「誰も残ってないだろ」
「……は?」
美月が階段の上で、昇ってくる花端の分身を蹴り飛ばす。宙に舞った体は別に昇ってくる分身を巻き添えにして小さな雪崩が起きた。
美月も、蹴りの反動で体が軽く宙に浮く。しかし、右足は捉えるはずの床を見失っていた。それだけではなく、階段も、窓も視界の端にすら映らない。代わりに、足元に端の見えない大きな影が出来上がっていた。
美月は落下しながら上空を見上げる。彼の視界には、土で汚れた黒い平面がある。どうやら、それは段々こちらに迫って来ているようだった。
先程まであった建物が何らかによって上空に運ばれ、頭上から降ってくる。
なんともわかりやすい命の危機に、美月はこの世界に来て二度目の焦りを覚えた。
そして見事に、その焦りが命取りとなった。
美月は右足から地面に衝突し、その足を挫いて体勢を崩した。予期していない痛みに気を取られている内に、美月の意識はブラックアウトした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
佐々木部との戦闘を避けたあと、吹雪はゆっくりと歩いていた。
上の階層に来て少し経ったが、人の気配も影も感じられない。下で大きな音がなっているところを見るに、上層のものは既に戦線へ向かっているか、下の階層に集まっているのだろう。
「……また下行くのか」
佐々木部との接敵後、吹雪の頭は面倒の一言で埋め尽くされていた。もう創からの依頼を放り投げて、酒を飲んで寝たい。
雑念にまみれたまま足を踏み出すと、あったはずの支えは仕事を放棄し、吹雪の体は真っ直ぐに大地へと落下する。
「見つけたァ!!」
そして後方から、悩みの種、面倒の権化の声が聞こえる。だが、そんなものに気を配る余裕なんてなかった。
足元は空気で、見える大地は仄暗い。元々あったものがどこへ行ったかというと、それは当然頭上であった。
吹雪は背後へ向けて銃を放つ。
違法改造されたS&Wは爆音を鳴らしながら、吹雪の体へと大きな衝撃を与えた。
流転する視界の端に、無数の同一人物に追われる者が二名いた。
一応情報として頭の隅に残して、影から逃れることに全力を注ぐ。
薄い氷の板を作り、それを跳ねるようにしてその場から遠ざかる。
両足が地面につくと、大きな地鳴りと共に体勢が崩れる程の揺れが起きた。
「……これじゃ、もう誰も残ってないだろ」
土煙で覆われた降ってきた館を見ながら、彼はそう呟いた。