「命は大事」
「美月、お前さっき手を抜いただろ」
劉は前を向いたまま美月を問いただす。
「ああ。死なないように手加減したよ。結局お前が殺しちゃったけどさ。てかお前簡単に人殺すなよ。命は大事だろ」
「よくそんなセリフを吐けるな……いいか、ここのトップと殺り合うときにはそんな真似は絶対にするな。俺と共同で行っている以上、お前の無駄な流儀で失敗するなんてことは許さない」
「安心しろ。俺はそっちの方が強いんだ」
「んなわけあるか。全く、肝に銘じておけよ」
そう言って劉はさらに足を早める。開戦二日前ということもあり、屋敷の中はガラガラで足音を立てても何かが寄ってくるような気配はなかった。代わりに、建物の中とは思えない暴風に、二人は体を囚われた。
「うおっ!」
「これは……やばい!」
二人の体は風によって動きを止められた後、物凄い風圧吹き飛ばされる。入り乱れた気流に乗り、窓や壁にぶつかりながら、突き当たりまで優々と運ばれる。
「かはっ……」
壁に衝突しても、風は止まない。二人は身動きが取れないどころか、壁にめり込み始めていた。
「聞いちまったぜ〜、犯罪をよ〜! なに、俺も鬼じゃない。弁明を聞いてやるよ。
身動き取れなくなってから、十分にな〜〜〜!!」
動きが目に見えるほどの風に、二人は未だ壁に押し付けられている。美月はその状態のまま、劉に向かって悪態をついた。
「おい! 絶対バレないとか言ってた癖にバレてるじゃねーか!? どーすんだボケ!」
「何言ってるか聞こえねーよ! とりあえず、どーにか出来るのはお前だけだ! あいつ殺せ!」
「いや、絶対に殺さない」
美月は劉のたなびく髪を掴み、先程ぶつかり、散らばったガラスの破片の内、屋敷の外へと出たものと自身の位置を変える。外は、不思議なほど空気が凪いでいて、逆に暑く感じるほどだった。
「潜入失敗だろこれ。こっからどーする?」
「決まってんだろ。あいつを殺してから決める」
「む? どーやって外に出たんだ? おい、戻ってこいよ」
「うわ」
「短絡的だな」
今度は一箇所に風が集まり、二人の体も風に囚われてそこへと引き寄せられる。凪いでいたはずの空気が一瞬で荒れ、先程と相違ない暴風が二人を襲った。
「暴風龍の鉄槍尾!!!」
叫び声と共に、風を纏った左手が槍のように放たれる。だがそれが簡単に当たるような相手はこの場にいない。先程のように、背後から暴風で巻き取られたのならばいざ知らず、真正面から、しかも予想できた動作にしてやられるなんてことは、この二人にはあり得ないのだ。
美月は振りかぶった状態から強引に体を捻り、半身になって正拳突きを躱す。劉は手のひらから長い棒を出し、それにはぶつかることで自身の動きの主導権を取り戻す。
破裂音が、二人の間を切り裂くように発生した。そして、それと同時に鈍い音が暴風にかき消される。
「かっ……」
彼の周りを取り囲んでいた分厚い気流の壁を容易く打ち破り、美月の拳は顔面へ、劉の棒は肝臓の辺りへと鋭い角度で突き刺さった。
「いいセンスしてるじゃん」
「モタモタするな! 今後の動きは場所を変えてから……にしようと思ったが、どうやらその必要はないらしい」
劉の頬から、汗が落ちる。二人の周りは他の場所と比べて一層暗くなっていた。
「ホラゲーかよ、これ」
「言い得て妙だな。なに、最悪の事態であることには変わりない」
劉はトドメを刺す余裕もなく、すぐさま臨戦体制をとる。そして、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
どこからか、男の声が響く。辺りにいるものの口は動いていないのに、声だけが、何故か反響して二人の耳に届いた。
「劉……裏切るの早くない? まだ君が来てから三日くらいなんだけど」
二人は、大勢の同一人物に囲まれていた。それでも、美月の態度は変わらない。とりあえず、目の前にいる"それら"に中指を立てて悪態をつく。
「誰が喋ってるかわかんねーよ」
不意打ちでも危うい見積もりなのに、まさか真正面から殺し合うことになるとは。劉は自分の思慮の浅さを反省し、すぐどう殺すかへと思考を転換させる。そして、交戦の意思を表した。
「そうだな。とりあえず、俺達を囲んでいるデク共を片付けてから、話しかけてくれるか?」
「デクだなんて失礼だな……これは全部、僕。花端顕彰そのものさ」
数え切れないほどの同じ容姿のものから、同じ視線を受ける。美月の体には経験したことない速度で鳥肌が立っていた。
「どうしてもっていうなら、君たちが片付けてくれ。デクかどうか、君たちで確かめてよ」
無数の花端顕彰が二人へと襲いかかる。二対無限の消耗線が、いま幕を開けた。




