「……それじゃ僕が一番弱いって言いたいのかな?」
爆発音が連鎖的に轟き、城を揺らす。
「地雷発動してるね。もうすぐそこまで来てるじゃん」
「そうだな。お前たちは先に前線に出ておいてくれ。俺はやることをやってから向かう」
「言われるまでもないな。こっちはこっちで勝手にやる」
晴祥はそう言って窓を破り、そのまま城外へと飛び出した。
アルと千春も別々の方向に別れて進む。はなから協力する気は感じられない。
「ちょ……こんなに統率出来てなくて大丈夫なの?」
雫は不安そうに呟いたあと、すぐにアルの後を追った。これは信頼と心配からくる行動だ。彼女はアルが聡明で、自分の助けがいらないほど強いことを知っている。だが、明らかにコンディションが悪いのを目で見て感じ取っていたのだ。睡眠不足や過労によるものだけではない、何かが彼に纏わりついているのを、本能的に悟っていた。
「あれ。なんで着いてきたの?」
「そりゃあ、戦いなんだから一人でいちゃダメでしょ」
「いや、君じゃなくて」
「?」
アルは困惑する雫を無視して、何もない空間にナイフを投げる。するとそれは壁に到達する前に地面に落ちた。それを見た瞬間、流石の雫でもそこに敵がいることを理解して臨戦体制を取る。
「もっと前から気付いていたでしょう。泳がせたつもりですか?」
「いや? この子が気付いてなかったからだよ」
何もない空間から、白髪の男が突如として現れる。中年の男は短い髭を携えて不敵な笑みを浮かべる。背は高く、そこまで太い印象的はないが、それでも芯の太さを感じ取れるくらいに鍛え上げられた体をしているのがわかる。
この男の存在は雫以外気付いていたものの、アルだけが男からする異臭に気付いていた。それは、自分と似た匂い。卓越した技術と鍛え上げられた肉体、そして今幾度となく修羅場を潜り抜けてきた経験は、特殊組織を連想させる。それ故に、アルは疑問を覚えていた。
きっと優秀な頭脳を持っているはずなのに、何故最初に僕を狙うのだろう、と。
「てか、早く質問に答えてくれない? なんで僕に着いてきたの?」
「失礼なのは重々承知ですが、端的に言えば、『一番簡単だから』です」
「……それじゃ僕が一番弱いって言いたいかな?」
アルは男を睨んで不服そうに反論する。それに対して男は表情を変えず、張り付いた笑顔のまま応答する。
「その通りです」
「じゃあ君の目は節穴だね」
「うん。よりにもよって一番強い子を選んじゃうんだからね」
「いやはや、手厳しいですね」
そう言うと男の雰囲気が変わった。構えを取っていないのに、臨戦体制に入ったのがわかる。そして、アルはとある記憶を思い出した。
「システマ……アンタ、KGBかなんか?」
「おや、わかってしまいますか」
「そりゃわかるよ……結構世話になったからね」
それは昔戦った、母国の仇敵だった。アルは内戦や紛争のときの傭兵として以外にも、要人暗殺やスパイとして活動していたため、よくKGBの連中とは顔を合わしていた。そのため、酷い環境で育ち愛国心のたかが知れている彼でも、彼らに対する印象は良くない。その厄介さをよく知っているのだ。
もちろん、もうアルの顔を知っている構成員は1人もいない。
「雫ちゃん。先行ってていいよ。君は前線に加勢した方が活躍できる」
「でも……」
「安心していいよ。こういうやつは昔沢山倒したから」
「……そんな話、私の耳には届いていませんが」
「そりゃそうだよ。全部殺したもん」
「では同胞の仇……取らせていただきます」
そして男は険しい顔で高らかに声を上げた。
「私はイーゴリ・イグナチョフ。元KGB第一総局職員」
「……アルハード。色々やる傭兵だよ」
そして、イグナチョフは地面を蹴ってアルに飛びかかった。その瞬間、彼の体はとてつもない勢いで壁に衝突する。
「いや、2人一緒に先に行こう。それが一番効率いいでしょ」
右手の拳を固く握ったまま、雫はそう宣言した。