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女装家転生~女装令嬢、お嬢様学校に通う~  作者: 宮比岩斗
2章 だらしない体から脱却しよう

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家を綺麗に保ち続けるのが難しい程度には現代社会は忙しない

 私たちは体育館にいた。


 明華女学院には体育館とグラウンドがいくつかある。それに加えて各部活動専用の施設がいくつか存在する。各部活は基本的にそちらの施設を使うため、体育館やグラウンドは部活動に入っていない生徒が自由に使うことができる。そう謳っているものの、それを実際に借りているのは部活が休みでも自主トレがしたい子たちぐらいだ。ここに通う子はみんなお金に不便したことがないので、ダイエットしたい子やちゃんとした筋トレを趣味にしている子は、会員制ジムに通うらしい。


 つまりは貸し切りに近い状態で体育館を使用できるということだ。もし、ここが馬鹿な男子ばかりが集まる学校ならば放課後も占領されていたはずだ。


 今ここは黒木さんのための専用ジムと言っても過言ではない。


 そう黒木さんに、体育館を広々使えることの素晴らしさを説いたのだが「……ルームランナーとかじゃ駄目だったのかなぁ」とイマイチ素晴らしさに理解を示してくれていない様子だった。


 ここにいるということはもちろん運動をするためだ。


 黒木さんが太った理由として、私生活が乱れた――親が海外に出張し、ふんだんなお小遣いでおやつを山を溺れたらしい――のを是正する必要もあるけれど、ひとまず運動してお腹についた贅沢な肉を落ちやすい体を作ることにした。


 体力を見るため、体育館を十周ほどしてもらったのだが中々どうして思ったよりも軽快に動けていた。元々痩せていたと聞くし、筋肉も精肉も付きやすい身体なのかもしれない。体育館を十周走り終えた黒木さんは息が切れた様子もなく、まだまだ走れそうだった。


 私は拍手で黒木さんを迎える。


「黒木さん、凄いよ。中学生の頃は陸上部だったりする?」


 黒木さんは私にはまだ慣れないのか、伏し目がちに「違います」と返事をくれた。


 なら他の運動部だったのだろうと思い、何部だったのだろうと推理していると私の後ろで控えていた奈緒が前に出て黒木さんの頬を鷲掴みにする。


「ねえ、自分の目には魔法使って楽をしていたように見えたのだけれど、一体どういうつもり? 痩せる気ある?」


「ごめんなさい~。あるから怒らないでぇ~」


 鷲掴みされているからなのか酷く音を発しづらそうに謝罪の声が聞こえた。


 魔法――いわゆる念動力は、私の目からすると、どこにどうやって使ったのか皆目見当がつかない。そもそも目には見えない力を操るため、魔女という異名が種族名にされた亜人の力を見当つくわけがないのだ。


 奈緒が何故わかったのか不明であるが、元々そんなに走れる訳がないと知っていれば難しい推理ではないのだろう。


 黒木さんは後ろから圧をかけてくる鬼教官である奈緒と一緒に再度体育館を十周した。今度は、早いうちから足元がふらつき、息も絶え絶え、脇腹を押さえている始末だった。拷問になってしまった体育館十周を終えると、その場に倒れ込み、ただ息が荒いだけのご遺体となっていた。


「もう無理ぃ。死んじゃうぅ~」


 涙目で訴えかけてくる黒木さん。


「水ぶっかければ生き返りますよ」


 警察学校の鬼教官如き奈緒。


 二人に挟まれ、出した答えは「黒木さんの家に行ってオヤツ没収するから、今日はこれぐらいにしましょう」という黒木さんをフォローするものだった。


 そのつもりだったのだが、黒木さんは「オヤツだけは勘弁してぇ~」と私に縋り、奈緒は楽しげに「たしかに明日に備えて今日はこれぐらいにしといた方がいいですね」と言って、「明日もあるからな」という事実で黒木さんを地獄に叩き落としていた。










 黒木さんの自宅は、高層マンションの一室だった。何LDKかわからないけれど、とにかく広く、そして散らかっていた。買い込んだお菓子がテーブルで山となり、ソファ横の床には漫画本が平積みされている。幸いゴミはゴミ袋の中に入れられていたが、パンパンのゴミ袋が廊下にいくつも並んでいた。おそらく数週間は捨てられていないと見た。


「……掃除ね」


 この惨状を見かねたのか、奈緒はそう呟くと袖を捲り、部屋の掃除を始めた。黒木さんは申し訳なく思ったのか、止めようとしたのか「待って」と言いかける。言いかけて、言うのを止めた。おそらく、このまま奈緒が掃除して部屋が綺麗になった方が都合が良いのだろう。私もこちらに生まれてから身の回りの世話を焼いてくれる人たちがいたから、気持ちは分からないでもない。


「黒木さんは私とお話してましょうか」


 雑談のつもりで誘ってみた。どうせオヤツなどは奈緒が掃除ついでに片付けるので、手持ち無沙汰になるから仲良くなろうと歩み寄ってみた。


 けれど、その誘いをどう受け取ったのか黒木さんから息を呑む音が聞こえる。


「お、お手柔らかに……お願いします……」


 この部屋の惨状を見て、怒られると思ったのだろうか。


「この部屋だと邪魔になるから二人で話せる部屋とかある?」


「あ、それでしたらこちらにどうぞ……」


 連れてこられた部屋は寝室だった。シングルのベッドが二つ並んでいた。おそらくは黒木さんのご両親の寝室であろう。私たちは向かい合わせに、それぞれのベッドに腰掛ける。


「勝手に入ってよかったの?」


「両親はいませんし……他に綺麗な部屋はないですから……」


 口にしてから「あっ」としまった顔をする。


「柴田さんに言わないでください……」


 そう頼まれてしまった。


「もちろん言いませんよ」


 奈緒の場合、勝手に部屋に入って掃除をするだろうから。


「ところで魔法ってどうやって使うの? 教えてくれない?」


 だから、奈緒が他の部屋に入ってしまったことがバレて、拗ねてしまう前に私は自分の興味を満たすことにした。もちろん、魔法がどういったものなのかを知らなければ先程の体育館みたいにズルされても見抜けないという理由もある。


 大義名分とも言える。


「知りたい?」


 そう問いかけてくる黒木さんは「聞いて」とばかりに目を輝かせていた。もちろん「知りたい」と答え、色々教えてもらった。どういった感覚で使うのか、どこまで重いものを制御できるのか、いつから使えたのか、など盛り上がった。


 その中で一つ、引っ掛かった会話があった。


「……両親が出張してくれたおかげで家の中でも大っぴらに使えるようになったんだ」


 これだ。


 本来、子供が一番、素の状態を見せるのは家族の前である。部室でポテトチップスを念動力で口に運んでいたように、家の中ではそれを多様していてもおかしくはない。むしろ、それが正常ともいえた。


 しかし、黒木さんはその逆を語った。


 親との関係が上手くいってない。


 私はそのように筋を読んだ。


「親と仲悪いの?」


「……よくしてくれてるよ。折り合いは悪いけど」


 そう口にした黒木さんは自信なさげだった。


「せっかくだからさ、話してみない? 話してみたら少しは気が楽になるかもしれないよ」


「……それじゃせっかくだから」


 黒木さんが語ったのは、親が教育熱心だということだった。とてもきちんとした人だという。だから見世物にされた歴史や魔女狩りの歴史を持つそれを使うことを禁じた。ただ悲しきかな、黒木さんとの相性がすこぶる悪かった。黒木さんは独立心が強く、自分の感性に従って生きるタイプの人種である。対して両親は規範規律を守ること、社会全体に奉仕することが大事だと考えるタイプ。それは対極に位置しており、互いが互いを理解不能と考える。そういう相性の悪さだ。


 両親が悪い訳でも、黒木さんが悪い訳でもない。


 それぞれ同じタイプだったのならば、それに疑問を持たず、親の言うことを受け入れられるだろう。


「黒木さんはどうしたいの?」


「……正直、ほっといて欲しいなぁ。大学行ったら家出たい。魔法だって、家の中でぐらい自由に使いたい。でも一人じゃなにもできないって思われてるから無理そう」


 そう言って枕を浮かべる。


「でも訓練で四六時中魔法使ってたら筋肉落ちてるとは思わなかったなぁ」


 常に念動力で補助されていたから恒常的にかかる負荷が少なくなって、筋肉量が落ちたのだろう。無重力空間に長くいて地球に帰ってきたら自力で立てなくなる宇宙飛行士のようだ。もっともあちらはカロリー計算をしっかりしているので、黒木さんのように太ることはないのだが。


「黒木さん、ご両親はいつ帰ってくるの?」


「母だけですが、ゴールデンウィーク前に様子を見に一時的に帰宅します」


 今は四月の中頃。


 残り二週間。


 体型の改善を多少できても、元の体型に戻るには時間が足りない。それならそれでやりようはある。


「一人でも生きていけそうと思ってもらおうよ」


 黒木さんは「無理だよぉ」と泣きそうな顔をする。


「大丈夫。私に任せて」


 そう自分の胸を叩いた直後、寝室の扉が開く。


「くーろーきぃー、他の部屋も見たけどなにあの魔窟具合。野良犬だって自分の寝床ぐらいは綺麗にするわよ」


 青筋を立てた奈緒がそこにいた。


「ちなみに私の誘いを断るとあの鬼教官からの地獄のダイエット&生活矯正ブートキャンプが待っています」


「……お手軽コースでお願いします!」


 この流れを経て、私にはやはり人の弱さに寄り添い解決するのは無理だなと思った。


 私にできたのは、慣れ親しんだ弱さにつけ込んだやり方だけだった。


 強面刑事が脅しまくったあとに、優しく懐柔しようとするやり方だけだった。

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