「リアルだったら友達いなかっただろ」
開戦まで残り二日。白上吹雪は桐生創との契約通りに「数」の本拠地へと単騎で忍び込んでいた。
ヴェルン製、というか桐生製の上等な剣に、現世での仕事で配られた拳銃を携える。
男子ならワクワクしてしまう潜入任務。例え命がかかっていようとも、いや逆に命がかかっているからこそ、いつも以上に胸が高鳴ってしまう。吹雪はそんな高揚感に駆られた頭を冷やしながら、慎重に歩を進める。
彼は頭の中に桐生から貰った見取り図を浮かべる。構造はいくつかの屋敷が連なったもので、曲がり角が多い。耳を澄ませば、慌ただしい足音が奥から聞こえてくる。
彼は壁伝いに天井に靴底をつけ、落ちないように凍らせた。位置は、丁度曲がり角を通る辺り。
無論、彼の「冷製体制」は、ものを冷やし、凍らせるスキルであるため、足への被害は当然のように存在する。そのため、長時間このままなら凍傷どころか壊死さえあり得る。
足の裏から感じる冷気を気にも止めず、真下を対象が通り過ぎるのを待つ。
向かってくる相手には恨みも怒りも一切存在しない。だが彼はその程度のことは既に割り切っていた。
別に考えるところがないわけじゃなかった。だが、この世界的に殺し合いをさせるという名目で連れられてしまったのだから、致し方なし。彼の心にあるのは唯一つの感情、義務感だけだった。
そして、綺麗な居合から放たれた斬撃は、運悪くこの道を通ってしまった人間の首をたやすく切り落とした。
吹雪は靴を脱いで床に降り、腐敗を妨げるために死体を凍らせる。人間が腐敗臭に敏感なことは、彼の職業上よくわかっていた。それは、圧倒的な違和感が生じさせる。彼には、その違和感が彼の目指す結果を悪いものにするという確信があったのだ。
丁寧かつ迅速に事後処理を行なった後、彼はその場を離れた。
現状、この広い屋敷の中で簡単に出会うほど、中に人は残っていなかった。大半は既に進軍を始めていて、残りの人間の中から20人削るというのは、余り難しいことではなかった。別に、強いスキルでも使わせなければ問題はないのである。先程のように、個人で動いている者から削っていけば簡単に達成できる任務なのだ。そのため彼の胸にあったワクワクは、見る影もなくなっていた。
不思議なほどに危機感のない相手に、甚だ疑問が生じるばかりであった。強い武器を持った素人100人余りとまともな軍隊。どちらが勝つかは明白であろう。個々が強くても連携が取れなければ足の引っ張り合いになるだけで、統率のとれた軍隊に勝てるわけがない。吹雪には、桐生が何をあそこまで危惧しているのかわからなかった。
「……まじか」
しかし、そんな疑問は直様晴れることとなった。窓の前を通り過ぎる瞬間、目に映ったそれに、彼の足は止められる。どう見ても聞いていた人数以上にいるそれは、恐ろしいことに全てが同一の見た目をしていた。
吹雪はそれが桐生の危惧していたものの正体だと察した。事前に増殖するものがいると話には聞いた時は、ただの人間が増えるだけと軽く見ていたが、ここまで増えるとなると話は別だ。今思えば、桐生の意識の大半がそこに割かれていたというのに。
彼が自戒する瞬間、それよりも先に進行方向へと高く跳ねた。そしてそれとほぼ同時に、彼のいた場所を刃が薙いだ。
「おいおい、仲間なのに酷くねーかな」
吹雪は余裕そうに軽口を叩く。だが、内心はかなり焦っていた。なぜなら、この場所で戦闘をしたら、窓から見えるそれに存在を悟られる可能性があるからだ。そんな彼の危惧なんてお構いなしに、男は喰うように間合いを詰めてくる。だがこれは吹雪にとって好都合だった。静かに処理をするなら一撃で殺すの一番であり、そのために近づく必要があったが、向こうからその必要を無くしてくれた。彼はこの機を逃さぬよう、素人丸出しの動きをギリギリまで引きつける。そして、カウンターで首へと一閃が走る。
「いや、めんど……」
吹雪は思わずため息をつく。完全に決まったタイミングなのに、それを回避された。あまりの超反応に、彼は苦い顔を浮かべ、対照的に男は満面の笑みを浮かべる。
「お前、誰だ?」
「それはこっちのセリフじゃねーかな」
「俺は佐々木部良平だ。さあ、お前は誰だ?」
その問いかけと同時に振るわれた刀を、身を翻して対処する。この場において吹雪の選択肢は回避以外に何も残っていなかった。
「聞く気ねーだろお前」
回避した後、身体を開くようにして剣を振るう。当然、これも先程同じように避けられてしまう。ただ違ったのは、吹雪が少し前に起こったことをそのまま繰り返すような人間ではなかったということだった。避けられた瞬間に手首を返して、逆方向へと切り返す。
右手へと微かな手応え。宙に舞った血の量から、薄皮一枚程ではあるが攻撃が当たったことを確認する。
そう、反応が早い相手は、実は攻略自体はそこまで難しくない。大ぶりな動きで回避を釣って、そこに複雑な攻撃パターンを組み込むだけ。実行できるかは別として、やること自体は至って単純な操作に過ぎないのだ。
吹雪は脳内でシュミレートを続ける。確認した通り、攻撃後の隙を狙うと動作に割り込む強引な回避を発生させられる。狙うならやはりそこだろう。回避の開始に攻撃を合わせれば、それは不可避のものになる。あとは何度も繰り返して回避のタイミングを掴んでいけばいい。とはいえ、それをこの場でやるべきかと言ったら、そういうわけではない。
吹雪は一度下がって距離を取った。彼は、少しずつ、少しずつ、戦いながら場所を変えようと画策していた。
佐々木部は呑気に首の傷を触って、これが明確な命の取り合いだということを身をもって体感していた。
「なるほど、なるほど……。全く、昂るなぁ……!」
彼が殺し合いを体感したのは、この世界へと転移した初日のみ。その後は「数」に所属していたため、一方的な嬲りしか経験してこなかった。
彼はそんな状況を退屈と感じていたところで、目の前にいる相手はそれを解消してくれるに違いないと勝手に解釈する。
「いいなあ……ワクワクするぜ」
「あー、そういうタイプかお前。異世界来といてよかったな。リアルだったら友達いなかっただろ」
軽い挑発も、興奮状態の佐々木部には効果がなかった。しかし、別にこの状態じゃなくても効果は薄かっただろう。彼の人生において、友達がいないことを障害と感じたことは一度もなかったのだから。
先程より多少速くなった太刀筋が吹雪を襲う。素人として考えると、中々に才能を持っているようだ。それでも、回避が難しい攻撃ではなかった。始めて一週間未満のど素人に遅れを取るほど、彼の勘は衰えておらず、殺気が見えていると形容しても良いほどの動きのキレを見せる。
避けて、攻撃。避けて、攻撃。じっくりと回避のタイミングを測る。もちろん、並行して場所の移動も忘れずに行っていく。
同じことの繰り返しに嫌気が刺したのか、佐々木部は剣を横に大きく薙いで、後ろに飛び退く。そして、一息で詰められないほどの距離が開き、佐々木部は納刀する。
佐々木部がとったのは居合の構え。納刀の所作からそこまでの練度でないことが見受けられるが、居合は待ちの技。先程までの超反応を加味したら迂闊には間合いに飛び込めない。
だが吹雪はそれを理解していながら、間合いギリギリまで距離を詰めていた。構えの存在する技は、全て構える前が弱点となるのだ。
次の一歩を踏み込む瞬間、幾つかの氷塊を精製し、牽制として投げ込む。そして、氷塊より一瞬遅れて吹雪が間合いに侵入すると同時に、吹雪は上体を後ろに反らせて後退りした。
牽制の氷塊なんかに目もくれず、佐々木部は吹雪の首を狙って居合斬りを放ったのだ。牽制に動じない精神力も評価に値するが、それよりも氷塊よりほんの僅か、須臾と表現してもいいほどの微かな遅れを見抜いたことに、吹雪は佐々木部の特質を感じていた。
反射神経と動体視力が優れているだけでは恐らく説明がつかない。回避する時の様子はどうだった? 居合抜きのときは?
記憶の限りでは、回避の時は刀を注視していた。居合の時は恐らく俺の首を注視していた。普通、戦闘で何かひとつに意識を注ぐなんてことはまずしないし、出来ない。なるほど、ここに秘密があるのか。形容するのであれば、優れた精神力というより、集中力というべきか。それに関係するスキルを、こいつは持っている。
吹雪はすぐに対策を思いついた。既に佐々木部は居合の構えをとり、深い集中に入ってることが予見できた。このまま集中が途切れるまで待つなんてのは非現実的で非効率。二人以上であれば簡単に対処できる相手にそんな労力をかける必要はないのである。
つまり、最適な行動は逃走。厄介な相手との戦闘と、厄介な場所での戦闘を同時に避けられるウルトラC。
静寂が二人の間を包む。呼吸音どころか、衣服の擦れる音すら聞こえなくなったことで、佐々木部は異常に気付いた。
「……絶対殺す……」
目を開けたときには、もう吹雪の姿は視界に映っていなかった。ギリギリと柄が締め上げられ、まるで佐々木部の怒りに呼応したかのような音を、刀が発していた。




