「助かったぜ」
質量が波の様に広がり、瓦礫を飲み込みながらラクトールに襲いかかる。だが彼はそれに怯むことなく、あろうことか自分から突っ込んでいく。
「トチ狂ったか……。じゃあ死ねよ!」
波が更に早く、更に高くなる。先程とは比べ物にならない増殖速度である。何故この速度へと成長したのかは本人にもわからない。わからないが、迫り来る危機に対抗するための唯一の手段であることは本能が理解していた。
ラクトールを遠ざける為に、更に速度は上がっていく。本人の存在が危ぶまれるほどの速度で波は加速する。それでも光は止まらない。目の前のもの全てを薙ぎ倒して、最短距離でこちらに向かってくる。
「あぁ……」
だが、先程のような圧倒的な勢いはそこになかった。分身達が春雪のように溶けていることには変わらないが、僅かにラクトールの進行速度を彼の増殖速度が上回っていた。
徐々に離れる距離と共に、彼の心に安寧がもたらされる。そして、その安寧は余裕となり、勝利への筋道を思考し始める程まで肥大化する。
波は徐々に範囲を絞って、ラクトールを包囲するように迫る。その時、背後で大きな声が上がった。
「うわっ、なんだこれ! おんなじやつが一杯いる!」
意識を取り戻したのは稀山将吾という、先程劉と美月に殴られた風を操る男だった。彼の周りには乱気流が発生していて、突然の事態に軽いパニックになっていた。
「……丁度いいな」
ラクトールは踵を返して、稀山の方向へと走り出す。中身は違えど姿形は美月そのものなので、混乱している稀山でも、向かってくるのが敵であるということを理解する。そして、一旦理解できない状況を置いておき、その敵を迎撃することだけにリソースを割く。
「テメェ……!! よくもやりやがったなぁ!?」
自分の組織のトップが死に物狂いで生み出した分身を巻き込んでいるとも知らずに、彼を中心に風邪が集まっていくそれに比例して乱気流もどんどん大きくなっていく。風は徐々に形を成し、やがて真っ黒な球体へと変化した。辺りにいた分身達はほとんどその球体に吸い込まれ、綺麗な更地となった。
「いくぜぇー!! 暴風龍の乱射弾!!」
黒い風が地面を抉りながらラクトールへ向かって発射される。辺りのものを吸い込み、引き寄せ、肥大化しながら進んでいく。
ラクトールの両足は土を抉りながら前へと進んでいく。それと同時に、右手が白く光だす。そして、黒い球体を割るように腕を振った。
「助かったぜ。マジで」
大量に集まった神力は形を変えて、黒い球体を真っ二つに裂いた。風はその断面から外に逃げ出し、辺りのものを吹き飛ばしていく。
「く、クソがぁー!」
稀山はもう一度風を集めようと画策するが、外へ向かうエネルギーが強過ぎて制御することが出来なかった。かろうじて出来たのは、前から来る風を自分に当たらないよう少しだけ向きを変えることだけだった。
「でもよぉ、殴りかえさねぇと気が済まねぇー!」
あれだけの力を見せられたのに、彼の闘争心は一切失われていなかった。それどころか、更に強くなったとも言える。彼は背後に出来た無風を使って、自分を加速させる風の翼を作り出した。そしてその勢いに乗って、ラクトールへと殴りかかる。
「ガハッ……」
加速した拳は空を切り、代わりに稀山の腹部へと拳が突き刺さった。
ラクトールは彼の体を静かに地面に置いた。
「案外好きだぜ。お前みたいなやつ」
彼は改めて花端の分身と相対する。分身は風の吸引と排出によって、かなり向こう側へ押し返されている。
そしてここで心臓が熱く跳ねる。
「帰ってきたか……。それじゃ、任せたぞ」
美月の体から一瞬だけ全ての力が抜けて地面に倒れ込む。その寸前で、彼の魂が体に宿った。
「任せとけ……って、これどういう状況だよ」
美月は押し寄せる分身の波を見て、困惑の声を漏らすのだった。




