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女装家転生~女装令嬢、お嬢様学校に通う~  作者: 宮比岩斗
2章 だらしない体から脱却しよう
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役割分担という太古からの教え

 ゴールデンウィーク直前の登校日まで日々が過ぎた。


 文芸部の部室には、私、奈緒、白鳥さん、黒木さんの四人がいた。テーブルを挟み、上座に私と奈緒、白鳥さんが座っている。隣になりたくないという奈緒の強い意志によって、私が真ん中だ。反対側に黒木さんが唯一人。まるで面接会場のようだった。


 向かいの黒木さんもこの二週間の成果を、これから親に見せるとあって緊張気味だった。


 最初に述べておくと黒木さんはまったく痩せていない。


 まったくは言い過ぎかもしれない。少しは筋肉が戻り、多少は引き締まったかもしれないけれど、奈緒と白鳥さんが知っているベスト体型には程遠いらしい。


 簡単に痩せられたら苦労はない。


 そんな簡単に痩せられるタイプは、そもそも代謝が悪過ぎて太らない。


 だから、こうなってしまった見た目を活かす方向に舵を切った。暴飲暴食をしてしまったという事実を塗り潰し、仕方なく食べてしまったという虚飾を装う。


「……本当に大丈夫だと思います?」


 今更やらないわけにはいかないでしょう、とは奈緒の弁。


 それを追うように白鳥さんが「うちも確認したけど普通にいけるっしょ」と親指を立てる。


「……本当に本当?」


 再び聞いて、大丈夫だと答える。


 不安なのだろう何回もこのやり取りを繰り返す。


「黒木、あんまりしつこいと馬鹿舌だと思われてるみたいで腹立つよ」


 奈緒が腕を組み、顎を上げ、見下すように黒木さんに忠告する。


 それに平謝りする黒木さん。


 訓練の成果が出ているはずなのにこの心配ぶりたと、本番でヘマをやらかしそうでこちらも安心して待てない。


 この二週間、私たち――主に奈緒が黒木さんに料理を仕込んだ。


 太った理由を自炊を始め、作り過ぎたものを毎回胃に押し込んでいたからにした。決して不摂生したから肥え太った訳ではないと主張するのだ。そこから自分は一人でも大丈夫だと認めてもらい、大学で一人暮らしする権利を勝ち取るのだ。


 そう黒木さんを言い包めた。


 上手くいけば儲け物とも言える作戦である。


 この作戦は黒木さんの主張の強さに掛かっている。


 親御さんと対峙するのは黒木さん唯一人。


 駄目と言われても引かない強さを持ち合わせなければならない。


 太った理由は誤魔化せても、親に権利を認めさせることは難しいと考えていた。


 白鳥さんも同じことを考えたのか「ダメ元だし1回くらい当たって砕けてみれば」とアドバイスをしている。


 そんな野球で失点が続いて球場全体が白けたような空気感が漂う部室で、奈緒だけは黒木さんに言い続ける。


「黒木はできる奴なんだから気負わず結果を見せて宣言するだけでいいの。できる?」


「……自信ない」


「よく言ったわ。自信なんてなくていいの。そこの鳥頭みたいに出来ないくせにやれますなんて言って周りが迷惑見るよりマシ。直前ギリギリまで頭の中で考えなさい。どうやれば上手くいくのか、失敗した時にどうリカバリーするのかを」


 奈緒の発破で元気づけられる黒木さんをどこか遠い目で眺めていた。


 これが弱い人に寄り添える人なのだろう。


 私はこうはなれない。


 それから黒木さんを送り出し、私達は寮にある奈緒の自室で黒木さんからの報告を待つことにした。










 奈緒の自室は閑散としている。


 年頃の女性というものは大なり小なり無駄な物が散らかっているとものである。事実、メイド見習いの子の部屋にお邪魔した時などは私が来るから綺麗にしたといっても、机の隅に追いやられた雑貨など、見苦しくない程度に散らかっているものであった。けれど奈緒の自室は、物が絶対的に少ない。寝具や文机など最低限度の家具は揃っているが、それだけである。あとは見えないところに掃除道具があるぐらいという。


 これを見た白鳥さんは「流行りの断捨離ってやつ?」と驚いた顔で訊いていたが「ライフライン全てを外部に委託する愚かな行為と同じにしないで」と露骨に不機嫌な顔で睨んでいた。


「今回はなーんにも手伝ってないけどさ、実際問題上手くいきそう?」


「上手くいってくれなければ困ります。相談を受けたお嬢様の名誉が傷つきますので」


 そういって折り畳み式の小さな机を置いて、そこに人数分のお茶を並べる。


「名誉も何も私は何もしていないからなぁ」


 黒木さんに料理を仕込んだのは奈緒だ。


 私がしたことといえば方針を示したのと、ちょっとしたダイエットの仕方などをレクチャーしたぐらい。この短期間で挙げられる成果は何もない。


「お嬢様、白鳥がお嬢様に相談して、黒木もお嬢様に相談したという体を取ったということは、今回の成果も責任もお嬢様が背負うことになります。いわば矢面に立っているという状態です」


 たしかにそうとも言える。


 だが、それがどうしたのだろうか。失敗しても私が泥を被るだけで住むならばそれで十分ではないだろうか。


「……奈緒っち、わかってないよこれ」


 これ、とは失礼ではなかろうか。


「お嬢様、矢面に立つということは全ての非難はお嬢様が受けるということです。もし何かあれば攻撃材料にされる可能性があるということ。それだけは理解してください」


「――うん? それは理解してるよ」


 部下の成果は回り回って上司の成果、部下の失態は全て上司の責任。


 だから部下が成果を挙げることは喜ばしいし、部下が失態を犯さないようにカバーする。


 当たり前のことだろう。


「お嬢様、ここは女子高です。出る杭を打とうとする人は少なからずいます」


「私は私が矢面に立って問題解決するキッカケになるなら別に気にしないよ」


 私がそう言うと白鳥さんが肩をすくめる。


「こりゃ駄目だね。大物過ぎてうちらの理屈が通じてない」


「何が駄目なの?」


「奈緒っちは矢面に立った美月っちが傷つくところを見たくないの。美月っちも奈緒っちも目立つから、他のクラスでも色々噂になってるらしいし」


 それは初めて聞いた。


「まー覚悟だけはしてねってことかなー。それがいい所だとうちは思うし」


「……白鳥の言う通り、そこにいてくれるだけで安心する大木のような揺るがなさは美点だと自分も思います」


「あーわかるわー。相談しちゃう感じとか。実際うちもそうだったし」


 注意されていたと思ったら、いつの間にか褒められていた。


 やはり女性の話はコロコロ転がってついていけない。


「でもさ、私は黒木さんのこと元気づけられなかったし。そういうのじゃないよ」


 身体の前で両手を振って、否定を示す。


 すると奈緒が静かに、けれども通る声で「お嬢様」と呼ぶ。


「それはお嬢様のお役目ではありません。お嬢様はありのまま、思うがまま、下々に頼りがいのある背中を見せてくれればいいのです」


「そうそう。あとは道なき道を歩む覚悟をすればいいのだーってね」


 ストンと悩んでいた何かが腑に落ちた。


 それは私の役目ではなかったのだと。


 できなくて当然だったのだと。


 安心した。


「二人ともありがとう」


 その感謝を二人に伝える。


 奈緒は頭を下げる。


「お嬢様、こちらこそ黒木の相談に乗ってくださりありがとうございます」


 それを眺めていた白鳥さんがぼやく。


「顔の良い二人が感謝し合ってるのって、それだけで目の保養になんのね。二人見てたら思い知らされたわー」


 奈緒が茶化されたと思い、白鳥さんと言い争いが始まる。もっとも奈緒が一方的に怒っているだけのようだが。


 それを眺めて時間を潰していると、黒木さんからスマホに一報が入った。


 そこには「上手くいきました」という文章と、「ありがとうございます!」とお辞儀したスタンプが表示されていた。


 二人に上手くいったらしいと伝え、私は先に休むと寮の自室に帰る。


 制服のまま、ベッドに寝転び、大きく伸び、脱力し、大の字になる。


 きっと力が抜けたこの顔はヘラヘラと笑っていることだろう。

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