「少年趣味かよ」
「うわっ!……おいおい、寝起きの運動って話じゃなかったっけ?」
美月はアルの攻撃を避けた後、アルの蹴りによって破壊された木の幹を見て冷や汗をかきながらそう呟く。
「最初はそのつもりだったけど……一般人にここまで避けられたら、本気出すしかないでしょ。それに確かめたいこともあるしね」
「いやそれ理由になtt……」
「どーん!」
アルは美月の声を遮り、容赦なく飛び蹴りを放つ。美月はこれもかろうじて避けたが、またもや犠牲になった木を見て戦慄する。
アルもその自分の力以上の攻撃に、恐らくこの世界はレベルが上がらなくても得た経験値分能力があがるようになっているのではないかと推測をたてる。
「ほいっと」
「ぐっ……」
アルの攻撃をギリギリで避けたり、はじいたりして何とか耐え忍ぶ。
先程から防戦一方の美月だがおそらくまだレベルの上がった自分の体に慣れてない、というより戸惑っているのだろう。
恐ろしく早い攻撃なのに目でとらえられ、体が追い付く。自分の体じゃないようなそんな感覚に。
バァン!、と強烈な打撃音が響く。美月は腹部の痛みに顔を歪ませながらアルの手首を掴んで強引に動きを止める。
「いっつ……。終わりだ終わり。もう十分に目覚めたろ?」
「あ……ごめん。ちょっと調子に乗りすぎた……」
しゅんとするアルに知らない感情が沸きだす美月だが、いやいや……と首を横に振ってその感情を否定する。
「別に気にしてねえよ。それより、早くこの森から出ようぜ?干し肉ももう出来上がってるだろうし」
「それもそうだね。ここにいても何も始まらない」
先程の騒動で元々いた位置から大分離れてしまったため、アルは急いで元の位置へ戻る。その間美月はスキルの確認をしようとキューブの電源を付ける。
「今度は文字化けしてやがる。あいつが言うにはこの世界が認識してないと読めなくなるらしいが……よくわかんねえな」
はあ……と美月は肩を落とす。
「てかこの世界にきてまだ二日かそこらなんだから理解できなくてもいいか」
これからも理解できる気はしないけど……とつぶやき、キューブの電源を落とそうとすると、キューブの画面に通知が表示された。
「んだこれ?アルハード……ってあいついつのまに登録……」
美月が内容を確認しようとしたとき、アルが向かった先で大きな音が鳴り、そちらに視線を向けると砂煙が立っていることに気が付いた。
あそこにいるのはアル、万が一もないくらい鬼強いことを美月は知っている。だが、だとしても
「向かわないわけにゃいかねーよな」
そして美月は砂煙のする方へ全速力で駆け出した。
美月が来るまでの数秒間、アルは突然襲撃してきた男に首を絞められていた。
「うぐっ……」
「おお、抵抗してくれるのか」
「ぐがっ……」
さらに強い力でアルは首を絞められる。
アルは現状を整理する。キューブの振動から近くに誰かがいることを察知し、美月に連絡。そしてそのあと恐らく男の攻撃だと思われる岩石の落下を反射的によけてしまい、体制を崩したところを後ろから襲われ、今の状況に至る。
不意打ちされたとはいえここまであっさり敵の攻撃を許すなんて……とアルは自分の油断を戒める。相手に上に乗られ、うつぶせの状態で押さえつけられているため思うように力が入らず抜け出すことが出来ない。
「うーん、この体制じゃあ表情が見えない……」
男は言葉の途中で何かを察知し首から手を放す。直後にごおんっ!と凄まじく鈍い音が響き、アルの体は完全に開放された。
「がほっかほっ……」
「大丈夫か?アル。……こいつに馬乗りで首絞めって、少年趣味かよお前」
美月は男が吹き飛んだ方向に視線を向ける。土煙が上がっていて姿は見えないが、今の蹴りの手応え的に立ち上がっているだろうと予測する。すると案の定、まるで今の蹴りが全く堪えていないかのような立ち振る舞いで土煙の中から姿を現した。
「心外だな、加虐趣味はあってもそんな趣味はもった覚えはない」
「あっそう、お前の趣味なんざ1㎜も興味ねえよ」
一蹴する美月の横で、アルは首をさすりながら中指を立てる。
「そうか、まあ一人も二人もこの際変わらない。……まとめて殺すか」
男は手を開き、目測で2m程の棒を伸びるように出現させる。
「そもそもまだ時間じゃないのに、馬鹿なのかな?」
「何の話だ?」
「ネムちゃんがいってたでしょ? この世界に来てから72時間は参加者を殺せない。僕らは8時くらいに起きたわけだから、あと何時間かは制約がかかって人を殺すような攻撃はできない。しっかりミツキで試したし間違いはないよ」
「俺で試したってなんだよ!?」
「それよりほら、あの変な奴倒さなきゃ」
「変な奴って……まあその通りか」
「失礼だな!」
「うわっ……」
美月はアルを抱えて男の一撃を難なく躱す。
「あれ聞こえるって耳良すぎだろ」
「そういえばまだ名乗ってなかったな。俺は劉然。お前達は?」
「覚えたくないし言いたくもないよ……」
アルは怒気を孕んだ冷たい声で敵意むき出しで答える。
「だってさ。まあ俺は名乗るけど。藍沢美月だ、覚えとけ!」
「ほう、中々粋なやつだ」
「不意打ちしてくるような奴に粋とかわかるの?」
「金髪のガキには用はない、話に入ってくるな」
「殺す……」
アルはまるで相手が親の仇でもあるかのように静かに激昂する。
「まだ時間過ぎてないって自分で言ってたろ……」
「ミツキはその辺で見ててよ、僕がぐちゃぐちゃにするから」
「だから用ないって。あとで殺してやるから下がって……」
ギィン、と劉はアルのナイフを棒で受け止める。
「……そうかそうか」
劉はそのまま前蹴りを繰り出すが、アルにはかすりもしない。
「どこ狙ってんの?目、ついてる?」
「俺は気が短いんだ。後悔させてやるよ」
アルの一言をきっかけに二人の戦闘は激化する。外から見るとあり得ない速度で動くアルが有利に見えるが、その実ほとんどの攻撃が捌かれているのを美月には見えていた。
「その辺で見てろったって、このままじゃほんとに6,7時間続きそうだな……」
美月はぼそりとつぶやくが、アルも同じように、決定打が絶対に出ない打ち合いを快く思っていなかった。
持久力勝負に持ち込んでもいいが、その場合は先に仕掛ける形をとった自分の方が不利になるため、停滞せざるを得ない。劉の方もそれを理解しているため、捌くだけで攻めてこない。
暫く打ち合いが続いた後、鈍い打撃音が響き、双方共に距離をとる
「後悔させてやる、とか言っときながら全く攻めてこないなんて、ダサいと思わないの?あ、だから僕に用はないとか言ってたんだ、殺せないから」
「お前こそ、「ぐちゃぐちゃにする」とか言っときながら、まともに攻撃が当たってない現状がわかってないのか?」
互いに煽りあった後、しばらくにらみ合う。またあの攻防に戻るのか……と美月が思っていると、アルは美月の方へ振り向きその予想を裏切る嬉しい一言を放つ。
「ミツキ、一旦引こう。このままじゃジリ貧だ。それに……」
会話中でもおかまいないしに振るわれる劉の一撃を躱し、嘲笑しながら言い放つ。まあ、敵同士だし当たり前の行動なのだが。
「こんな不意打ち野郎、いつでも潰せる」
「……その不意打ちを避けきれず助けてもらったガキが言うんじゃあ説得力もくそもねえ。それに、逃げられるとでも思ってんのか?」
「逆に、追えるとでも思ってんの?」
劉の前に美月が立ちふさがる。先程の蹴りを加味して、美月とアルの両方を相手できるなんて自惚れるほど劉は素人ではない。
「引くなら今のうちだよ」
「……ちっ」
劉は苦虫を嚙み潰したような顔でアルを睨みつける。
「次は殺す」
そう捨て台詞を吐いて、劉はこの場を立ち去った。
「なんか、いろいろ凄いやつだったな……アル?どうかしたのか?」
劉が去ってから暫く黙って空を見上げるアルに異変を感じ、美月が声をかけると空に向かって大声で叫びだした。
「ほんっとに腹が立つ……。なにが次は殺すだクソ野郎が! こっちのセリフだわボケ! ああもう、この世界に来てからやなことばっか! ドラゴンに追われるわ、変な野郎に首絞められるわ、最悪だよ! プラスなんてミツキにあったことくらい! これ以上は帳消しにならないよもう!」
急に不満をぶちまけるアルに美月は驚き、少し引く。
「あ、あの? アルハードさん?」
「ああ、ごめんミツキ。英語で話しちゃって」
「英語? 全然日本語に聞こえたけど。あ、もしかしたらこの世界だと聞く側が理解できる言語に翻訳されるのかもな」
「え? でも、そんなはずは……いやもしかして……」
何か思い当たる節があったのか、急に顔を赤らめるアル。
「今の、忘れて……」
そういってアルは全速力で爆走する。
「……意味わかんねーよ」
美月はこれ以上ないまでに取り乱すアルに戸惑いながら、後を追うのだった。