「多分、どっちも敵」
一切の光も入らない瓦礫の中で、ラクトールは美月の目をゆっくりと開いた。全身は瓦礫に埋もれ、右腕は使用不能なほどに損害を受けている。それでも彼は表情ひとつ変えず、大きく息を吸った。
「久々に見る景色がこれってのはな」
瓦礫がズレて、物が擦れる音と崩れる音が同時に反響する。隙間を埋めようと周囲が一斉に動き出している。見ると、挟まっていた体はいつの間にか自由になっているではないか。無理に引き出したような痕跡は全くない。それどころか、右腕以外の損傷は時間と共に消失していく。
「ふんっ……」
神経まで見えるほど潰れた右腕が、彼の意思で虚空を強く握る。すると白い光が患部に集まり、粉末なような骨が強固に結束し、削がれた肉が補填される。そして数秒のうちに、右腕は損傷する前の姿に戻った。
「あと何分いられるかわからない。急がないとな」
目の前の瓦礫へと足を進める。障害をものともせず、ただ真っ直ぐ歩いていく。だがぶつかる音はしない。そう、瓦礫が彼の体をすり抜けているのだ。美月の不完全な技術とは違う、彼が編み出した本物の神業。動かすなんて到底不可能な障害物も、彼からしたら空気と相違なかった。
瓦礫から抜けて、久々の光を浴びる。だが暗闇は終わっても見える景色は変わらず、むせかえるような血の匂いとひしゃげた建造物は健在だった。
ラクトールは地響きに包まれ、音のない空間で唯一騒がしい場所に目を向ける。そこは目で見えるほどの煙が立ち上っていた。
「残りは……あそこのやつらだけっぽいな。多分、どっちも敵だろうな」
瓦礫を掴んで、煙の上がっている場所目掛けて投げつける。その場にいた花端と劉が気づく隙もない速度。それはほぼノータイムで目標地点に突き刺さり、そこにあった瓦礫の山が崩壊する。そして勿論、突き刺さった場所には瓦礫の代わりにラクトールが立っていた。
「なんなんだよ今のは……」
満身創痍の様子で、龍は呟いた。この怪我はラクトールの投擲によるものではなく、花端との戦闘で負ったもの。投擲は衝突するまで気づかなかったものの、衝突した瞬間に収納していた物を吐き出し、その反動によって事なきを得ていた。
「おやおや、君も裏切られたのか。いや、君が先に裏切ったから当然か」
無数の花端の死体の中から、花端が無傷で現れる。こちらは自分のコピーを肉壁にすることで衝撃を対処していた。
「裏切られる? 俺が誰にだよ」
「そこからじゃみえてないのか。ほら、さっきまで君の隣にいた、目つきの悪い彼だよ」
その言葉に、劉は土煙の上がっている場所を見る。大量の煙が徐々にはけていく。だが、その場所には何も映らなかった。
「……おいおい、分身作る時間が欲しいからって姑息な真似しやがって。元々俺に味方なんかいねーよボケ」
「じゃあやっぱ両方敵か」
「は」
後ろからの声に振り向く前に、劉の体は前へと吹き飛んだ。花端の真横を通り、分身をいくつか巻き込みながら、瓦礫の雪崩を追い越していく。
花畑は一瞬呆然とするも、劉が味方だった者に攻撃されたという事実を受け取る。
「……は、ははっ、いい気味だ。君とは仲良くなれそうだよ。名前はなんて……」
全て言い切る前に、先程増殖した自分が全て倒れていることに気がついた。そう、劉を攻撃したから花端の味方であるわけではない。仲間というものを大切にするラクトールにとって、最も忌むべき行為である裏切りをしたものを敵と認識しただけであり、元々敵である者への対応が変わることはない。
ラクトールの右腕は、肉を完全に捉えた。だが同時に微かな違和感が生じる。彼の耳は、花端の腹部から自分の攻撃以外により発生した音を聞き取った。
花端は自身を増殖させて吹き飛ぶ体の制御を得る。分身は大きな球体となり、吹き飛ぶ本体にブレーキをかけてなんとか止める。その中で、花端は口からいろんな物を吐き出しながら悶えていた。当たった瞬間に分身を作り肉壁にしたとはいえ、そのダメージは計り知れないものだった。
目の前の量を簡単に凌駕する圧倒的な質に、恐怖に近い何かを覚える。無意識に、先程とは比べ物にならないスピードで増殖し続ける。
「これは凄いな」
ラクトールは思わずそれを見上げてしまう。頂上の見えない、同一のものによる巨大なタワーが、彼の前に建っている。呻き声のようなものが響く。頂上からの微かにも聞こえない言葉を彼の耳は拾っていた。
「酷いじゃあないか……話の途中で人を殴るなんて……」
「悪い、聞こえなかった」
彼を囲っている分身が、どんどん増える中でも、余裕の表情は崩れない。
彼には、この肉体の最高を発揮出来る美月が、この程度の敵に負ける想像がつかなかったのである。