庇護欲を訴えかける塊

 まぶしい朝日で目を覚ます。


 爽やかな朝の陽ざしに照らされた目覚めだったが、不快感のある目覚めであった。理由は制服のまま、就寝してしまったことだ。寝汗が酷く、ブラウスが肌に張り付いていた。化粧も落とさないで寝てしまった。油が顔から出て、気持ち悪かった。加えて、その気持ち悪さよりも「菌」の温床となりニキビや吹き出物の原因になる行為をしてしまったことに精神的なダメージを受けていた。


 とにかくシャワーを浴び、化粧を落として、心身ともにスッキリしたい。


 部屋に備え付けの風呂場へと向かい、乱雑に衣服を脱ぎ棄てる。


 シャワーを浴びるだけなので浴槽は空っぽ。その横にあるバスチェアに腰掛け、頭からシャワーを浴びる。生温いシャワーが身体の表面を洗い去っているようで心地良い。しかし、この心地良さにかまけてはいられない。髪や身体を素早く、けれど丁寧に洗い、肝心のクレンジングを行った。風呂から上がると体の水気を取るのもそこそこに化粧水、乳液でしっかり保水も欠かさない。それからしっかり部屋着に着替え、オイルトリートメントを髪に馴染ませ、それからしっかりと髪を乾かす。この長い髪を乾かすという作業は億劫だ。短髪頭だった前世ではドライヤーすら使わずともものの数分で乾き切っていたが、長い髪は数十分単位で時間がかかる。しかし、億劫ではあるがこの行為にやり甲斐も感じている。今、私は、長い髪の手入れというおよそ男らしくない行為をやれる環境にいるのだと実感できるからだ。


 髪が乾き、ようやく一息がつけた。


 今日はゴールデンウィーク初日。


 なんの予定もない一日。


 何をしようかと想像を巡らせていると扉からチャイムの音が飛び込んできて、身構える。


 この寮は、寮という名目だが実質は高級なアパートという形態に近い。一部屋一部屋が独立し、廊下がその橋渡しをしている。また、女子校ということもあり、この寮のセキュリティも厳重だ。監視カメラはもちろん、外部の人間は生徒の身内でさえ共有スペースにしか入れない。宅配業者も共有スペースにある宅配ボックスに入れることを義務づけられている。民放を名乗り、受信料を徴収しようとする組織は論外だ。


 では、誰だろうか。


 奈緒はよほど急ぎの事情でもない限り、事前に連絡をくれる。


 ならば管理人だろうか。いいや、管理人の線もない。管理人は私が男性ということを知らないが、奈緒とは主従関係にあることは伝えてある。荷造りを奈緒が行えたのはそういう理由だ。ゆえに問い合わせがある時は先に奈緒へ連絡がいくはず。


 インターホンに映った顔を見る。


 そこには見たことのない顔が映っていた。


 手入れを怠ってボサボサな金髪に碧眼を持つ女性。部屋着なのかジャージ姿だった。学校指定のものではなく、有名なスポーツブランドのものであった。


「どちら様ですか?」


 そうインターホン越しに尋ねるとその女性は消え入りそうな声で「……食べ物を分けてくだせぇ」と戦時中みたいなことを言ってのけた。


 このアパート内で命を狙われることはないと考え、扉を開けることにした。騙すにしても他にやりようはいくらでもあると思ったからだ。もし、これが本当に刺客だったならば、これで騙せると思われていたということになる。いくらなんでもそんな数打てば当たるオレオレ詐欺みたいなものに引っかかるとは思われていないだろうという自負もあった。


 扉を開けると、インターホン越しには分からなかった情報が視界に入ってくる。


 まずは臭い。


 失礼ではあるが鼻につく汗の匂いがした。起きてから着替えもせずパジャマのまま一日ベッドの上で過ごしていたような、汗が衣服に染み込んだ臭いとまではいかないまでも独特の鼻につく匂いを醸していた。


 次に青白い肌と尖った耳。


 月光のみを浴びていきてきたかのような、青白い肌をしていた。いっそ病弱と見間違う程だった。


 その尖った耳はとある亜人の特徴を示していた。それはエルフ。自然を愛し、若い見た目のまま長寿を生きる種族である。純血のエルフは寿命がないと呼ばれる程、いつまでも若かりし姿を保ち続けるという。ただ、西暦以降は人間や他の亜人との混血が進み、今では人よりも倍程度長生きで若い姿をキープできるぐらいに寿命が縮んでいる。また、近代以降だと、都会に生まれて自然にまったく触れないエルフもいるという。この都会に染まった感じを見るに、この子もそういう都会派なエルフなのだろう。


「……食べ物を分けてくださらぬか」


 もう一度、食べ物を乞われた。


 直後に獣の唸り声のような腹の音が鳴ったので、それが虚偽ではないと自らの生理現象で弁明していた。。


 部屋にあげ、とりあえず常備しているスティック状のバランス栄養補助食品を渡した。彼女は「かたじけない」と申し訳無さそうに受け取り、遠慮なく一箱丸々平らげた。


 青白いままだが、多少血の気が戻った彼女に尋ねる。


「どうしてそんなにお腹減るまで我慢してたの?」


「実は拙者、引きこもりでして、親から仕送りを止められた挙げ句、それがし個人のお小遣いが入った各種カード類も使えなくなっていて、食べ物を買うことすらできなくなってしまったのでござる」


「それはさすがに親に理由を話して仕送りをしてもらうべきでは?」


「二人はゴールデンウィーク中は海外旅行に出掛けてて、連絡が取れない状況なのでござる」


 彼女は佇まいを直し、深々と頭を下げる。


「どうかこの引きこもりめにゴールデンウィークの間だけでも食事を恵んでくださらぬか」


 その切実な様子に心が動かされる。


 捨て猫に懐かれてしまい、その場を離れると良心の呵責に襲われるような、そんな心の動かされ方だった。それは同年代、それも良家の子女が「そんなみっともない真似をするものではない」という父性が動いたともいえた。

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