「今の私には」
「……な、なに……これ……」
アルに言われた通り城外へと飛び出した雫は、目の前の光景に言葉を失った。別に一方的に蹂躙されていたというわけではないが、見方によってはそれよりも恐ろしい光景が目の前に広がっていた。
「……全員同じ見た目じゃん……」
そこにいたのは、数え切れないほどの「数」のボス、花端賢章だった。圧倒的な物量で、武装した兵士たちを飲み込んでいく。見れば砦の周りには爆発痕があり、これでも創の策によって既に数が減っている状態だった。
「う、うわぁぁ!!」
いくら異世界といえど、ここまで異質な敵と戦った経験や、ここまで異質であるという予測は、ただの兵士たちや指揮官にはまるで出来ず、彼らは側から見てもわかるほどに狼狽えていた。これを知っていたのは元々彼らの仲間だった創だけだろう。だが彼にしても花端のスキルの全貌を知っているわけではなく、こと戦争をするにあたって、ここまで増殖出来る可能性を切り捨てていた。
雫は大剣を構えて、兵士たちの前へと飛び出した。
「貴方は桐生様の……ってその剣は!」
「その件はあとで聞くから、今は見逃して!」
大剣を大きく振りかぶり、全身をしならせて、迫り来る人の波に向けて一閃。
「どっせえぇぇぇぇい!!!!」
そして、まるでモーゼのように波を叩き割った。剣圧でバラバラになった分身達は、普通の人間なら死亡する損傷を受けて液体のように溶け出し蒸発する。
「なーんだ、これ分身してるってだけじゃない」
そして、瓦解した波の中から巻き込まれていた兵士たちがバラバラと飛び出した。
「こ、これは……?」
「助かったのか……ってその剣は!?」
「使い終わったら返すからさ。あと少しだけ見ないふりしといてくれない?」
「……ええ、この戦いに勝つには貴方の力が必要みたいですからね」
「話がわかるね。たすかる」
「はい。ここの残党は我らでどうにかなります。不躾な願いになりますが、貴方様は他方の仲間を救っていただきたいです」
「了解!」
大剣を背中に背負い直して、雫は地面を蹴って走り出す。飛ぶように走る、と比喩されることもあるが、『怪傑』によって並外れた身体能力を手に入れた彼女は、正しく飛んでいた。一歩で真反対の位置まで飛び出すと、そこには人の波の代わりに、無数の兵士が倒れていた。そしてその屍の上に、一人の男が無造作に立っていた。
「……聞かなくてもわかるよ。アンタ敵だろ」
「……敵? 俺としては、お前には味方になってもらいたいんだけど」
全身を黒い服で纏めた男は、値踏みするように雫を見てそう言った。当然、雫はその申し出に対して即決する。
「人を踏みつけて平然としてる奴の味方になるわけないでしょ」
「敵意剥き出しだなぁ。……じゃあこうしよう。俺がお前を制圧するから、そしたら俺の言うことを聞いてくれ」
「交渉になってないよそれ」
「うーん……難しいな。まあでも、痛めつけたら言うこと聞くだろ」
男がそう言って右手を挙げると、瞬時に辺り一体が暗闇に満たされた。それは光を一粒も通さない根源的な闇で、雫の目には何も映らない。
「人相からしてこんな感じのスタイルだとは思ってたよ。でも……」
雫は呼吸を整えて、拳を固く握り込んだ。そして、本能のままに暗闇を殴りつけた。
「がはっ……」
拳に確かな感触。呻き声が示す通り、男は顔面を強打され、物凄い勢いで吹き飛んでいった。
「今の私には通用しないね!」




