「人殺しはだめだね」
「ほら、どうぞ」
「そんなご丁寧に、ありがとう」
冴島は二人分の紅茶を入れてアルの向かいに腰掛ける。
「勝手に居座っといて何言ってんのよ」
「でもお茶出してくれるんだ」
「そりゃ、客人はもてなさなきゃダメでしょ」
「へぇー……それ、社会人のじょうしきってやつ?」
アルは笑いながら、差し出されたお茶を一口で飲み干した。
冴島も先程と比べると砕けた様子で、警戒が薄くなっていた。
「社会人というより、人としての、よ。貴方だって、友達が家に来たら気分良く帰ってもらうために色々もてなすでしょ?」
「そんな経験ないからわかんないや」
「……それは、ごめんなさい。それで、ここに居座ってまでする話ってなに?」
冴島は視線をアルから外して直ぐに話題を変える。どう見ても周りからもてはやされるような見た目をしている少年なのに、と思ったものの、深く踏み込みはしなかった。アルにとってはその限りではないが、容姿に触れられることを極端に嫌がる人間の存在や、会って数分の人の過去をほじくるのも礼節に欠けると彼女の頭は判断していた。
だがアルはそんなことお構いなしに、自分の過去話を語る。
「そんな気まずそうに話題変えられたら気になるよ。だからちゃんと説明するね。別に友達がいないわけじゃないよ、この世界に来て一人できた」
「それじゃ、元の世界じゃいなかったの? 貴方みたいな子がいたら絶対誰か声かけると思うんだけど」
含みのある言い方をするアルに、冴島は思わず質問してしまう。先程まで我慢していたが、その限界が来たのだ。
元々、冴島鏡花という女はこれぞ模範という生涯を歩んでいた。小中高と優等生だったし、名門大学へと進学したあともストレートで卒業して就活も成功した。だが、彼女はイレギュラーに弱かった。イレギュラー対応に手間取る度に、上司から「学生時代、言われたことしかやってこなかったんだね」と小言を言われる始末。そのストレスが溜まり、今までの選択が間違えていたのではないかと、そんなわけはないのに疑ってしまうようになった。そのせいで、自分が経験できなかった予想できない過去が大好きになったのである。今回も不謹慎だとは理解しながら、目の前の煌びやかな少年の壮絶な過去に思いを馳せて、目を輝かせているのだ。
「まずそういう環境じゃなかったから。僕孤児でさ、血の繋がってない姉と今の親代わりの人に引き取られたんだよね。そこで色々教えてもらったから、学校行ってないんだよ」
「塾とかにも行ってないの?」
「うん。家でひたすら訓練してたよ」
「訓練って、なんの?」
冴島はこの時点で少年の過去が自分が触れていいレベルではないと察知していた。しかし、踏み込んだ以上は後戻りできない。思考を横切る悪い予感を無視して、さらに耳を傾けた。
「人殺し」
その一言で全身の血の気が引いていくのがわかった。何よりも、それを平然と語っている少年により一層の恐怖を覚えた。平然と語れるほどにまで経験したということなのだろうか。鏡花はその発言で目が覚めるどころか、更にドップリのめり込んでしまう。
「他にも、ハニトラとか、地雷撤去とか、あと免疫つけるために毒も食べたかな。知ってる? 偉い人って大体の少年趣味なんだよ?」
想像を絶する体験であるに違いないのに、笑顔で簡単そうに語る様子に、冴島は言葉を失った。やはり、想像が及ぶ範囲ではなかったと思い知り、理性が追いついたのか自分の軽率さに強く失望した。それでも、傾聴の姿勢は崩さない。辛いであろう過去を過去を話してくれる相手に対する敬意と礼儀を捨てるほど、彼女は愚かではなかった。
「そのあと傭兵として紛争地帯に行ったり、雇い主の政敵を陥れるために働いたり、色々したな。楽しかったこともあったけど、やっぱ人殺しはだめだね。癖になっちゃうからさ。あれ、そんな呆然としちゃってどうしたの? やっぱり重たかった?」
「ええ、かなりね。正直そこまでとは思ってなかった」
「僕も初めて誰かに話したよ」
「この世界で出来た友達には話してないの?」
「まだ会って1週間かそこらだよ? 話せるわけないじゃん」
「でも今日会った私には話すのね」
「それは、君みたいな人にはこういう話が効きそうだと思ったからだよ」
「効きそうって……それ正解ね。もう私、君に敵意を持てなくなってるし」
冴島は軽く笑って、紅茶に口をつける。話に夢中になったせいか、それはもう冷めてしまっていた。
「そろそろ本題を話してくれない?」
「本題、ね。正直、君を仲間にするのが目的だったからもう果たしたかな」
「そう……強いのね」
自身の過去を惜しげもなく利用するその強かさに、冴島は尊敬の念まで覚えた。
「うん、僕は強いよ」
ただアルハードにとっては、自分の全ては自分の駒に過ぎないだけであった。
その後、アルは一度ゴーゼスタウンまで戻り、青いキューブを持って再びこの小屋に訪れる。冴島鏡花をそれに登録した後、数日後起こる戦争に参加することを伝え、彼の目的は達成された。
アルが立ち去った後、冴島鏡花は再びこの一帯に幻術魔法をかける。
「年下があんなに苦労してるんだもの、私も頑張らなきゃダメよね」
冴島はそう言って自分の服装を再度見直した。胸の強調されたドレスは腹部に密着し、細い線のスタイルを強調させる。下半身はチャイナドレスのスカートを長くしたような見た目だが、スリットによって着ている側からすると服として機能していない。ただの痴女的ファッションである。
こんな姿で、あんないたいけな少年を家に連れ込んでいたなんて、元の世界だったら間違いなく事案になっている。
先程の心意気はどうしたのか、冴島の心はへろへろになっていた。
「でもやっぱ、この服だけはないよ〜……」
と、マグカップを片付けながら、一人愚痴を溢すのだった。




